1ふぁぼ毎にうちの子の実在しない小説の一部分を書き出す:02
戸を開けると、そこに立っていたのは一人の小柄な女性だった。
「いらっしゃい、ませ! <ハッシェの角切り工房>へ、ようこそ!」
様子を伺っていれば、彼女は畏まったお辞儀をして、満面の笑みを浮かべる。
『工房』と呼ばれたこの場に相応しいとでも言うのだろうか。鍛冶屋めいた分厚い革エプロンをかけてこれまた分厚い革手袋をした彼女。その癖の目立つ赤毛の短髪からは、ねじくれた一対の角が顔をのぞかせていた。
「あ、私は店主の、<ハッシェ>。<竜人>です。まだまだ、年端もいかない若輩、ですが。仕事はキッチリ、やりますので。ごあんしん、ください」
「あっ、はい。こちらこそ今日はよろしくお願いします」
首を傾げてはにかむ彼女に私もやっとお辞儀を返した。竜人を見るのは初めてだ。まあ、人種の坩堝であるこの都市にどんな怪物が紛れていようが今更と言う話だけれど。それでも、初めて見た竜人の鱗混じりの肌や猫人以上に鋭い瞳の虹彩は私を驚かせるには十分だった。
「あの、私、今日に予約をしていた<ニィヴィ>なんですけども」
「存じて、ます! はじめての、予約の、お客様! どんな方かと、楽しみにしてました! とりあえず、お席に、どうぞ」
片言の共通語で、しかし心からの笑みを浮かべながらハッシェは工房の真ん中にある椅子を指し示す。私はそれに従い席に腰を落ち着けると、パタパタと靴を鳴らして彼女が走り寄って来た。
「ニィヴィさん、<牛人>、ですね? まずは、あなたの角を、どうするか、お話しましょう。まあ、私、<角切り>、なので、結局、切りますけど。おすすめは、『じっくり』。一月くらい、通って、もらいますが、痛みも少ないし、安心安全」
何処からか持ってきたコップに琥珀色の飲み物を注ぎながら彼女は微笑んだ。
「一日で済ませたいなら、『ばっさり』も、あり。残る角の長さも、期間も、最短。でも痛いし、血もすごい、出ます。だけど、悪い人には、人気」
その言葉に私はどう反応すればいいか困って、とりあえず苦笑いを浮かべた。……多分、素性を隠したい人に人気という事なのだろう。確かに角は種族を見分けるのに大いに役立つポイントであるからして、その形を変えたり、いっそ切り落とすのは有効な方法なのかもしれない。ただ、私にそんな事を言われても困るというのが本音ではあった。
「とりあえず今日は診断とお見積もりをお願いしたいです。本格的な『治療』は次回からでも?」
「だいじょぶ、です。それじゃ早速、触診、いいですか? 右、ですか?」
「はい。お願いします」
私が頷くと彼女は手袋を置いて、やんわりと慈しむように私の角に触れた。どこか幼さを感じさせる彼女に似合わぬ嫋やかな手つきで、私は少し感心する。
噂通り、人柄だけじゃなく、腕も悪く無さそうだ。
そんな、穏やかな感想を抱いていると早くも彼女は手を引っ込め、いそいそと手袋をつけ直した。その動きがどこかのっそりとしていて、思わず笑みをこぼしていると、彼女は今までとは違う緊張しきった表情でこちらに向き直った。
「これ、マズイかも、しれないです。とりあえず、穴あけて、確かめましょう。もしかしたら、一刻も早く、切らないとかも」
「えっ」
彼女のその言葉から、私の闘病生活が幕を開けるなんて、その瞬間の私には全く予想も覚悟も出来ていないことであった。
【角切りハッシェ】<了>