さみしいなにか、01
エニアリスさんは雲ひとつない晴れの2月の正午、壊れたピアノのある廃墟で面白くなかった芝居に興味があるふりをした話をしてください。 #さみしいなにかをかく https://shindanmaker.com/595943
お題作品。ってもお題をきっちり書いたわけではないし好きに書いたら全然さみしくなくなった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ねぇ、ゼウド君? 私、貴方に聞きたいことがあるのだけれど」
「あン?」
「貴方、ナーバルド以外の楽器は嗜んではいないのかしら?」
崩れた廃墟から差し込む陽光に眼を細めていたエニアリスは、椅子にもたれてピアノに足を掛けた詩人に問いかけた。「何だよ突然? 暇なのは分かるが、実に突然だな」ゼウドは普段の彼とはかけ離れた、少し呆れたような口調で返した。「ええ、暇だから。少し気になったのよ」
「かー」ゼウドは悪態をつき天井を仰いだ。「このピアノでも演奏しろってか? 如何な達人と言えど、壊れた楽器に歌わせるのは骨が折れるだろうぜ」「そういう話じゃないわ。あまり邪推するのはやめて」エニアリスは形の良い眉を僅かに潜めて、少し機嫌を損ねたようだった。
「……確かに、俺は他の楽器の心得も一応ある」ゼウドはぶっきらぼうに応じた。「やっぱり?」エニアリスは少し微笑んで応じた。「『若いころ』に学んだのかしら?」
「お前はなあ、もう少し言葉を選んだ方がいいんじゃねぇのか? せめて<棘>の無い言い回しを考えろって」くるり、とピアノに掛けた足を降ろし、ゼウドはエニアリスに向き直る。「ガーナルーシャンの血が泣いてるぜ?」
その<棘>のある物言いに、しかしエニアリスはさほど機嫌を悪くしなかったようだと、ゼウドには思えた。
「気に障ったなら謝るわ。ただちょっと、気になっただけなのよ」そう言いながら、エニアリスはちっとも申し訳なさそうでは無かった。「で。それが何だってんだよ」その様こそが僅かばかりに気に障り、ゼウドはますます投げやりに応じた。「俺に、ナーバルド以外の演奏でもさせようって話かい?」
「そうなのよねぇ」エニアリスは頬に手をやり、僅かに首を傾げて云った。「実は月の終わりに、舞踏会があってね。腕のいい楽師を探しているのよ」意図は明白だったが、ゼウドは即座に答えを返そうとはしなかった。貴族のしがらみからは久しく離れた自身が、楽師としてとはいえ、そういった場に戻ることを無意識に忌避したのか。あるいは単に、また彼女に使われることを苦く感じたからだろうか。
「当然、礼はするわ。夜を共にする以外でね」エニアリスは、彼女としては珍しくどこかおどけたかのように云った。「悪く無い話だと思うけれど、どうかしら?」
「ふーむ、そいつは難儀なことで」ゼウドは右手で顎を擦って唸った。「とりあえず、あれだ。ぶっちゃけいくら出す?」そうゼウドは切り出した。そも彼はエニアリスに大きな借りがあるのだが、そちらに『礼』を回そうなどとは露程も考えなかった。
「そうね、貴方の評判次第にはなるのだけれど……最低でも三八一年のゴール金貨。あれを十五枚出すわ」エニアリスはまるで思案したかのように云った。「ウフハハハハ! そりゃあいい! そんな旨い話、是非もないじゃねえか!」ゼウドもまた、まるで気を良くしたかのように笑って云った。「まったく持って、持つべきものは『良きご加護と良い雇い主』! 此度の俺は、随分とそれに恵まれてるようだ! ハハハハハ!」立ち上がったゼウドは祈るかのように一度手を組み、それから大仰に腕を広げてその場で回った。
「ゼウド君」エニアリスはそれを見て、つまらなそうに云った。「貴方のお芝居の腕には期待してないわ。程々にしてちょうだい」ゼウドは身振りをやめ、エニアリスを見返した。「俺もアンタのお芝居には期待してねえよ。ってわけで、なんだ? それ、本当に真っ当な演奏会か? まずはそこから聞かせろよ、エニアリス」そうゼウドが問いかけるとエニアリスは一度小さくふふ、と笑い、ますますその笑みを深くした。