【時事抄】 世界の食卓を支える米国ミシシッピ川の異変
米国ミシシッピ川というと、マーク・トウェイン「トム・ソーヤの冒険」を連想します。ミシシッピ川の一隅にある自然豊かな小さな町で、ハックルベリー・フィンと一緒に数々の冒険を繰り広げる物語。大河は子供心には無邪気な遊び場のイメージでしたが、開拓時代の当時から重要な交通路でした。
トランプ氏の支持層の厚い米国中央部の農作地帯で採れる作物の輸送路として、文字通り「大動脈」といえる悠久の河川が危機に瀕しているとのこと。日経新聞に掲載されていた米国ナショナル・ジオグラフィック誌の和訳版が気になり、翻訳文を要約しました。
<要約>
収穫されたトウモロコシなど、年間約5億トンの食料物資が往来する大河、米国ミシシッピ川の物流が停滞する。気候変動の深刻化で干ばつが頻発しているからだ。
ミシシッピ川の水位低下が及ぼす影響は、米国だけに留まらない。遠方の中国、日本、インドネシアでは、米中西部の穀物や大豆が重要な食料源だ。米国から輸出される農作物の92%、世界の輸出資料穀物の78%が、このミシシッピ川から運ばれる。
内陸水路の擁護団体幹部は「結局、誰が世界を食べさせているのかという話だ」と言う。「米国の農家は食料を供給できる。だが、それを運ぶ手段を確保しないと。河川の水位低下が問題なら、川を深くすることだ」
◆中西部と世界を結ぶ重要な大動脈
この川では、複数のはしけをつなげて一度に押航するタグボートが使われる。水位が30センチ低下するだけで、15隻のはしけで運べる大豆の量が2738トン減少する。オリンピック用プールを満杯以上にする量だ。
23年冬、川の水位が下がり、川岸に点在する穀物貯蔵庫へ集荷するはしけが減少。秋の収穫期、川まで運んだ作物の一部が、はしけ業者に集荷を拒否され、引き返さねばならなかったトラックもあった。米国農作業従事者は今、輸送路の確保という問題に悩まされる。
夏にはミシシッピ川上流で雨量が増加したが、24年の収穫期を迎えようとするなか、水位が低下し始めた。テネシー州メンフィスでは、通常よりも水位が3メートル低下する。
◆環境への負荷、河川の生態系にも影響
はしけを使った航行できない場合、大量物資を輸送するため、環境コストが増加しかねない。米国内の研究所が22年に実施した調査によれば、はしけ輸送の炭素排出量は、トラック輸送と比べて約9分の1、鉄道輸送の半分で済むと示した。
23年、2400万トン以上の穀物や農作物が、ミシシッピ川の水運を使った。もしこれをトラック輸送で代替するなら、隙間なく並ぶ大型トレーラーの列は、地球半周も足りない台数が必要になるという。
ミシシッピ川は、米国本土の河川の40%が流れ込み、環境の要でもある。サルガッソ海から遡上するチョウザメ、ニシン、アメリカウナギなどがミシシッピ川に生息する。巣作り、繁殖、休息のために水流の緩慢な場所を必要とし、逆に、急流を得意とする魚は少ない。
水位の低下が川に住む生物を変え、食物連鎖への影響も出ている。餌が減れば、これを捕食する生物も減少したり小型化する。付近の住民によれば、ムール貝の仲間や、他の生物の餌になるニシンやヤウオなどの小魚も減少しているという。
◆浚渫工事をしているものの
米議会はミシシッピ川の水路水深2.7メートル維持を義務付ける。陸軍工兵隊が川底を掘り下げる浚渫工事を行うが、工事の工期は長期化している。平均的な年で230万〜300万立方メートルの泥を1年間で除去するが、22年は760万立方メートル、23年も11月下旬までで既に450万立方メートル以上が除去されたという。
晩秋には河川の交通量が最盛期を迎えて工事全体に遅れが生じる。船が近づくたび、工事を中断して水路を開けねばならないからだ。さらに大きな懸念は、干ばつが拡大をし続けていることだ。東西両岸の広い範囲が異常な乾燥に見舞われている。大規模な浚渫工事は今、ルイジアナ州までの広い範囲に及ぶようになった。
(原文2560文字→1430文字)
文中に"複数のはしけをつなげて一度に押航するタグボートが使われる"とありますが、「はしけ」「タグボート」とは写真のような船舶輸送のことです。「艀」と漢字で書く「はしけ」自体は自力航行できないため、写真のように、タグボートで牽引してもらって航行します。
2021年のやや古い統計ですが、米国から日本への輸入品は、大豆、トウモロコシ、小麦といった食料品が多くを占めています。今我が国では30年ぶりのインフレが復活し、食料品価格は肌感覚で3~5割近く値が上がっている気がします。ここにこうした気候要因での供給不足が起きれば、本当に厳しいことになります。多くの物資を海外に依存する日本にとって、海外事情にも関心を寄せざるを得ません。子どもの頃は蒸気船とイカダが象徴する冒険の河川が、大人になった今は食べ物を運ぶ食卓の大河となっています。