「星空をふたりで紡ぐ」第38話(最終話)

 大空の部屋まで来たところで、星河は躊躇っていた。部屋の前をあっちこっちに行き来しながら、大空を訪ねる勇気を少しずつ固める。本当は朝に来ようと思っていたのに自室で決意している間に昼になり、こうしてここでうろちょろしているうちにまた時間が過ぎていく。このままでは日が暮れてしまう。よし、あと一回、もう一回だけ廊下を行き来したら訪ねよう。そう思って歩き出したところで、部屋の戸が開いた。

「何をしてるんだ? お前」

 大空が呆れたようにこちらを見てくる。何をしているのかは自分だって分からない。しかしこうなった以上はとにかく誘わなくてはならない。優花が「頑張って星河ちゃん!」と応援する幻想が見えた。

「あ、あの!」「あのだな」

 声が被ってしまった。大空と顔を見合わせ、笑い合う。

「そちらからどうぞ」
「訪ねてきたのはお前だろう。お前から話せ」
「いえいえ大空様から」
「お前から」

 互いに譲り合って数分、埒が明かないので二人で一緒に言うことにした。麗奈との勝負の時よりも緊張しながら星河は声を絞り出す。

「一緒にお出かけしませんか!」「デートに行かないか?」

 大空も同じことを考えていたらしい。思いが通じ合っているようで嬉しい。大空は照れくさそうに苦笑している。星河は満面の笑みを浮かべた。

「はい!」


「わあ。こんなところがあったんですね」

 大空に連れてこられたのは天原閣の十五階、展望台であった。こんな高いところに登るのは初めてだ。天原閣は帝都で最も高い建造物だという。展望台からは帝都の街並みが良く見え、星河は大いにはしゃいだ。

「見てください大空様、ほらあれ、大空様のお屋敷ですよ! ふふっ、景色が綺麗!」
「ああ、綺麗だな」
「? 大空様ちゃんと見てます?」

 大空の視線が景色ではなく自分のほうに注がれている気がして、星河は振り返った。やはり大空は星河のほうを見ていたみたいだが、星河と目が合うと誤魔化すように目を逸らした。

「あーやっぱり大空様見ていませんでしたね?」
「いや、そうじゃない。ただ、楽しそうだなと思ってな」
「楽しいです! 大空様と一緒にお出かけですから!」

 屈託なく笑う星河に、大空が照れたように顔を赤くする。

「こんなことで良ければいつでも出かけてやる。今度は動物園にでも行くか? たしか熊が好きだったろう」
「特に好きというほどではありませんけど……。どうしてそう思ったんですか?」
「詰め碁の横に熊の落書きをしていなかったか?」
「あれは猫です! もー!」

 大空のからかいに頬をふくらませる。悪い悪い、と大空が謝ってきたので、仕方がないですね、と少しだけ大胆にくっつく。しばらく寄り添いながら、二人で帝都の街並みを眺めた。

「あっという間の一ヶ月でしたね」
「そうだな」
「花嫁選定試験で大空様に花嫁になれって言われて」
「お前、なんと答えたか覚えているか? 嫌です、だぞ。今でもたまに夢に見る」
「わーごめんなさい! そのあとは大空様が訪ねてきてくださったんですよね」
「そこでも断られたな。そしてなぜか星河と麗奈が勝負して花嫁を決めることになった」
「なぜでしょうね、覚えてないなー。そのあとは大空様の屋敷で過ごすことになって、使用人の人たちと囲碁を打てるようになって」
「その頃から妖怪ウチマセンカが徘徊するようになったんだったな」
「恐ろしい話ですね。大空様に棋譜を貰ったのもそれぐらいの時ですよね。わたし、全部覚えてますよ」
「正直引いている。訪ねてきた父上も笑っていたな」
「でもおかげで空牙様に認められたんだから良いじゃないですか! それから識月様を紹介してもらって。あっ、最初は婚約破棄しろって言われて大変だったんですよ!」
「まさか識月がそんなことを言い出すとはな……。まあだが最終的には良い結果に繋がったんじゃないか?」
「ええ、お義姉ちゃんに勝てましたからね」

 本当にあっという間の一ヶ月だった。二人で話しながら、思い出を噛み締める。幸せな日々だった。だからこそ、これからのためにも大空に話しておかなくてはならないことがある。

「……お義姉ちゃんに一緒に暮らさないかって言われました。考えてみれば、わたしは囲碁が打ちたいから大空様についていったんですよね。もう大空様と一緒にいる理由がなくなってしまいました」

 大空の返事が無い。不思議に思って大空を見上げると、急に抱きしめられた。大空の体温を感じて、耳まで熱くなるのを感じる。

「行くな、星河」
「えっ? えっ?」
「初めはただ悪くないなと思っただけだった。だが、日々を一緒に過ごし、楽しく囲碁を打つお前の姿を見て、どんどん惹かれていった。一緒に戦おうと言ってくれたお前を、かけがえのない存在だと思った」
「あの、大空様?」
「一緒に寝た時は心臓が爆発するかと思った。贈り物を貰った時は本当に嬉しかった。まだ開封せずに大切に取ってある」
「扇子なんですからそれは使ってください」
「麗奈との勝負をしているお前は本当に魅力的だった。あんなふうに楽しそうに囲碁を打つお前の相手がなぜ俺ではないのかと嫉妬した」

 大空が強く強く抱きしめてくる。

「お前のことが大事なんだ! どこにも行かないでくれ!」
「はい。ですからお義姉ちゃんと暮らすのは断ったというお話をしているのですけど」
「……んん?」

 怪訝な顔をして大空が星河の顔を覗き込む。

「俺の屋敷を出ていくという話ではないのか?」
「違います! 大空様はわたしに出ていって欲しいのですね。しくしく……」
「そんなはずはないだろう。二度とそんなことを言うな」

 大空が強く抱きしめてくるのが心地よい。口元が緩んでしまう。

「ごめんなさい。そういう事を大空様に言わせたくて冗談を言ってしまいました」
「……悪い女だな」

 大空の胸元に顔を埋める。

「ねえ大空様、わたしにはもう大空様と一緒にいる理由はなくなってしまいましたけれど、それでも大空様と一緒にいたいなと思ったんです。だから、お義姉ちゃんのお誘いは断ってしまいました」
「ああ」
「もうなんの理由もないけれど。この気持ちがなんなのかも分からないけれど。それでもわたしはあなたと一緒に戦いたい。こんなわたしを、大空様の婚約者としてお側において頂けますか?」
「ああ、もちろんだ」

 二人の体温が溶けあって一つになりそうなほどに抱きしめ合う。太陽が沈み、月が昇った。二人の頭上には、満天の星空が輝いている。


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