【時事抄】 年金の繰り下げ受給制度が不人気という
公的年金の受給開始を遅らせるほど、その後の支給額が増える「繰り下げ受給制度」は、年金受給なんてまだ先の話ですが、利用しない手はないと思っていました。例えば75歳まで繰り下げると、65歳から受給開始した場合に対して受給額は8割強も増え、この上積み分は死ぬまで続くのだから。
「早死にしたら年金が貰えず丸損」「かなり長生きしないと受取り総額が減って損」と、年金受給の損益分岐点を計算する人もいるみたいですが、どうなんでしょう。死んだら損も何もないでしょう。Die with Zero、死ぬまでに貯金を使い切ろうぜ、というベストセラー本がありましたが、自分がいつ死ぬのか分からないから貯金するのだし、そのための年金制度かと。
そんな「繰り下げ受給制度」、実は誰も選択してないという記事を見てビックリ。日本経済新聞の記事です。
<要約>
公的年金の「繰り下げ受給制度」の利用が伸び悩んでいる。厚生年金の受給開始時期は60歳から75歳の範囲で選べ、65歳より前に受け取り始めると減額、66歳以降に繰り下げると増額となる。厚生労働省によれば、厚生年金での利用率は2021年度時点で2%にとどまる。
繰り下げ受給制度による増額例として24年度のモデルでみると、平均的な収入で勤続40年の会社員の厚生年金受給額は月16万2000円(基礎年金を含む)。70歳まで受給を遅らせると単純計算で月23万円、75歳だと月29万8000円になる。
利用が進まない原因の一つが、扶養家族がいる場合の年金加算だ。年金の家族手当を呼ばれるこの制度は、65歳時点で扶養する65歳未満の配偶者や子どもがいる場合、本来の年金受給額が上乗せになる。しかし、「繰り下げ受給制度」を選択すると年金加算の対象外になるケースがある。
一定の給与所得がある高齢者は、年金受給額を減らす「在職老齢年金制度」という制度もある。これも繰り下げ受給の利用が進まない要因とされる。年金の支給停止された分が、繰り下げ受給を選んでも増額の対象にならず利用者のメリットが小さい。
内閣府の調べで、「繰り下げの受給制度」は73%の人が「知っている」と回答した。周知は進んでいるものの、利用が進んでいない状況にある。厚労省は75歳以降の経済基盤を厚くするべく、繰り下げ受給制度の利用拡大をめざす。民間有識者から繰り下げ受給の利用を阻害する各種現行制度の見直しを求める声が出ている。
(原文1142文字→ 643文字)
語弊を恐れずいえば、年金は「長生きリスク」に備えた保険です。問題はこの保険、仕組みがやや複雑なこと。通称「3階建て」、公的年金(国民年金)・職域年金(厚生年金など)・個人年金(iDeCoなど)の3層構造で構成されています。そして記事が言及する通り、この基本構造に加えてさらに細かな加算制度があります。
記事にはありませんが、「受給開始引き下げ」を選んで受給額が増えると、実は受給時の税金や社会保険料が増加してしまい、増額メリットが薄れてしまう点も指摘されています。税制も絡んで更にややこしいことになります。
この複雑さは戦前から続く古い制度をベースにして増改築を重ねた結果で、戦後の国民皆年金に向けた取り組みで制度増築が図られました。昭和60年の「基礎年金導入」から簡素化が図られてきてますが、まだまだ足りません。
死亡するまで支払いが続く年金は、平均時期が長期化することで、支払い年数も長期化しています。日本人の平均寿命は男性で81歳、女性で87歳、90歳まで生存する確率は男性25%以上、女性50%以上です。今後益々増える高齢者が「普通に長寿」なのだから、まず高齢者の定義を変えましょうと医療制度では満75歳以上を「後期高齢者」と定めて別枠にしました。
支給開始を引き下げる人が増えるよう「受給開始引き下げ」選択の負のインセンティブは取り払うべきです。さらに言えば、雇用流動化を念頭において職域年金も縮小廃止していき、個人単位の年金制度に一律一本化する方向が望ましい。NISA制度導入やマイナンバーカードの普及推進による手続き簡素化、オンライン化もその布石と考えていますが、やること遅いです。