神が終わり、真が始まる。
より
上記文抜粋
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「神に許された国」と「神に許された民」に未来はあるか
国際教育(2023/12/02)
パレスチナ「ガザ地区」
イスラム原理主義集団「ハマス」
イスラエルのスパイ機関「モサド」
CIA(Central Intelligence Agency、アメリカ中央情報局)
FBI(Federal Bureau of Investigation、アメリカ連邦捜査局)
ベンヤミン・ネタニヤフ(Benjamin Netanyahu、イスラエル首相)
ポール・クレイグ・ロバーツ(Paul Craig Roberts、元アメリカ財務次官)
コインテルプロ(COINTELPRO, Counter Intelligence Program、CIAの秘密作戦)
サルバドール・アジェンデ(Salvador Allende、チリ大統領、医学博士、元外科医)
フランク・チャーチ(Frank Church、民主党上院議員、「チャーチ委員会」委員長)
サイクロン作戦(Operation Cyclone、CIAがアフガニスタンでおこなった秘密作戦)
ムジャヒディン(mujāhidīn、イスラム聖戦士、「ジハードを遂行する者」)
ジョン・ピルジャー(John Pilger、ジャーナリスト、ドキュメンタリー映画監督)
ナオミ・クライン(Naomi Klein、ジャーナリスト、『ショック・ドクトリン』の著者)
1
前回のブログの冒頭でも書いたように、ウクライナ紛争がゼレンスキーの負け戦で終わりそうな雰囲気が強くなっているところにパレチナのガザ地区をめぐって血生臭い攻撃が展開されました。
そこで、私の主宰する研究所が運営するサイト『翻訳NEWS』の「翻訳グループ」の皆さんに、幾つかの「緊急翻訳の御願い」をしました。しかし、これを簡単な解説を付けてブログで紹介しただけでは、読者の皆さんには非常に不親切ではないかと思い始めました。
そこで今回は、その補足を書くことにしました。
近刊予定『コロナとウクライナをむすぶ黒い太縄』全4巻が11月26日に同時発売できる見通しがついたので、今まで書きたいと思って我慢してきた「野草・野菜・花だより」をやっと書けると喜んでいたのですが、それはやはり断念して、今日は「パレスチナとアメリカの未来」について書こうと決めました。
2
私は前回、次のように書きました。
さてパレスチナのガザ地区における双方の戦闘が口に出せないほど残虐であったことは調べれば調べるほど明らかになってきていますが、そしてバイデン大統領とネタニヤフ首相による「やらせ」であった可能性も、ますます強くなってきたようです。
しかしウクライナにおける敗北から世界の眼をそらせる作戦であったとしても、バイデン大統領がウクライナとパレスチナの双方を軍事援助することが可能かどうかは極めて怪しいと思われます。ゼレンスキーは見捨てられるかも知れません。
私は上で、今度のガザ地区の支配者とされる「ハマス」という集団がイスラエルの領土に奇襲攻撃をかけたことにたいして、「バイデン大統領とネタニヤフ首相による『やらせ』であった可能性も、ますます強くなってきた」と書きました。
しかし、なぜ「やらせ」だっと考えられるのか、これだけでは分からないだろうと思います。そこで更なる説明が必要になってきます。
これについては、すでに『翻訳NEWS』でいくつもの記事が載せられています。それを列挙すると次のようになります。
(1)Hamas’ Attack on Israel Is Puzzling
「ポール・C・ロバーツ :9-11偽旗作戦を彷彿とさせる、ハマスによる不可解なイスラエル攻撃」
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-category-22.html(『翻訳NEWS』2023/10/13)
(2)Is the Gaza-Israel Fighting “A False Flag”? They Let it Happen? Their Objective Is “to Wipe Gaza Off the Map”?
「ガザ-イスラエルの戦いは「偽旗作戦」? 黙認? 目的は「ガザを地図から消去する」こと?」
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-2016.html(『翻訳NEWS』2023/10/15)
(3)The Israel-Palestine Conflict: Netanyahu’s “False Flag”, Connecting the Dots – and More
「イスラエル・パレスチナ紛争:点をつなげばネタニヤフによる「偽旗作戦」などの陰謀が明らかに」
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-2018.html(『翻訳NEWS』2023/10/16)
(4)Hamas’ terror attack on Israel was similar to 9/11 in more ways than one
「ハマスによるイスラエルへのテロ攻撃は、さまざまな点で9/11に類似」
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-category-30.html(『翻訳NEWS』2023/10/20)
3
御覧のとおり、今回のイスラム原理主義集団「ハマス」によるイスラエルの攻撃は、かつて2001年9月11日に、ニューヨークの世界貿易センターや国防総省ペンタゴンが旅客機で攻撃されたとする「911事件」との類似を指摘する論者が多いことが分かります。
たとえば、元アメリカ財務次官ポール・クレイグ・ロバーツは上の(1)で次のようなことを指摘しています。
まずロバーツ元財務次官は、この事件を聞いてすぐに浮かんでくる疑問を次のように列挙しています。
イスラエル・パレスチナ間の紛争について見解を聞かれる。確かにこの紛争は、ウクライナ・ロシア間の紛争から目を逸らせるもののように思える。
人々(つまり「注意を払っている人々」)が不審に思っているのは、なぜパレスチナの人々がイスラエルにこんな風な攻撃を仕掛けたのか、だ。
というのも、こんな攻撃を仕掛ければ、ネタニヤフ首相にパレスチナ人に残されていた僅かな土地を手に入れ、ガザ地区を破壊し、ひとつの国に2つの国家があるという問題を解決させる口実を与えることになるからだ。
パレスチナの人々がイスラエルの人々を殺し、人質に取ったのだから、イスラエルを非難できる人などいようか?
世界最高と言われるスパイ機関「モサド」をもつイスラエルが、なぜあのように易々とハマスによる攻撃を許したのか、疑問は尽きるところがありません。ロバーツ氏はさらにそれを次のように続けています。
欧米諸国からウクライナに送られた武器の3割しか前線のウクライナ兵士に届いていないということ、その7割が「闇の武器市場」を通じて世界に拡散していることは、今や公然の秘密になっています。
アメリカやイスラエルは「ハマスに武器を援助したのはロシアかイランだ」と言っているのですが、イランが援助しているのはシーア派イスラム教の「ヒズボラ」であって、スンナ派の「ハマス」ではありませんし、ましてウクライナ戦で忙しいロシアがパレスチナに手を出すはずがありません。
ですからウクライナに送られた武器が闇市場を通じて「ハマス」に渡ったと考える方が自然でしょう。元国連WMD(Weapon of Mass Destruction大量破壊兵器)として名声を博したスコット・リッター(Scott Ritter:)も同じ考えであるようです。次の論考(4)は、アメリカの武器が世界各地のいわゆる「過激派」の手に渡っていることを幾つもの事例で例証しています。
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支配者は自国民の命を犠牲にしてでも参戦の世論をつくりたがる、というのが元財務次官のポール・クレイク・ロバーツ氏の意見です。それは次のようなロバーツ氏の自問自答につながっていきます。
イスラエルは、「モサド」というスパイ機関に象徴されるように、世界で最も防諜体制が整っている国だと言われていますが、そのイスラエルで、どうしてこんな不思議なことが起きたのでしょうか。
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上で見てきたように、ロバーツ氏は「911事件」がアメリカが中東へと侵略する口実になったと述べています。この当時、ブッシュ政権の支持率は極単に落ち込んでいましたが、この「テロリストを撲滅する戦争」を宣言することによって、一挙に支持率が上がりました。
それと同じように、現在のネタニヤフ首相は、このハマスによる攻撃以前には、彼の提案した司法制度改革案は国民の総反撃を受けて、支持率が急落していましたから、ハマスによる攻撃は勢力挽回の好機となりました。その事情は次の東京新聞(2023/01/24)の記事からも見ることができます。
この結果、イスラエル地元紙の世論調査では、改革への不支持が45%となり、現役の最高裁判事や検事総長、元最高裁長官なども公の場で反対意見を述べているほか、著名人や経済関係者の間でも反発が広がる事態となりました。
この記事は1月のものですが、デモや抗議集会はイスラエル全土に広がり、イスラエル軍兵士からも参加者が出るということにもなりました。パレスチナ人を弾圧する側にいたイスラエル軍からも抗議集会に参加する光景がRTニュースにも流れて、私はそれを興味深く視聴していました。
ですから、元財務次官ロバーツ氏の意見を自然に受け入れることができました。ネタニヤフ首相にとってはイスラエル軍の動きを、政権に対するものではなく、ハマスやパレスチナ人に対するものへと転換する必要に迫られていたのです。
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さて以上のことから、ネタニヤフ政権がガザを攻撃したかった理由は理解できたのですが、問題は「あのようにハマスがなぜ易々と敵の罠(わな)に嵌(は)まったか」です。ロバーツ元財務次官も同じ疑問を次のように自問自答しています。
まず上で「イスラエル工作員がハマス内部に潜入していたのかもしれない。ちょうどFBIがトランプ支持者や愛国者集団のなかに潜入して連邦議会への襲撃をあおり、彼らがテロリスト呼ばわりされるようになったのと同じように」とあることに注目してください。
ここで「FBIがトランプ支持者や愛国者集団のなかに潜入して連邦議会への襲撃をあおり」とありますが、FBIがトランプ支持者や愛国者集団のなかに「潜入」したとするロバーツ氏の指摘に驚かれるかも知れません。
しかし、FBIのこのような活動(いわゆる「コインテルプロ」)はアメリカ史のなかでは何も珍しいことではありませんでした。そこで以下では、項を改めて、そのことについて少し説明したいと思います。
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最近とみに権力寄りの説明をするようになったフリー百科事典『ウィキペディア』でさえ、この「コインテルプロ」について次のように説明しています。
ここで最後に「中立化」という言葉が出てきますが、これは個人や団体の「暗殺」や「破壊」を意味する隠語です。つまりFBIは「国家の安全」という口実で個人に対する暗殺までもおこなっていたのです。
ですから「トランプ支持者や愛国者集団のなかに潜入して連邦議会への襲撃をあおる」などという行為は、いわば当然の行為でした。そして、その結果として生じた「混乱」「死者」を理由に、その個人や団体を「テロリスト」と名付けて攻撃することも、初めから計画されていたことです。
その具体例としてウィキペディアは次のような例をあげています。
上の枠内では、「1956年から1971年まで、FBIが実施して実行した一連の違法かつ極秘行動で構成されている」と書かれています。
他方、下の枠内では「1976年、フランク・チャーチ民主党上院議員が率いるチャーチ委員会によってFBIとコインテルプロの調査が開始され、その活動は違法とみなされた」とあります。
このような叙述だと、「コインテルプロ」は1971年または1976年以降は「違法とみなされ」、現在おこなわれていないかのように見えます。しかし、元アメリカ政府の高官(財務次官)だったポール・クレイグ・ロバーツ氏でさえ、このような活動は現在も続いていると考えていることが、先述の引用から分かるはずです。
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このようなFBIによる活動は、FBIの工作員が相手組織の中にスパイとして入り込むのが一般的ですが、相手組織のなかの個人の弱みを握って脅迫したり金銭的に誘惑して工作員にしたてるという方法も珍しくありません。
その最も有名な例が12月4日、イリノイ州クック郡において、FBIが「ブラックパンサー党イリノイ州支部長」だったフレッド・ハンプトンの自宅を襲撃し、射殺した事件でしょう。この暗殺を手引きしたのがフレッド・ハンプトンのボディガードでした。
言語学者チョムスキーが、「ハンプトンは、ブラックパンサー党の中で最も才能があり前途有望な指導者の一人だった。ニクソン大統領のウォーターゲート事件は、この暗殺事件から世間の目をそらすという目的があった」と書いていたのを読んで、驚愕したことを思い出します。
左翼・リベラルと言われていたひとたちの多くが、コロナ騒ぎを機に変節してしまいましたが、チョムスキーもその一人だったことは残念至極です。しかし、そのチョムスキーが、かつては上のような発言をしていたことは、注目に値することだと思います(『肉声でつづる民衆のアメリカ史』下巻320-325頁)。
それはともかく、FBIと同じことを国外でおこなっていたのがCIAでした。その典型例が1973年9月11日におこなわれたチリのクーデターでした。
チリでは選挙によって南米で初めての社旗主義政権が誕生したのですが、これに危機感を感じたアメリカの石油大企業はCIAを動かして、サルバドール・アジェンデ大統領(医学博士、元外科医)を殺害し、この政権を潰そうとしました。
この事件は、2001年9月11日に起きたアメリカの「911事件」と違って、ほとんど知られていませんが、南米のひとたちにとって「911事件」と言えば、このチリのクーデターをすぐに思い出すほど有名な事件です。
私は数年前に先述の『肉声でつづる民衆のアメリカ史』という本の翻訳を依頼され、その翻訳の過程で、この事件の詳細を知ることになりました。その詳細は前掲書下巻315-320頁を参照いただきたいのですが、ウィキペディアですら。このクーデターについて次のように書いています。
これを読むと、「チャーチ委員会」が二つあったことが分かります。そしてFBIにたいする調査は(1976)、このCIAにたいする調査の後に(1975)おこなわれているのです。
しかしいずれにしても、アメリカが「コインテルプロ」という作戦を国内でも国外でもおこなっていたことだけは確かです。それは2014年のウクライナにおけるクーデターで、もういちど証明されることになりました。
この「2014年のウクライナにおけるクーデター」については、『ウクライナ問題の正体』全3巻で詳述しましたし、近刊『コロナとウクライナをむすぶ黒い太縄』全4巻でも再論しましたので、ここではその説明を割愛しようと思ったのですが、そこでも述べたりなかったことがあることに気づきましたので、項を改めて再論させていただきます。
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CIAの悪行がチャーチ委員会で暴露されたあと、CIAは活動スタイルを変えました。
今まではチリでおこなったように軍部の一部を抱き込んで「軍事クーデター」という手段をとることが多かったのですが、転覆したい政府の軍部を使うのではなく、外部から呼び込んだ傭兵を使うというスタイルをとることにしました。
その典型例がアフガニスタンでした。アフガニスタンは1978年に社会主義政権になりました。その時の人権状況をウィキペディアの「アフガニスタン」ですら次のように書いています。
このようにアフガニスタンは1970年代に世俗化と民主化が大きく前進したのですが、この社会主義体制を嫌ったアメリカは、CIAを使って政権転覆を謀ることになります。
このときにCIAが使った手段が、アフガニスタン内外からイスラム原理主義勢力を結集し、政権に軍事攻撃をかけさせるという「サイクロン作戦」でした。これについても、ウィキペディアですら次のように書いていて、私を驚かせてくれました。
ここに登場する「ムジャヒディン」は、通常「イスラム聖戦士」と呼ばれているイスラム原理主義勢力ですが、この「ムジャヒディン」についてもウィキペディアは次のように述べています。
ここに登場する「ウサーマ・ビン=ラーディン」は「その志願兵の1人だった」と書かれていますが、単なる志願兵ではなく、その志願兵を主として中東から集める「まとめ役」でした。
日本では「ビンラディン」と表記されている人物は、サウジアラビア有数の富豪の一族に生まれ、CIAが「サイクロン作戦」を展開している間は、「聖戦士」「自由の戦士」と呼ばれていたのですが、後に「テロリスト」とされ暗殺されることになりました。
この経緯について述べていると長くなりすぎるので割愛しますが、いずれにしてもCIAが政権転覆活動として使う手段が、転覆しようとする政権の軍部を手なずけて軍事クーデターを起こさせる方法から、イスラム原理主義勢力などを使った新しい方法に変わったことだけでは分かっていただけたかと思います。
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アメリカはその後、その手段を使ってシリアのアサド政権の転覆活動を進めてきたのですが、このとき使われたのが「アルカイダ」のちに「ISIS」と呼ばれるイスラム原理主義勢力でした。
私がこのことを知ったのは、偶然に、ジョン・ピルジャー『世界の新しい支配者たち -欺瞞と暴力の現場から』(岩波書店2004)という本の出会ったからですが、そのときの驚きを次のブログに書きましたから、時間と興味があればぜひ参照ください。
* ジョン・ピルジャー「タリバンを育てたアメリカ」その1~3
http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-271.html(『百々峰だより』2016-09-30)
http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-272.html(『百々峰だより』2016-09-30)
http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-273.html(『百々峰だより』2016-10-03 )
このようにアメリカCIAは、クーデター(政権転覆活動)をおこうなう手段として、政権軍部を使う方法から、政権内部に反乱勢力を育てて「不安定化工作」をおこなうという方法に転換しました。
先述の「チャーチ委員会」によってCIAの悪行が暴露され、それを糾弾するアメリカ内外の世論があまりにも強かったので、戦術転換せざるを得なかったのでしょう。それについては、繰り返しになりますが、最近とみに権力寄りの叙述になっているウィキペディアですら次のように書いています。
このピノチェト独裁政権の残虐ぶりは、今では古典的名著とされているナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』(岩波書店、2011)上巻第3章「ショック状態に投げ込まれた国々」に詳述されています。
上では「アジェンデと同様の自主独立ナショナリズムがラテンアメリカに広がることを恐れた米国は、ラテンアメリカ諸国に対する恐怖の見せしめとして、また多国籍企業にとって都合のよい経済体制の国として、ピノチェト独裁政権を支援し続けた」とあります。
事実、この恐怖政治はチリだけではなく、アルゼンチンやブラジルなどに次々と飛び火し、惨劇も広がっていきました。
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さて、軍事攻撃による「クーデター」という手段は、まさに「ショック療法」そのものですが、それが「チャーチ委員会」によって世に知られるようになってからは、内外の世論の批判が厳しくなり、CIAは次の手段を開発し始めます。
それが「カラー革命」「色の革命、花の革命」という戦術でした。その典型例がジョージア(旧名グルジア)における「バラ革命」2003、ウクライナにおける「オレンジ革命」2004でした。そしてウクライナにおける第2の「カラー革命」が2014年のクーデターでした。
これも大手メディアは「民衆革命」と褒めそやされていますが、『ウクライナ問題の正体』で詳述したように、実はこれも一種のク―デターでした。しかし、これを説明していると長くなりますので次回に回します。
しかし、ウクライナのゼレンスキー政権もピノチェトに劣らない独裁政治をおこなっていること、と同時に、その腐敗ぶりもますます暴露されつつあります。
その一端は『ウクライナ問題の正体』でも紹介しましたが、さいきん新たに次のような記事もEUで出るようになったこと(6)、ウクライナの地方裁判所が2014年のクーデターについて次のような画期的判決を出したこと(7)だけは紹介しておきたいと思います。
(6) Ukraine ‘one of the most corrupt countries in the world’– EU state's PM(スロバキアの首相「ウクライナは世界で最も腐敗した国のひとつだ」)
https://www.rt.com/news/586060-slovakia-fico-ukraine-corrupt-budget/
Oct 28, 2023
(7)Maidan snipers: The founding myth of ‘new’ Ukraine has been proven to be a lie. Why is the West silent?(マイダン革命の狙撃手 :「新しい」ウクライナの建国神話は嘘だと証明された。なぜ西側諸国は沈黙しているのか?)
https://www.rt.com/russia/586192-maidan-snipers-ukraine-kiev/
31 Oct, 2023、By Tarik Cyril Amar
このような事実をふまえて、次回は、いよいよ「色の革命、花の革命」という先述および「イスラエルのガザ殲滅攻撃」に話題を移したいと考えています。
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抜粋終わり
コインテルプロとは、維新志士=帝政日本=天皇家が、日本人を洗脳し支配して今や飼育するようになったが、そのための方法であり、
むしろ、JKフーバーが天皇家から学んだとしても、驚くに値しない。
あと、そもそも、イスラエルの建国神話が嘘だらけだった。
でその「嘘しかない建国神話」の元祖が、「天皇」である。
「天皇」を根絶やしにすることで、初めて「日本人国家」が誕生する。どうもこれが事実である。
より
上記文抜粋
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パレスチナ問題は米英帝国主義と旧約聖書カルトが生み出した
パレスチナ問題は1948年5月14日にイスラエルの建国が宣言された時から始まる。多くのアラブ系住民が住む土地へ外部からシオニストが乗り込み、先住の民を殺し、追い出して「ユダヤ人の国」を作り上げたのだ。ヨーロッパから移住してきた人びとが先住民である「アメリカ・インディアン」を殺戮してアメリカが作られた過程に似ている。
シオニストとはエルサレムの南東にあるシオンの丘へ戻ろうというシオニズム運動の信奉者で、ユーフラテス川とナイル川で挟まれている地域はユダヤ人の所有物だと考えている。その地域を実際に支配しようとしてきた。いわゆる「大イスラエル構想」だ。ユダヤ教の宗教書であるトーラー(キリスト教徒が言う旧約聖書のうちモーセ5書)がその根拠だとされている。
シオニズムという用語はウィーン生まれのナータン・ビルンバウムが1864年に初めて使ったという。そして1896年にはセオドール・ヘルツルが『ユダヤ人国家』という本を出版している。
シオニストはユーフラテス川とナイル川で挟まれている地域はユダヤ人の所有物だと考えているが、現在のイスラエルにもそう主張している人たちがいて、その計画は「大イスラエル構想」と呼ばれている。この構想はプロテスタントが言い始めたのだとも言われている。
しかし、トーラーによると、土地を所有しているのは神であり、ユダヤ教徒はトーラーを守るという条件の下でその土地に住むことを許されたのだという。大イスラエル構想はプロテスタントが言い始めたのだとも言われている。シオニストが行っていることはトーラーの記述とは合致しないと指摘する人もいる。
イスラエルを建国させたのはイギリスの支配層であり、現在、支えているのはアメリカ。そのアメリカでは先住民が虐殺され、土地が奪われていたが、1830年にはアンドリュー・ジャクソン大統領が「インディアン排除法」(日本では「インディアン移住法」と言い換えている)に調印している。
1861年から65年にかけての南北戦争を経て1890年にはウンデット・ニーで先住民の女性や子供が騎兵隊に虐殺されるという出来事があったが、この時点における先住民の人口は約25万人。クリストファー・コロンブスがカリブ海に現れた1492年当時、北アメリカには100万人とも1800万人とも言われる先住民が住んでいたと推測されている。数字に幅があるのは、何人虐殺されたか不明だからだ。生き残った先住民は「保留地」と名づけらた地域に押し込められた。
アメリカで民族浄化が進められていた1838年、イギリス政府はエルサレムに領事館を建設している。その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査。アメリカではウィリアム・ブラックストーンなる人物が1891年にユダヤ人をパレスチナに送り出そうという運動を展開し、ベンジャミン・ハリソン米大統領に働きかけていた。
1917年11月2日、イギリス外相だったアーサー・バルフォアはウォルター・ロスチャイルドに書簡を出す。その中で「ユダヤ人の国」を建設することに同意すると書かれている。
1920年代に入るとパレスチナでアラブ系住民はそうした動きに対する反発が強まり、それを抑え込むため、デイビッド・ロイド・ジョージ政権で植民地大臣に就任したウィンストン・チャーチルはパレスチナへ送り込む警官隊の創設するという案に賛成する。そしてアイルランドの独立戦争で投入された「ブラック・アンド・タンズ」のメンバーを採用することになる。この組織はIRA(アイルランド共和国軍)を制圧するために設立され、違法な殺人、放火、略奪など残虐さで有名だった。
1948年5月にイスラエルの建国が宣言されたが、ナチスの弾圧でドイツから逃げ出したユダヤ人の大半はアメリカやオーストラリアへ向かい、パレスチナを目指した人は少なかった。そこでイラクに住んでいたユダヤ人に対するテロを実施、イスラエルへ向かわせた。
シオニストの計画が順調に進んだとは言い難いが、彼らには強力なスポンサーが存在した。多額の資金を提供していた富豪の中には、エドモン・アドルフ・ド・ロスチャイルドやアブラハム・フェインバーグが含まれている。(Will Banyan, “The ‘Rothschild connection’”, Lobster 63, Summer 2012)
ライオネル・ド・ロスチャイルドと親しかったベンジャミン・ディズレーリは1868年2月から12月、74年2月から80年4月まで首相を務めているが、この政治家のロシア嫌いとユダヤ人支持は有名。ディズレーリが1875年にスエズ運河運河を買収した際、資金を提供したのはライオネル・ド・ロスチャイルドだった。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018)
1880年代に入るとエドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルドはテル・アビブを中心にパレスチナの土地を買い上げ、ユダヤ人入植者へ資金を提供しはじめた。この富豪はエドモンド・アドルフ・ド・ロスチャイルドの祖父にあたる。
ベンヤミン・ネタニヤフ首相の父親ベンシオンが秘書を務めていたウラジミル・ヤボチンスキーは帝政ロシア時代のオデッサ(現在はウクライナ領)で生まれ、ウクライナで彼は独立運動を率いていたシモン・ペトリューラと連携している。ロシア革命の後、ペトリューラは大統領を名乗るが、その時期にペトリューラは3万5000人から10万人のユダヤ人を虐殺したという。(Israel Shahak, “Jewish History, Jewish Religion,” Pluto Press, 1994)
1925にヤボチンスキーは戦闘的なシオニスト団体である「修正主義シオニスト世界連合」を結成。その流れの中からリクードも生まれた。1931年にはハガナから分かれる形で「イルグン」が組織されるが、その後、ヤボチンスキーはパレスチナに住むユダヤ人に対し、イギリス軍へ参加するように求めた。
これに反発したアブラハム・スターンはイルグンを飛び出し、1940年8月に「ロハメイ・ヘルート・イスラエル(レヒ)」を新たに組織する。創設者の名前から「スターン・ギャング」とも呼ばれている。
レヒの創設とほぼ同時にヤボチンスキーはニューヨークで心臓発作のために死亡、その後継者に選ばれたのがメナヘム・ベギン。後のイスラエルの首相になる人物だ。
イスラエルを建国するため、シオニストは1948年の4月上旬に「ダーレット作戦」を開始、ハガナの手先としてイルグンとスターン・ギャングはデイル・ヤシンという村を襲撃、住民を虐殺した。
襲撃の直後に村へ入った国際赤十字の人物によると、住民254名が殺され、そのうち145名が女性で、そのうち35名は妊婦だった。イギリスの高等弁務官、アラン・カニンガムはパレスチナに駐留していたイギリス軍のゴードン・マクミラン司令官に殺戮を止めさせるように命じたが、拒否されている。(Alan Hart, “Zionism Volume One”, World Focus Publishing, 2005)
こうした虐殺に怯えた少なからぬ住民は逃げ出した。約140万人いたアラブ系住民のうち、5月だけで42万人以上がガザやトランスヨルダン(現在のヨルダン)へ移住、その後1年間で難民は71万から73万人に達したと見られている。国連は1948年12月11日、パレスチナ難民の帰還を認めた194号決議を採択したが、現在に至るまで実現されていない。
その間、1948年5月20日に国連はフォルケ・ベルナドットをパレスチナ問題の調停者に任命した。彼は6月11日から始まる30日間の停戦を実現したものの、7月8日に戦闘が再開され、9月17日にはスターン・ギャングのメンバーに暗殺された。
こうして誕生したイスラエルを日米欧は支援、先住民であるパレスチナ人をテロリスト扱いしている。
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抜粋終わり
そもそも、米欧・日本の天皇家は、侵略者でテロリストだからね。
維新志士は、例外なくすべてテロリスト。
内部抗争で、竜馬も西郷さんも殺された。全部「天皇」ってシステムが糞で馬鹿で、日本人低知能化装置だからだ。
偽神天皇を死滅させて 日本人国家を作る
天皇の無い 蒼い空を取り戻す
慈悲と憐みの富む社会になりますように。