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[イベントレポート]変化の時代の暮らし方と働き方| 記念トークイベント#6

「未来の花見:台湾ハウス」記念トークイベントの最終回は「変化の時代の暮らし方と働き方」がテーマ。ファシリテーターに大阪を拠点に幅広い分野で活動するクリエイティブユニット「graf(グラフ)」代表の服部滋樹さん、スピーカーに、日本からは対話と実験を繰り返すデザインを実践するUMA/design farm(ユーエムエーデザインファーム)代表の原田祐馬さん、台湾からは様々なカタチのデザインで人との接触を試みるJOEFANSTUDIO(ジョーファンスタジオ)の方序中(ジョー・ファン)さんを迎えて行われました。

まず服部さんは、「仕事がメインで暮らしは後ろの方に追いやられていた状況が、コロナ禍によって暮らしの中に仕事が格納されるようになった」今は、21世紀の新しい価値観を見出す絶好な時代背景にあると指摘しました。そして、多様性の時代で地球、自然、それに様々な人とどう生きるかという課題に対して、デザインが大きく貢献できるのではないかと続けます。「地域と地域、人と人、人とモノ、国と国をつなぐデザインとは何か。100年先も手をつないで生きていけるかは今の時代に掛かっている」。その言葉を受けて、2人のスピーチが始まりました。

台湾ハウスの会場で、アルコール瓶が溶ける様のアート的オブジェを担当したジョーさんは、環境問題に関わる2つのプロジェクトを紹介してくれました。ひとつ目は「紙の回収と再利用」です。2017年に行ったもので、廃棄していた米のもみ殻を「何かに利用できないか」と思いついたのがきっかけでした。製紙メーカーと共同で研究を進め、もみ殻を再利用した紙の生産に成功しました。「もみ殻の配合は紙1枚ごとに違ってくるので、結果的には1枚1枚表情が違う紙が誕生した」。食糧問題を題材にした冊子をつくる際に、このもみ殻再生紙を用いたそうで、「その冊子を手にした人は印刷された内容とともに、紙の触感や表情から米、そして食糧の有難みを想起できるものとなった」とのことです。

 展示会などで配布するパンフレットやチラシといった印刷物、これらも多くは廃棄されていましたが、ジョーさんは新たな再生紙に生まれ変わらせました。ただ、ユニークなのは印刷物を細かく裁断することなく再利用したので、元々印刷されていた文字が読めるし、写真も見ることができるのです。誰でも再生紙であることがすぐにわかり、同時に廃棄や再生という循環の流れが視覚的に感じ取れるわけです。「アーティストたちと環境をテーマにしたCDを制作し、そのパッケージにこの紙を用いた」。ちなみに、このCD制作には日本からは明和電機が参加しています。

2つ目のプロジェクトは「ガラスの回収」です。2020年に開催した台湾デザインエキスポで、ジョーさんが会場構成を担当した「THE LOOP」という展示パビリオンで披露しました。このパビリオンではサーキュラーデザインを来場者に分かりやすく伝えるのが狙いで、ジョーさんは黒・グレー・白の3色で分けた会場構成を考えました。黒は今直面している環境問題、そしてその恐怖を写真のパネルなどで体感するゾーンで、そこを通るとグレーのゾーンにつながります。ここではゴミを回収したり、廃棄物を運んだりしたときの音を流し、3000本のビール瓶でつくった壁が人間の心拍数のように点滅する。来場者はゴミ問題が今リアルに起こっている出来事として生々しく感じられる仕掛けです。廊下では天井からぶる下がったガラス瓶が風鈴のような音色を奏でました。

そして最後の白いゾーンに入ると会場はぱっと明るくなり、未来への希望を託した雰囲気に包まれる。回収したガラスを細かなビーズにした砂場が用意され、そこに足を踏み込むことで「循環するサーキュラーデザインを手掛けた人たちの声を聞くことができる」。この展示パビリオンは好評だったようで、ジョーさんのメッセージを込めたデザインは「幅広い世代が各々、何かを感じ取ってくれた」と話します。


一方、原田さんは「ともに考え、ともにつくる」をモットーに、社会の眼差しを可視化することに尽力した文化・地域・福祉のプロジェクトを紹介してくれました。まずひとつ目は1970年代に建てられた関西圏にあるUR(公共住宅)の取り組み。URでは20年に1回、傷んだ外壁を修繕するために塗装をやり直していますが、原田さんたちはこのタイミングで「サイン計画と色彩計画を改め、公共住宅のイメージを変えていこう」と提案しました。

住んでいる住民たちに話を聞き、建物が建った後に成長した木々や新たにできた商店といった周辺環境の変化をしっかりフィールドワークした原田さんたちは、住民の高齢化が進み、同時に外国人居住者が増えている現状を把握しました。そこで誰でもひと目でわかるようにと、住棟番号を大きくするサイン計画と、地域に馴染むカラーパレットをつくる色彩計画を考えました。とりわけ、自分の家に帰ってきたという安心感が生まれるエントランスの顔づくりや、帰ってくる人たちが楽しくなるような階段室のデザインにこだわったそうです。

「賃貸なので住民は自分の判断で室内を変えることができない。なので、共用部分や外壁のデザインを変えることで、住んでいる人たちのふるまいに何らかしらの影響が生まれることを期待した」と言います。

放牧型の飼育に取り組む広島にある牧場のブランディングでは、季節によって商品名が変わる提案をしました。どんなプロジェクトでも現場に何度も通い、ときには仕事を手伝いながらデザインを考える原田さんたちは、飲む牛乳が季節によって異なることに気がつきました。というのは、牛は、夏の時期は水をよく飲み、冬は枯草を食べるので味が違ってくるのです。「でも、スーパーで売られている牛乳のパッケージが同じままでは、買い手は味が違うことに気が付かないし、牛の顔も思い浮かばないだろう」。

そこで、「はるとなつ牛乳」「あきとふゆ牛乳」と季節ごとに商品名を変え、牧場の創業者が大事にしている言葉もパッケージに刷り込み、少しでも牧場や牛のことが想像できるようなデザインをつくり上げました。

また、里親家庭で暮らす子供たち向けのカードキッド「TOKETA(トケタ)」というのも手掛けています。里親になる大人向けのパンフレットなどがある一方で、子供が里親家庭を理解するものは皆無だったそうです。そして関係者にヒアリングすると、そうした情報を入手することよりも、里親などの支援者との関係性を持つことの方が大切なことが見えてきました。「支援者が一方的に説明するパンフレットのようなものではなく、新たなツールを考えることにした」と、子供が自分の意志で聞きたいことを選択できるカードを考案しました。

どんなカードかというと、例えば、自分の周りにどんな支援者がいるのかを視覚的に理解できる「応援カード」や、言いにくいことをカードを見せるだけで伝えられる「質問カード」、ゲーム形式で自己紹介をする「こんにちはカード」などです。「暴力やネグレクトなどで心身ともにキズついている子供たちが多い。そんな子供たちに寄り添えるデザインを見つけていきたい」と原田さんたちは完成に向けたバージョンアップに取り組んでいます。

2人の話を聞いていた服部さんは、「デザインは課題解決というより、ひょっとすると、これから発生するであろう細かな問題を発見する能力を持っているのかもしれない」と今の時代に求められるデザインの役割に踏み込みました。この投げかけに、ジョーさんは「確かに、デザインが課題解決のひとつの手法だったのはかつての話で、情報収集が容易になり、コミュニケーションスキルも向上した今は、進み行く地球環境に対してどうするべきか、そしてその中で私たちがより良い生活を築くためには何をなすべきかまで、デザインに課せられている領域は広がっている」と言及しました。対して、原田さんも「デザインの役割が徐々に変化しているように感じる」と賛成し、世界がほぼ同時期に共通して体験したコロナ禍から「何が新たに生まれてくるか、デザイナーだけでなくみんなが期待している」。

「ネットのお陰で、ビッグデータから検証して次なる未来を組み立てることができるようになったが、もしかするともっとミニマムで細かなデータをつぶさに見ることで問題を発見し、そこから未来を紡いでいくことも大切なのかもしれない」。そして、そうした問題を手繰り寄せる作業でデザインの力が大いに必要になると語り、原田さんはトークイベントを締めました。