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別れ去る。


 静かに衣を纏ったゼウドは、最後に未だに眠る彼女に歩み寄り、肌蹴た毛布を掛け直してから部屋を後にした。物音を立てず、立ち止まることもなくゼウドは宿の戸を開いて、表通りに向かって歩き出す。通りへ出てすぐ、道端に浮浪者めいて蹲る隻腕剣士の姿を認めた。「……よぉ、グリンジ。来てたのかよ」彼が歩み寄ると隻腕剣士は立ち上がり、脇に置いていたゼウドの麻袋を放って背を向け、 振り返ることもなく歩み出した。

「すぐに街を出るぞ、ゼウド。今からならば、僅かなりとも余裕を持ってアラクェドの石畳を踏めるだろう」

「おいおい。何焦ってんだよグリンジ。別に待たせてやりゃあいいじゃあねェか、あんな奴。こちとら荒事続きだし、奴さんだって期待はしちゃあいねェだろうさ。それに今から出た所で着くのは明後日の朝だろうよ。もう少し気を長く持ってもいいと思うぜ、なあ?」ゼウドは小走りにグリンザールを追い、そして眠たげな顔で、肩を竦めて云った。「つか、こんな糞寒いのに<黄昏>を渡るつもりかよ。気が滅入るったらないぜ」

「馬車と御者のアテはついた。少なくとも、明日の陽が沈むまでには間に合う」そこでグリンザールは一度立ち止まり、振り返って云った。「彼女に別れは告げんでいいのか? すぐとは云ったが、その程度ならば許されるだろう」思いのほか真剣なグリンザールの顔を見て、ゼウドは一瞬きょとんとして、掌で顔を覆って、そして笑いだした。

「ハ! ハハハハ! なんだよ! らしくねえこと云うなよ、グリンジ! いつものことさ。お互い承知の話なんだ。だから、お前が気にする必要なんか無いんだよ。まったく、らしくねえ事言いやがって。ハハハハ!」ひとしきり笑って掌を下ろすと、ゼウドは平時のどこか眠たげな顔に戻って、グリンザールを尻目に早々に歩みを進めていく。「さっさと行こうぜグリンジ! 余裕があった方がいいんだろ? 嘗て賢人ウルムングは云った。『然るべき時努め果たせば、一時の怠惰も罪になりえぬ』と! 今はその教訓に従うとしようぜ!」

「ウルムング? <赤い鬣の>ウルムングか?」ゼウドに置き去りにされかけたグリンザールだが、小走りに彼に並び立つと疑わしげに云った。「ゼウドよ、ならば止めておけ。奴は嘗て賢人としてヴィンクラムに在ったが、晩年はムジャンの秘儀に傾倒し、惨めな最期を迎えたと聞く。そのような男の教えに従うのであれば、碌な事にはならん」

 そこまで聞いたゼウドは酷く複雑な顔をして、一層歩みを早める。「ああ、ああ。止めろよグリンジ。そういうお前の方がよっぽどお前らしいんだが、俺はどうにも、そういう詩に興味は持てそうにねえ」

「そうか。ならばいい」グリンザールは平然とゼウドを追い抜かして云った。「だがその教えに従うのは癪だ。そうだな、ここは一つ、そこで酒でも買っていくか」

「寄り道か。そいつは名案だな」ゼウドは愉快そうに云う。「冷えた体にハルン酒は効く。冬にはアレが一番だ」

 ゼウドが軽快な歩みで店の中に姿を消すのを見送ってから、グリンザールはふと自身の荷を検める。その中に食糧の類は僅かな干し肉の類しかなく、少しばかり行程を急きすぎたかと内省する。

 思ったより多くの寄り道が要るか。

 グリンザールは道すがらに在った料理屋の所在を記憶から掘り返しながら後に続くように酒屋の戸を開き、そこに身を滑り込ませて、後ろ手に戸を閉めた。



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