図書室とドッグスノーズ

6年くらい前。大学生だった頃。
渋谷にある「図書室」に、背伸びをしながら通っていた時期があった。

道玄坂の上、とあるビルのワンフロアに入っている「森の図書室」。
店内は「本の森」を思わせる木目調になっていて、壁面にある本棚にはたくさんの本が並んでいた。

学校にあるような普通の図書室と違う点は二つ。
ひとつは、図書室なのに本を読みながらお酒が飲めること。
もうひとつは、並んでいる本が分類されていないこと。

カウンターでお酒や軽食を注文し、作ってもらう間に読みたい本を選ぶ。
小説、エッセイ、絵本、写真集、ノンフィクション、技術書……
並んでいる本は、大きさもジャンルもバラバラで、新書や文庫などの小さい本は棚の奥や大きな本の影に隠れていたりする。
偶然目についた本を手に取ったり、昔好きだった本を探したり……まさに「本の森」から、心惹かれる一冊を探し当てるようだった。

オーナーは読書好きの森さん。だからこそ「森の図書室」ってことらしい。
当時はまだ珍しかったクラウドファンディングで資金を集め、図書室をオープンした。僕もそこに少額ながら投資したのだ。
森さんは当時20代半ばだっただろうか。自分とそんなに年が離れていないのに「大人ってすげー！」と思っていた記憶がある。
初めて図書室に行ったとき、バーなんて初めてだった僕がまごついていると、森さんが話しかけてくれた。

「好きなお酒ってありますか？」
「ビール、です」
「強いお酒って飲めます？」
「はい」
「それなら、僕の好きなカクテルがあるんですけどね」

こんな会話だったと思う。
僕は決して酒に強いタイプではないのだが、初めてのバーで酒と雰囲気に酔いたかったのでカッコつけた。今思うとなんともダサい。

そこで森さんが作ってくれたのが、「ドッグスノーズ」。
ビールとジンをあわせた、ビアカクテル。初めて聞いた名前だった。
特注の薄いグラスに入って出てきたお酒は、見た目はビールなのだけれど、飲むと鼻の頭がツーンとした。
うまく形容できないのが悔しいが、格別に美味しかった。

以来、図書室に足を運ぶたび、ドッグスノーズを飲んで静かに酔いしれた。
図書室なのにそこで本を読み切った記憶がないのが情けない。活字を追う気力を失い、ザッピングばかりしていたと思う。読みかけの本は、借りて帰ったこともあった。

道玄坂には久しく足を運んでいないけれど、また行こうかな。
ドッグスノーズが飲みたい。あの図書室で。
あの頃よりも、背伸びをしない大人になれているといいのだけれど。

※画像はイメージです。「森の図書室」さんとは関係ありません。当時撮った写真を探したのですが見つからず。残念……

※上記の内容は2014年当時のもので、記憶に頼っているため誤っている可能性があります。現在のお店の正確な情報は、以下の公式サイトからご確認ください。

森の図書室|渋谷からすぐ、本の森。