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帰路

最近始めたラジオの収録が楽しすぎる。収録が終わった後に一人で帰路を歩く時。僕はナイーブにも「夢のような時間だった」とか思う。二人でああかもしれない、いやこうかもしれないと無数の弁証法の果てに、その境地すらもブッダの背中の前にいることに気づかされて返り討ちにあう戦いの思い出を回想録。話したいことが無数に湧き上がってきて、それは同時に忘却していく。形になったものだけが収録に乗る。夢というよりは、夢から覚めたまどろみみたいな時間だ。

帰路。頭に駆け巡るよしなしごとは、今や対話相手がいなくとも自分自身との会話でぶつかり合っている。次から次へと濁流のように流れ来る観相が、歩みを加速する。そんな観想の迷宮の中で、私は実際に道に迷う。ここはどこだ。WHITE。なんの情報もないマンション名に茶化される。電信柱の丁目をみながら、それでいて何もわからずにいるままに歩くと、遊歩道の看板が見えてくる。地図だ。地図の前に立ってから、しばらくローディングに時間をかける。ここが現在地で、駅が・・・。その地に合わせて、カスタマイズされた地図の構図を掴めない。なんとか理解して大きく外れた道を修正しようとする。ここ右曲がって、次左か。それでも地図を離れた途端に、切り替わる景色と共にまた別の観想が押し寄せてくる。選挙ポスター。ピカチュウという名前の政治家は、のしあがれるのだろうか。今日の収録で話した命名規則とキラキラネームの話が頭をよぎる。ふう。タバコが欲しい。あれ、空だ。もう一つのタバコの箱と取り替える。タバコが箱を跨ぐだけ話し続けていた。我々が何度挑戦しても平気で座っているブッダに挑むイラストが欲しいと思う。挑戦という概念を疑った僕はおそらく座り込んで自分自身がブッダになろうと座り込むだろう。ポーズとしてのブッダ。俄然戦おうとするやつもいる。ブッダの背中を追い越すには、足が速くないといけない。全力で走るブッダは尻尾を掴ませない。瞬足を履いて追い越す。遠心力に負けないジャッカルになりたい。ジャッカルは、足が速い人用のあだ名としてあるあるなのか。今日話した内容が駆け巡る。訳がわかっていない。そんな時に、現実のおばあちゃんが目の前に現れる。僕はそれを追い越す。

僕たちの会話は、サーキットのように何周も何周も同じところを回る。何が解決されたかもわからないような会話は、目的に向かうというよりはむしろ積極的に彷徨いにいっている。彷徨える魂。自ら未知に進み出て、帰れなくなるかと思うほど迷い込むが、結局元に戻る。結局、どれだけ時間が経ったのか、正しい道を歩いているのかもわからなくなったあたりで、よく知っている下北のボーナストラックにぶち当たる。ここか。ここからは知っている道だ。周りの情報の解像度がぐうっと上がって、全てに一旦包まれているような気持ちになる。こそばゆい感覚だ。迷える子羊のままでいたい。それから僕は意識するでもしないでもなく、歩き慣れた帰路を歩く。途中でまた道を見失いそうになるような妄想に耽る。トイレに行きたくなって、コンビニに行く。時間帯的にトイレが使えないとの看板を目にする。僕はスタッフにトイレ借りていいですかと聞く。ダメです。と言われるや否や、お釣りを募金するのでと返す。それでもダメだという。僕は小便を禁じられて、どこかの誰かが募金によって助けになったりならなかったりする未来をその一言で制される。こういう時はわかりましたとか言わずに立ち去る。そしていつしかトイレに行きたいという欲望の波も消えてまた歩き続ける。さっき追い越したおばちゃんが手前にいる。僕はまたしてもおばあちゃんを追い越す。いつの間に抜かれたんだ。歩き続けるブッダ婆。抜いたと思い続ける僕。ステッカーにしてやろう。これはショートムービーにできるな、小説にしたら面白そう、とか思う。考えるのは楽しい。実際にやらないのが難点だけど、今は考えるだけでとにかく楽しい。気をつけてね。と言って別れた相方は大丈夫だろうか。迷子になって事故ってやしないか。心配になる。マジで気をつけながら、物陰を伝って慎重に帰ってたら笑える。

話し続けた先にいつも同じところに戻ってしまうのはなぜなんだろう。貴種流離譚のように、物語の型として確立しつつある気がする。最初に相方とニューヨークで話した時も、トランプで大富豪をしながらキングやクイーンの輪廻転生についての訳のわからないことを話していた。アリスインワンダーランドの世界を感じた話で盛り上がった。彷徨いながら、転生していく動的な運動にずっと興味がある。何かを肯定することと何かを否定することを両方の視点で考察し、どちらか片方に全振りした後、一周回って逆の方に触れる。アナログの体重計は1kgを指していても、101kgの可能性もある。同じところに立ち戻った時、これは一周回った101kgなんだってなる感じがある。不思議だ不思議だとか思っているうちに、いつの間にか家についている。意識もしてなかったのに、知っている道に入ってからはオートマで帰宅していた。恐るべき帰巣本能。こうして同じ場所に戻っていくのかと思いながら、トイレに行きたかったことを思い出す。タバコは空だ。もう一箱のタバコを取り出す。あれ?さっきのおばあちゃんは!?あ、これは関係ないやつだ。引き出すべき記憶と流しちゃっていい記憶を整理しながら、何かの作業の途中だった真っ白のパソコンに向かう。

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勝俣 泰斗
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