エルサレム・ベツレヘム観光、そして...
先週末に念願のエルサレムに行ってきました。あとパレスチナ自治区であるベツレヘムにも寄りました。
エルサレムといえばユダヤ・キリスト・イスラム教の3つの宗教の聖地がある場所として知られています。何故3つの宗教の聖地が同じ場所にあるかと言うと3宗教とも起源が同じだからです。
なにやら複雑そうなところだという印象だけを持ったまま、いざエルサレムへ。
想像以上に都会な感じ。
めちゃめちゃ濃厚な体験ができ、とても1記事で書ききれませんがざっとハイライト。
まず旧市街への入り口で最も有名なダマスカス門。
金曜日に行ったのですが、もうめちゃくちゃ人が多かったです。イスラエルではユダヤ教の教えに従って金曜日と土曜日が休日となっている関係もあり、金曜日は特に祈りに来る人が多いみたいです。
加えて、たまたまイスラム教のラマダン(1ヶ月の断食等の期間)の時期とも被っていたこともあり、もう色々な人々で溢れかえっていました。警備の人の数もかなり多く、異様な雰囲気の中、旧市街へ入っていきました。
真っ先に向かったのが、嘆きの壁(現地ではWestern Wall、西の壁と呼ばれています)。ユダヤ教の聖地。
多くの方が壁に向かって祈っています。壁に向かって右側が女性、左側が男性とエリアが分かれています。
壁の隙間をよく見てみると無数の紙が挟み込まれており、それらには人々の願いが書き込まれています。
次は岩のドームを目指そうとしたのですが、なんと入場規制のため入れず。岩のドームはイスラム教の聖地です(下の画像はネットにあったやつ)。
仕方がないので気持ちを切り替え、聖墳墓教会へ。
ゴルゴダの丘があったとされる聖墳墓教会はキリスト教の聖地です。要はキリストのお墓です。ヴィア・ドロローサと呼ばれる、キリストが十字架を背負って歩いたとされる道を通った先に聖墳墓教会はあります。
教会内はただならぬ空気が漂っていました。
そして一通り聖地を巡り終わった後にダマスカス門から出て旧市街を出ようとするのですが、
信じられないくらいの人混みでした。あまり大荷物を持って訪れることはオススメしません、特に金曜日は。
続いてイスラエル博物館、どーん。
館内はこれでもかってくらいに展示物が多いです。
そして敷地内にある死海写本館には、20世紀最大の考古学上の発見と呼ばれる「死海文書」が展示されています。
この建物は死海文書が入っていたツボの蓋をイメージしてデザインされたらしいです。
エルサレムに来られる方、イスラエル博物館はめちゃくちゃオススメです。丸一日いても全く飽きませんし、無料で音声ガイドの機器を借りることができ荷物も預けられ、ご飯も食べることができ(駐車場にあるホットドッグ屋のアイスコーヒーが美味しかった)、お土産屋も充実してますので素晴らしいです。
そしてその後はエルサレムから10キロ弱のところにあるベツレヘムへ。
このベツレヘムという町は、キリストが生まれた場所として知られています。ベツレヘムはパレスチナ自治区であり、現地の人曰くパレスチナのほとんどの人がアラブ人、と伺いました。
実際に町の中はアラビア語標記のものばかりでした。
まず行ったのはキリストが生まれた場所とされる降誕教会。聖誕教会とも言います。
長い行列の先に、キリストが生まれたとされる地下のスペースがありました。実際に訪れると心を打たれます。
この降誕教会の裏側にはミルク・グロット教会があります。聖母マリアが逃げ込んだ洞窟とされているところで、有名な観光スポットの1つです。
ただし当日行ったら門が閉まっていて入れなかったため割愛。
そして次は分離壁(アパルトヘイト・ウォール)を見学しにいきました。
高さ約8メートルのこの壁は、イスラエル政府がパレスチナ側からのテロを防止するという目的で作られた壁です。この壁によりパレスチナの人々の暮らしはシャットアウトされています。
壁には様々な絵が描かれています。
そしてベツへレムの町中にはバンクシーというイギリスの有名な画家の絵があちこちに散りばめられています。
下の絵はガゾリンスタンドの奥の壁にありました。
面白い作品ばかりです。
改めてパレスチナ問題について考えさせられる1日に。
そして急遽決まったエルサレム・ベツレヘムの弾丸ツアーが終了し、バスでテルアビブに戻りました。
そして...
相棒のエンジニアである鈴木くんとの別れの時がきてしまいました。色々と事情もありこのタイミングで帰国となってしまいました。
鈴木くんとイスラエルの屋根で寝泊まりした日々を私は忘れない。
なお彼はこれから東京でサバイバル生活をする模様。
ということで、私のイスラエルでの生活は第2章へと突入していきます。隙を見て今後も更新していきますのでよろしくお願いします。