副業としてのゲストハウス運営
自分の場合、ゲストハウス一本では生計は成り立たない
日本百名山・荒島岳の麓で民泊のゲストハウスを運営している。場所柄もあって客の半分以上は登山客。あとはひとり旅愛好家、たまに団体も来る。
食事提供もしていて、夕食時には宴会になる。「おもてなしはしない」が信条であり自分も楽しんでいる。いわゆる旅人宿の集まり「とほネットワーク旅人宿の会」に参加していて、他の宿主さんとお互い助け合い楽しみながら運営している。
さて、筆者の記事は当宿のようなゲストハウス開業に興味のある人に読んでいただいていると思うのだが、いちばん気になるのはこの点だと思う。
「ゲストハウス運営を仕事にして、食っていけるのだろうか?」
自分の場合は「No」だ。
2024年の宿泊者数はのべ472人だった。その前年が184人だったので前年比約2.5倍の伸びだ。しかし宿泊業というのは土日中心で平日はほぼお客さんは来ない。そして定員は10人。夏休みや連休などの繁忙期があるとはいえ、他のとほ宿の話を聞くと年間700人くらいが上限なのではないかと思う。売上がまるまる使えるわけではない。仕入れや経費がかかるし、経年劣化で修繕が必要な箇所も出てくるだろう。自分の税金や社会保険料なども必要だ。このまま順調に集客が伸びるとしても、この仕事だけで生計を立てていけるほどの収益は出ない。
ただ、最初からその前提で宿を立ち上げたのでこの点に関しては別に失望していない。当宿が加入している「とほネットワーク旅人宿の会」の宿主たちの多く・・・というか殆どは宿業以外にアルバイトをしている。旅人宿というのはそういうものだというのは20年以上前から知っていた。宿のリビングで宿主が酒飲みながら語るのだ(笑)。とほネットワーク・前代表の「ぼちぼちいこか増毛館」宿主・一休さんは30年近く前、酒宴の席でギターを鳴らし、酔っぱらいながら「オレの夢は宿だけで食っていくことだよ!」と言っていたが、一昨年とほ宿総会で再会し、自分が将来の見通しの不安を語ったら「コバヤシ君、お金がなければバイトすればいいんだよ!」とアドバイスをしていた(笑)。一休さんは今でも郵便局でアルバイトをしている。
ゲストハウスとしては単独で食っていく方法が無いわけではない・・・というか、宿泊業の中でも旅人宿業界というものが特殊なのかもしれないが。
ゲストハウス運営で収益を上げる方法
因みに更に収益を上げる方法が無いわけではない。
ダイナミック・プライシング制にする
宿泊業界というのは繁閑の差が激しい業態だ。筆者の宿でもお盆や連休は賑わうが、普通の平日はほぼ予約は入らない。
だから、例えば通常1泊5000円の宿があったとして、ハイシーズンは1万円に、閑散期は3000円にという具合に価格に柔軟性を持たせる。いわゆる「ダイナミック・プライシング」だ。忙しい時は単価を上げて売上を確保し、閑散期は競合相手より価格を下げることにより稼働率を維持する。ホテル・旅館などでは一般的な手法だ。ゲストハウスでも珍しくはない。
ただ、当宿ではこの手法は使っていないし、「とほネットワーク旅人宿の会」加入宿(とほ宿)のような旅人宿の多くはダイナミック・プライシングではなく一年を通して同一宿泊料金だ。(冬季に暖房代を上乗せする程度のところはあるが。)当宿は素泊まり1泊3850円で、同じくらいの料金設定の旅人宿が多いと思うが、同じ宿なのにお盆は1万円だったとしたら、また来ようと思うだろうか?
旅人宿にとって宿泊客は収益源というだけでなく支援者でもある。何度も来てくれたり、他の宿や旅仲間に宿泊体験を語って宿の宣伝をしてくれる。同一宿泊料金にすることで、その時その時の売上は多くなかったとしても、長い目で見れば宿を支えてくれるお客さんが着実に増えてくれる。
インバウンド客を取り込む
いま民泊やゲストハウス運営を考えている人はインバウンドの旅行者の増加という流れを掴みたいという人は少なくないと思う。異文化に触れることが好きな人にはお勧めだ。
インバウンドの場合長期旅行者が多いので土日は関係無く、日本人とは違い平日もコンスタントに集客できる。
ただ、どこで宿を構えてもインバウンド客が来るというものではなく立地にもよる。自分の場合、本業をやっていることもあり地元の福井県で宿をやらざるを得ないのだが、インバウンド旅行者数は全国最下位だ。
それでも福井市内や、大野でも駅の近くならインバウンド客で賑わうゲストハウスはある。ただ自分の場合、自分がアウトドアの遊びをしたいというのが開業の理由の1つだったし、山登りやBBQというのは海外からわざわざ日本に来る人がやるような遊びではない。インバウンド対象に集客できるというイメージが全然湧かなかった。(それでも百名山完登を目指す外国人客がたまに来るが)。
運営する民泊の軒数を増やす
民泊の場合、「家主居住型」と「不在型」があり、当宿は前者だが、多くは後者で多くは一棟貸切形式だ。管理人が常駐する必要は無いし、管理などは業者に委託できるので複数運営が可能だ。実際そういうオーナーは多い。
実は当宿も将来的には近隣でもう一軒運用したいと考えいる。今の宿は「一人旅大歓迎」がコンセプトなのだが、荒島岳に近いこともあり山岳会が貸切で利用したいというのが少なくないのだ。また世界三大恐竜博物館の一つである「福井県立恐竜博物館」が隣の勝山市にあり、家族連れは貸切での利用を望む人が多い。
「とほ宿」でも、貸切の宿をもう一軒運営しているところもある。
自分の場合、いまの宿の運営だけで手いっぱいなのでもう少し先の話になるが・・
副業(複業)の効用
ということで、宿は自分の中では「副業」と位置付けているし、今後も本業は続けていくつもりだ。しかし、それはむしろ良いことだと考えている。
単一の仕事より収入が安定する
そもそも自分の場合、宿をやりたいという漠然とした思いはだいぶ前から抱いていたが、最終的に背中を押したのは、本業であるファイナンシャル・プランナー(と保険代理店業)の売上が減少し続け、少子高齢化という状況を考えると今後の伸びが期待できないという現実があったからだ。
宿を開業して2年の間も本業の収入は減り続けたが、副業である民泊運営と足すと全体での収入は伸びている。ただ、仕入れや経費を差し引いた「所得」は減っている。しかし後述する理由で、生活満足度自体は大幅に向上している。
因みに2024年度は本業と副業の売上比率はほぼ半々だった。これからは本業の落ち込みを抑えつつ、宿の売上、そして全体の所得を伸ばしていきたい。
相乗効果がある
本業の収入は保険代理店としての手数料収入と、ファイナンシャル・プランナーとしてのセミナー講師・原稿執筆・相談業務などの報酬があるが、両者の比率は5:1だ。そして、筆者は保険を売るスキルが高いとはいえない。13年やっているのだから前者についてはこれから劇的に伸びるということは無いだろう。
ただ、この2年くらいのことを考えると、こちらから保険を勧めて入ってくれたという人はほぼ皆無だが、問い合わせを受けて保険の説明をして契約に至ったというケースは以前よりも増えているように思う。
宿をやっているということは保険の営業の場面でも公言している。決して保険一本でやっているのではないのですぐに対応ができない場合もありますのでご了承くださいという意図なのだが、結構興味を持ってくれて、話をしているうちに話題が保険のほうに、という感じだ。保険に限らずだが、モノが売れる確度というのは見込み顧客とのコミュニケーションの量に比例するのではないかと思う。保険の営業マンというだけでは話の内容は限られるが、宿の話なら2時間でも3時間でもできる。
本業の売上の低下は続いてはいるが以前よりも減り方は緩やかになっている。宿業をやっていなければさらに落ち込んでいたのではいかと思う。
また、ファイナンシャル・プランナーとしてセミナー講師や原稿執筆などもやっているが、一般論ではなく自分の体験に基づいて地方移住や空き家対策などの話が出来る。いつも宿の夕食時にこのような話題が出るので話慣れている。
自分の宿だけではない。
北海道・追分のとほ宿「旅の轍」宿主ののみぞう氏は、今の時期JR北海道で除雪のアルバイトをしている。この宿のお客さんは鉄道マニアがかなり多いのだが、お客さんの立場で鉄道に乗るだけでなく、運行側にも携わり一般の人が知らないようなマニアックな話をすることで、更に濃いキャラとなっている。
「函館クロスロード」宿主の旦過氏は、今は沖縄・大東島でサトウキビ収穫の出稼ぎに行っている。その生き帰りの旅行記や大東島での生活などをブログにアップすることで、旅人としてのキャラを更に強くしている。
大雪山の麓「ゆう」宿主の「隊長」は農作業のアルバイトをしていて、お米の販売もしている。旅人の間では「お米作る宿主さん」という評判だ。
ビジネスの視野が広がる
筆者は平日は福井の実家で保険代理店として活動し、週末など予約が入った時には大野で宿主として働いている(7割くらいは道楽だが)。
しかし、平日の間もいつも宿の運営について考えている。むしろ宿にずっといると日々の生活が当たり前になってしまい、改善点や将来のビジョンなどは浮かばなくなるのではないかと思う。
宿にいるときは掃除したり食事作ったり草刈りしたりしているのだが、そうやって身体を動かし、ホームページやSNSで宿の情報を配信して、お客さんから知人からそのフィードバックを聞く。そうやって日々こまごまとした問題やリアクションに対処していると宿のことに限らずいろいろな気づきがある。ファイナンシャル・プランナーとしての講師・執筆の材料になる。
今まではほぼ同じ仕事を毎日しネットなどで世間の情報を得ていたが、宿を始めるまでの自分は頭でっかちだったと思う。一般論を頭の中でこねくり回しても思いつくことは知れている。気がついたら「できない理由」を考えている。他人のサクセス・ストーリーを鵜呑みにしたり、自分の小さな成功体験や習慣にしがみついていた。本業と並行して宿をやることで、世界が広がった。
意外な効果
ということで、今後も本業+副業:複業は続けていくつもりだ。
先に述べた3つの効果だけではない。事業の所得(売上ー仕入・経費)は以前より減ったが、プライベート面:趣味にはお金を使わなくなった。結果として自分としてはお金の余裕ができている。
以前は週末が休みだったので飲み食いなどにお金を使っていたが、今は宿なのでお金がかかるどころか売上がある。「自分だけの時間」を求めて旅やキャンプに出ていたが、宿にいけばいつでも得られる。
週末も仕事して大変ですね、と言われるが、宿のほうは好きでやっていることなので全然苦にならない(というか、宿では嫌な事とめんどくさいことはやらないと決めている)し、仕事が無い時はゴロゴロしている。平日は本業一本で食ってるわけではないので休みたいときに休む。決まった日に休むよりも自分が休みたいときに休むほうがストレスは少ない。
仕事が一つだと、壁にぶち当たった時には自分自身がダメな人間のように思えてくるが、2つ以上あるとそれが半分になる。そうやってもう一つの仕事をしているうちに持ち直す。
宿やってると他に遊びに行けなくて大変ですね、とも言われるが、本業と副業の間を行ったり来たりしているので煮詰まることがない。本業と副業以外に何か猛烈にやりたいことがあるかと言われてもそんなに思いつかない。同様に、ほしいモノが何かと言われてもそんなに思いつかない。
サラリーマン時代には毎日毎日詰められてストレスが溜まり、それを発散させるために飲みにいったり旅に出たりしていたが、今はそもそもストレスがあまり無い。日々好きなことをしているからだ。(なお、自分も含め旅人宿の宿主たちはオフシーズンに結構旅に出ている。)
他にも交流する人の幅が広がるなど、複業で得られることは多い。もちろんいろいろ課題はあるが、複業というものが世の中で一般的なものになれば解決されていくのではないかと思う。同じように地方移住&複業支援に取り組んでいる人もいる。
ネットには「もう終わりだよこの国」とか「老後はお先真っ暗」というような話が溢れているが、ただ視野が狭くなっているだけだと思う。新しいことにチャレンジすれば楽しいし自分の能力も発揮できる。とは言っても今の仕事を捨てて一から新しいことを始めるのはリスクが高いしストレスもかかる。まずは副業から始めてみるべきだと思う。