自転車日本一周の旅59日目
テントには保温機能がないので、朝起きると身体中の至るところが冷たい。
ブルブル震えながら自販機に行き、こいつをゲトる。今までこれを飲む人の気持ちが理解できなかったが、朝日を見ながら飲むと体が温まり、目が覚めた。今日も頑張るぞ、と気合を入れて出発。
少し走って尾道市に入る。尾道駅を通過するときに連絡船の音が聞こえ、やけに懐かしく感じられた。四国を旅していたのは、もう2週間も前のことなのだ。時間が経つのは本当に早い。アメリカ人が「タイムイズフラ〜イン」というのも肯ける。
平坦な道がしばらく続いた。途中、マクドナルドで朝マックしつつ、のんびりと街を走る。山に差し掛かったが、ゆるやかな登り坂だったので助かった。
福山市内に入る。数年前に福山に来ていたので、とても懐かしい景色だった。国道2号線沿いを走り続ける。また山道に入った。
山を越えると、笠岡市にイン。こじんまりした街だと思っていると、シーサイドモールなるものが現れたので立ち寄ってみる。古びたショッピングモールをブラブラしたのちにシット(うんこ)をかまし、外に出た。
出発しようとして自転車を押したのだが、感触がいつもと違うことに気づく。普段よりも自転車が重く、やけに地面に近い感覚がしたのだ。
ふと後輪を見るとパンクしていた。
建物の隅に移動して、パンク修理に取り掛かる。コーナンがあったのだが、バケツを借りるのも面倒なので、漏れる空気の感触と音を頼りに修理することにした。
直しながら、僕はこの相棒と走ってきた距離を振り返る。今思うと、最後にパンクしたのは秋田県だった。それ以来、この自転車はパンクしていないのだ。
東北、関東、中部、近畿、四国、中国、九州、そして中国。こまめに空気を入れていたとはいえ、これだけの距離をこの自転車は走り続けたのだ。本当にすごいと思う。
パンクを直し終えて旅を再開する。修理を終えたあとは穴がちゃんと塞がっているのか不安になるが、スイスイ進むうちにそんなことも忘れていた。
この2週間走りっぱなしなので、疲労が溜まっていた。やけに体が重く感じられたので休憩することに。近くの本屋に立ち寄ってブルータスを読んだ。
「男とは?」というページがあり、各業界の著名人が一言で回答しているのだが、精神科医の方が「群れないこと!!」と答えており、ハッとした。
僕は昔から人と群れるのが苦手だった。
この場合、群れるというのは「好きでも嫌いでもないけどとりあえず一緒にいる」とか「一人がいやだから輪の中にいる」とか、妥協したり遠慮したりして本音を隠しながら誰かと一緒にいることを意味する。
僕はこの群れるという行為が本当に苦手だった。
高校時代に良い思い出があまりないのは、それを助長する「KY(空気が読めない)」という言葉が流行ったからだと思う。「KY×田舎=地獄」だった。
そして自分は同調圧力に屈する弱い人間だとわかっていたから、そこから逃れるために、東京の大学に行こうと思って必死に努力していた。
ファッション誌や音楽、テレビの影響でやはり「東京=自由な場所」というイメージが強かったのだ。東京に行けば自由になれる、と考えていたように思う。
結局、大学でも群れることができず、サークルには入らなかったが、次第に「好きだ」と思える人に囲まれるようになった。
「群れるくらいなら一人でいいや」と考えて生き続けた結果、気づいたときには、不思議なことに多くの素晴らしい友人に恵まれていたのだ。
一人で走り続けるのは孤独でしんどいけど、この辛さを乗り越えた先には素晴らしい出会いや景色が待っているのだ。
僕はこの生き方を通してそれに気づいたから、この旅に出たのだった。
この旅は、大学生活で学んだことの集大成だったのだ。
社会に出ても挫けないように、広い世界を見ておこうと思ったのだ。
小林泰輔として生きるのはしんどいが、僕にしか味わえない瞬間がある。僕だから見える景色がある。そう信じて、この旅に出たのだ。
ということを、その一言で思い出した。
「2週間も走りっぱなしでしんどいな〜」とか思っていたが、しんどいのは当たり前である。自転車で走っていてラクだった方がどうかしている。
このキツさを助走だと思うことにした。この先できっと素晴らしいものが待っている。それを何倍にも何倍にも輝かせるために、今はしんどい思いをしているのだ。
本を閉じて立ち上がった。「よーし、この先に何があるのかはわからないが、今日はとりあえずビールを飲むためだけに走るぞ!」と思い、出発した。
坂道をこえて、笠岡の道の駅に到着。待合室が24時間開いており、そこが畳になっていた。
道の駅の人に訊くと「よく野宿してる人がいるから寝ていっていいよ」とのこと。スマホも充電しなさいと言われた。やさしい……。本当に、いろんな人に助けてもらいっぱなしだよなあ。
晩飯。なぜか玉ねぎが無性に食べたくなって購入したのだが、一口で後悔した。残り3つは、実家に持って帰ろうと思う。マスカットもプチトマトも美味しかった。
外に出て酒を飲んだ。ボーっとしていると、気になっている女の子から電話がかかってきて、30分くらいおしゃべりした。とても楽しかった(追記:このあと振られる)。
電話のあと、寝転がって地図を見ていると、この旅があと3日で終わることに気づいて驚いた。長いようであっという間だった。
怪我なく、しっかり地元に帰りたいと思う。
生きます。