1ふぁぼ毎にうちの子の実在しない小説の一部分を書き出す:03
蒸し暑さという奴は、どうしてこうも人間という生き物の悪感情を引き出してくれるのか。俺は両手で何やらガラクタの詰め込まれた段ボールを抱えつつ、拷問のようなこの気温に溜息を吐く。すると口の中の上側を生ぬるい空気が撫でて去ってゆき、その度に俺は昨晩飲んだコロナや今朝食ったBLTサンドを思いっきりそこら中にぶちまけたくなる衝動と格闘した。
この正午過ぎの街は正に夏真っ盛り。しかも今日は祝日と来てやがる。こんな日に仕事をしている奴なんて、あまりにもあまりにもばからしい。つまり俺はバカなのか? 俺はバカじゃない! でもこんな仕事断っても良かったろうに。そんな無意味な無限思考のループの中で悶々としながら、うず高く積まれた荷をそこらに放って、だらだらと仕事を進めてゆく。
ガタンガタン。近くの通りを抜けてゆく路面電車が鉄骨を、アスファルトを鳴らした。仕事を始めてからもう何度聞いたかと、帰りの電車の中はクーラーがちゃんと効いているのかなと、俺の茹った脳味噌は現実逃避をやめられない。しかし俺の中に僅かながら残ったクールな部分は、仕事を受けたときは今日がこんなクソ暑くなるなんて想像できる奴はいなかった。さっさと仕事を終わらせて海に飛び込むか、家でガンガンクーラーを使って冷えたコロナで一杯やろう。そう熱っぽく(クールなのに、だ)語り掛けてくる。
それはいい。それがいい。俺は強いて今すぐにでも太陽がやる気を失ってベッドに飛び込んじゃくれないかと、強く強く夢想した。
「おい、見つけた、見つけたぞ! 依頼人殿! こいつか? こいつと言ってくれ! 埃ッぽいし、くせえし、もうコリゴリなんだ!」
俺は不幸にも骨董品の下敷きになって息絶えていたと思しき半白骨死体(おそらくこの無駄に広い倉庫に潜んでいたホームレスか何かだろう)を放り投げ、自身も由緒ある骨董品だと自己主張する古金庫を無理やり引っ張り出す。
ああ、くそ。自慢の一張羅が汗でもうグチャグチャだ。こいつを着てなきゃ俺はその辺に居る堅気と何ら変わりねぇオッサンだって言うのに。
「ああ、それだそれだ! いやぁ、オヤジも随分な所に放り込みやがって! こんなことまで頼んじまってスマンな<粗忽>さんよお!」
依頼人がうず高く積まれた段ボールの陰から顔を出して声を上げた。正直な所重労働については問題ない。今回の仕事は物騒でもないし、割と金払いもいい。ただ、お天道様に嫌われているだけだ。さっきの遺体は想定外ではあったが、このクソッタレな気温に比べれば気に留めてやるほどの義理もない。あんなもんは依頼人任せに限る。
人一人通るにも苦労する狭い通路では見分も無理だと言う事で、入り口まで金庫を転がして、改めて確認してもらう。膝ほどの高さの、十二分に強固そうな金庫。今回依頼人となった二十代前半とおぼしきこの大地主の息子は、父親の会社、その支社の倉庫にあるとされていたこの金庫の中身がどうしようもなく必要になったらしく、俺に声をかけたッて話だ。
なんでも『人手もねぇ、鍵もねぇ、暗証番号も定かじゃねえ。道具もないし、大っぴらに捜したくもねぇ。だからアンタに依頼した』なんて言ってたが、さて、どこまで信用したもんだか。
「転がしちまッたけど、問題ないんすよね?」
「ああ、中身紙だから」
そう云われて、少しばかり安心する。自分で言うのも何だが、俺は割と粗忽者だ。慌てん坊で、そそっかしいのだ。それで今まで何度も失敗してるし、今金庫を転がした時も中身を聞いて無くてちょっとビビった。壊しちまって弁償なんて勘弁だからだ。
「大丈夫なら、開けちゃいますぜ?」
言って、依頼人に目配せする。
「お手並み拝見」
浅黒い腕を組んで依頼人は首肯した。それを見て俺は金庫の扉を上側に向けて、それを跨ぎ構える。
「瓦を砕くカンフー・マスターみたいだな」
「掛け声いります?」
振り向いた俺の返答に依頼人は『お好きにどうぞ』と肩を竦める。それを見て俺はちょっと笑ってから、無言で金庫に拳を振り下ろした。
【<粗忽>と権利書】<了>