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一つは、ジジイが耄碌した。あと「権威」の崩壊と耶蘇金の報復


上記文抜粋
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ダライ・ラマは気味の悪いろくでなし

2023年4月10日
ケイトリン・ジョンストン


 (子供に対する大人の不適切な行動に関する議論に敏感な読者は本記事を読まぬようお勧めする。)

 大人の聴衆が肯定的に見守る中、ダライ・ラマが少年の唇にキスし、舌を吸うように言う実にひどいビデオがある。先月のTibet.netのツイートでチベットの精神的指導者と子供の短い動画が表示され、この出会いは「学生やM3M財団メンバーとの会合」中に起きたと述べているがTibet.net動画は、この出会いの性的に不適切な部分を削除している。

 これがこの動画へのハイパーリンクだ。当然ながらそのようなものは見たくはないが文章説明には慣れている人のためには、ここにNews.com.auの新記事がある。

 ダライ・ラマは最近の催しで若いインド少年の唇にキスをし、舌を「吸う」よう頼んだ後、眉をつり上げた。
 先月インドのM3M財団の催し中に起きた奇妙なやりとりの映像がソーシャルメディアで広まった。
 チベット仏教指導者であるテンジン・ギャツォは亡命生活を送っているインドのダラムシャーラーにある彼の寺院で学生と財団メンバーを受け入れた。
 映像で、少年がマイクに近づき「抱きしめてもいいですか?」と尋ねる。
 87歳の彼は「いいよ、おいで」と言って壇上に招ねく。
 ダライ・ラマは頬をさして「最初にここ」と言い、少年は彼を抱擁しキスする。
 彼は少年の腕を持って「それならここも良いと思う」と言いながら唇を指さす。
 その後精神指導者は少年のあごをつかみ、聴衆が笑う中、口にキスをした。
 「私の舌をしゃぶりなさい」とダライ・ラマは舌を突き出して少年に言う。
 彼らは額を押し付け、少年は少し舌を突き出してから後退し、ダライ・ラマは彼の胸をふざけて叩いて笑う。


とにかく権力ある聖職者の児童虐待とは一体何だろう? マイケル・パレンティが2003年に指摘したように、封建的チベットの専制的環境では性的虐待が日常茶飯事で、1950年代に中国に強制的に併合されなければ、ダライ・ラマ14世が支配していた。「自由チベット」というスローガンは、中国、特に共産主義全般に対するプロパガンダの棍棒として欧米諸国が長い間利用してきたが、本当の問題は、「自由」なはずの時代に、チベットが定量的に遙かに専制的で抑圧的な場所だということだ。

 ずっと前ダライ・ラマがメルボルン講演に来た時、ダライ・ラマを見に行ったが、私にとって最も際立ったのが、実に深みや深遠さに欠けていた記憶だ。私が参加したサークルでは、精神性や悟りに強い関心を持っている人として非常に高く評価されている人が、優しくして世界をより良い場所にしようという表面的なセサミ・ストリート・レベルの発言以外そのような問題に関し何も言わなかったことに当惑した。おそらく今日生きている人でダライ・ラマほど仏教や西洋の意識における精神的目覚めに関連する人はいるまいが、私が彼から読んだり聞いたりしたことは全ての他の精神的教師たちの言葉と比較して、下手で、役に立たず、空虚だという印象が残っている。

 その紛らわしい食い違いは、私が政治分析をするようになり、ダライ・ラマはおそらく精神的指導の上で頼るべき人ではなく、実際、人として多くの内面的発展を遂げるには余りに混乱していると知った後、解消された。

 イラク侵攻から6か月後の2003年9月の昔に彼がしたインタビューをご覧願いたい。AP通信に、アメリカのアフガニスタン侵攻は、韓国へのアメリカの残忍な介入と同様「おそらく他の文明を守るはずの」「ある種の解放」で、アメリカのイラク侵攻は「複雑」で、その道徳性が決定されるには更に時間がかかるだろうとダライ・ラマは語った。侵略から数年たった2005年、通常の大半の一般市民が、この戦争が大惨事なことに気づいた後も「イラク戦争? 正しいか間違っているか言うのは時期尚早だ」とダライ・ラマは依然言っていた。

 これは明らかに壊れた道徳的羅針盤の持ち主だ。これは、ある程度心理的、感情的に健全な普通の人なら誰でもすぐできる基本的な最低限の評価で、彼は依然これら問題で、地球上最悪連中の何人かと基本的に同じ側に位置している。

 だが、それは文字通りのCIA手先に対し誰でも期待できる最高のものだと思う。彼の政権は1960年代を通じて中央情報局から年間170万ドル受け取り、彼自身何十年にもわたりCIAから年間18万ドルを個人的に受け取っていたと報告されている。

ニューヨーク・レビュー・オブブックスから

 チベットの多くの友人や、常に非暴力を提唱してきたダライ・ラマの崇拝者は、彼がCIAプログラムについて何も知らなかったと信じている。しかしダライ・ラマの兄の一人、ギャロ・トンドゥプは作戦に密接に関与しており、この作戦に参加した[CIAのベテラン、ジョン・ケネス]クナウスは「ギャロ・トンドゥプは弟のダライ・ラマにCIA支援の一般的な条件を知らせ続けた」と書いている。クナウスによれば、1950年代後半から、この機関はダライ・ラマに月に15,000ドルを支払った。これらの支払いは1974年に終了した。

 現在CIAは世界で最も堕落した機関なので、CIAに深く関わる連中の道徳的発達はいささか発育不全だと期待するのは合理的だ。10年か15年前なら、こうした言葉を自分がタイプするのを知って驚いたろうが、ダライ・ラマは実に不快な人物だとわかっている。

 悟りについて有益なことを言うのに十分意識を内側に拡大した精神的な師を見つけられるのはまれで、そういう人の中で知恵と理解の見地から世界の出来事を議論するのに十分なだけ意識を外側に拡大した人を見いだすのは非常にまれだ。ダライ・ラマは、人々が得られものの中で、これから遙かに離れている。彼は地球上最も賢明でない機関と協力して人生を生きて、皆様が通り過ぎるかもしれないほとんどの人々より内面的に発達していない。

 人々はこの変人を尊敬するのはやめるべきだ。

 更新:ダライ・ラマは「私の舌を吸いなさい」事件に関し声明を発表した。これがその全文だ。

 少年がダライ・ラマ法王に抱擁をしても良いか尋ねた最近の出会いを示す映像が出回っている。ダライ・ラマ法王は、少年とその家族や世界中の多くの友人たちを彼の言葉が傷つけたかもしれないことを謝罪したいと願っている。
 ダライ・ラマ法王は、公の場やカメラの前で、無邪気な遊び心のある方法で出会う人々をからかうことがよくある。彼はこの出来事を後悔している。

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抜粋終わり

ちなみに、このダライラマの行為の意味の解説を

参考

より

上記文抜粋
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法王庁は、猊下のこの度の行いについて、仏教的な正しい解釈に基づいてからの釈明をして頂きたいとお願いしております。

仏教において、「舌を出す」というのは、真理、真実を伝えるから、それを受け取りなさいという意味であり、「舌に触れなさい」というのは、恐れず、つまり、汚いとか、不潔だとか、卑猥だとかという分別してとらわれる心を離れて、真理、真実義をそのままに受け取りなさいということのはずです。

たんなるからかいの中にも仏教的な意図があることはしっかりと伝えて頂かなくては、世間の誤解、失望を更に招きかねません。

どうかこのことを踏まえての法王庁からの速やかな正式、公式な釈明をお願い致します。

また、今回の猊下のことで、ミラレパとガムポパのやり取りに、確かミラレパが唾液を茶に入れて加持したものをガムポパに飲ませるというエピソードがあったことを思い出しました。

改めて必死になって探し、そのエピソードの載ってある論文も見つけました。170ページにあります。

このように、この度のことも密教的な深遠なる意が隠されてある場合もございます。

法王庁は、このような暗喩例があることも示された上にて、改めての釈明をなさられるべきでしょう。

・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・

根本上師への誤解を解かないで、どうするつもりかと強くお叱りを頂いた。

根本ラマへの誹謗は大罪となる。猊下への誹謗ではなく、誤解、失望を招くことへの残念、悲しみである。

猊下への尊敬の念、報恩の念は何ら何も変わらない。

今回の猊下の行為を説明するならば、「舌を出す」というのは、仏教的には真理、真実を伝えるから、それを受け取りなさいという意味である。

「舌に触れなさい」というのは、恐れず、つまり、汚いとか、不潔だとか、卑猥だとかという分別してとらわれる心を離れて、真理、真実義をそのまま受け取りなさいということである。

ただ、これは、その相手次第では大いに誤解を与えることになります。

この少年が沙弥やリンポチェであれば、となります。

・・・・・・・・中略・・・・・

密教的にはミラレパやティロパ、ナーローパ等、その行いには通常世間では理解し難いことも多々あり、世俗の観方では、おかしな奇怪なこと、倫理や道徳に反するなど、そのように映ることは当然にありえるのではあります。

今回のことが、無上瑜伽タントラにおける深淵なる意(例えばナーロー六法、秘密集会五次第におけることなど)があることはもちろん否定はできませんが、大いに世間の誤解を招き、失望を招いたことは確かであり、それが残念で、悲しいのであります。

とにかく、私は無上瑜伽タントラの考究を更に進めることで、猊下のご恩に報いていかねばならないと気持ちを新たに致すのであります。

今回の猊下のことで、ティロパとナーローパのやり取りを久しぶりに思い出して、伝記を読み返した。

しかし、少年をナーローパとするには、リンポチェ、求道者でなければ、やはり世間へは誤解、失望を招くことにしかならない。

だが、ティロパとナーローパのやりとりは密教的な重要な示唆が含まれてある。

この機会に少し興味を持って頂けたらとは思うのであります。

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抜粋終わり

ティロパとナーローパのやり取りを久しぶりに思い出して、伝記を読み返した。
しかし、少年をナーローパとするには、リンポチェ、求道者でなければ、やはり世間へは誤解、失望を招くことにしかならない。

少年がナーローパほど力量・境涯があったとは思えない。

その辺が耄碌したのか。

むしろ、

権力ある聖職者の児童虐待とは一体何だろう? マイケル・パレンティが2003年に指摘したように、封建的チベットの専制的環境では性的虐待が日常茶飯事

「自由チベット」というスローガンは、中国、特に共産主義全般に対するプロパガンダの棍棒として欧米諸国が長い間利用してきたが、本当の問題は、「自由」なはずの時代に、チベットが定量的に遙かに専制的で抑圧的な場所だということだ。

だったのであり、少年のダライラマもその被害者だったってのもある。

なんせ先々代のダライラマまでは、20歳代で暗殺で死去が4代、50年ほど続いていたのだ、殺すくらいだから児童性愛の餌食など容易にできる・・・。


22歳に達する前に亡くなった4人のダライ・ラマ(9世〜12世)のうちの1人である。

ダライ・ラマ8世遷化以降、転生者捜索はチベット貴族の勢力争いの場となり、人選が恣意性を帯びるようになったといわれる[3]。上述のように9世から12世までの4人ダライ・ラマはいずれも早世しており、木村肥佐生は、その著書『チベット潜行10年』(1958年版)の中で、成人前後に急逝した10世・11世・12世のダライ・ラマの死は毒殺によるものと推定している[4][注釈 1]。

^ 木村同書(1982年版)では婉曲的な表現が用いられ、有力貴族間の権力争いの犠牲になった可能性が高いとしている(木村 1982)。

年取って、ダライラマも耄碌したのだろう。。。

それと 参考

(猊下は3月のジャータカ法話において、釈尊本生譚から、平和へと向けた慈悲の大切さを暗喩的に説かれたばかりである)

「黙れ工作員!」てのが耶蘇金の本音。「都合よく耄碌してくれた!」って訳だ。

外側の権威にすがる・・人間を格別に特別化し偶像化し、絶対化して隷属する・・

そんなのが、無理なので世界規模で崩壊を始めているのだ・・・



「絶対帰依」を「政治」や「社会」に持ち込んだら、そりゃアウトだは・・・「上官の命令責任」そのものだしな。
まあ、「宗教」とかいう「狂気と正気のはざまを疾走する」ことが要る特殊な状況の特殊な場合だけ、仮に必要かもしれない。。。
軍隊の命令で「上官は命令責任を取るので部下は命令絶対服従」って軍隊のように。
それでも孫子は「巧みに長いなど聞いたことないは!」で「無政の法。非常の令」だからな。

まあ、天皇とは、一種のカルトか長すぎる戦争状態 で、発狂だけしか末路は無い。

で、それをもう少し厳しくやったチベットが滅びた・・てのは、次は日本の天皇家がロマノフ王家になるってことだよね。

追記

おなじジジイなら佐々井秀嶺師の方が、けた違いに良い。 


参考



これからはダライ・ラマよりも佐々井のオッチャンだよね・・・

天皇の無い 蒼い空を取り戻す

慈悲と憐みに富む社会になりますように

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