1ふぁぼ毎にうちの子の実在しない小説の一部分を書き出す:04
「俺が嘘をつくとすれば……」とアッシュは切り出した。
まったく、食事時に何を言いだすのだろうか。確かに明日は身近な者に嘘を以って友愛を示す<ペテン師の日>だ。祝日、互いに非番の日をどう楽しむか。嘘をつくべき日に、一体いかなる嘘をついて過ごすのか。そんな話など、確かに他愛のない話題ではある。しかし残念ながら、私はそもそも<ペテンの神>を信仰してなかった。いや、正確に言うなら好きじゃなかった。
まあ、嘘と言うのは人の世界には確かに必要不可欠だ。自身を生かす嘘もある。他人を生かす嘘もある。逆に、嘘が人を殺すことだってあるだろう。しかし人間に嘘をつく機能がなかったとしたら。自身の思っている事をそのまま言う――そんな奴ばっかりになったとしたら。そうなればまず、あちこちで喧嘩が起こるだろう。そこら中で、人々はいがみ合うことだろう。人は個性があってしかるべきなのだから、全ての人に好意を持っている者など居るはずも無い。人には喜怒哀楽があるのだから、起こる出来事全てを、好意的に解釈するものも居るはずは無い。
そうで無くても、人々は己の意見をぶつけ合って生きているのに。どこかに嘘と言うクッションがなければ、ヒトはとっくに絶滅していたのではないか。そう私は考えていた。
畢竟、世界はペテンで回っている。真実もまた、どこかで世界を回しているだろう。
眼鏡のレンズを拭きながらそんな事を思っていると、彼は嘘についての構想を語り始めた。
「まず、誰も傷つかないのがいいな……」
「いくじなし」
「んなっ」
面白いなあ。
私の吐いた毒にあからさまにショックを受けた彼を心の中で笑いながら、私は努めて興味なさそうに卓上の小袋の封を破いて、既に運ばれていたコーヒーカップに過剰な砂糖を投入した。一緒に置かれていたミルクには目もくれず、スプーンでくるくるとコーヒーをかき混ぜる。
「なあレニお前、いくじなしはないだろ。そこは『やさしいですねー』とか、そういう風には言えないのか?」
「嘘ですよ。ショックでしたか?」
「お前なあ……」
嘘だと言われ、呆れるようにしながら思い切り安心している心中が滲んでいる彼を見て、私は彼を心底臆病者だと思っている事を静かに心中にしまい込んだ。そんな私の腹の中など露知らず、彼は何も入れてない自身のコーヒーを口にして、今度は苦々しい顔になる。
鳩が豆鉄砲を食ったよう、とは正にこの事か。ミルクと砂糖を求めて視線を巡らせたのちにそれを私が独占している事に気づいた彼が、こちらにねめつけるような視線を送ってくる。
「ふふ」
それがまたちょっと可笑しかったので、機嫌を良くした私はにこやかに砂糖の小袋とミルクを彼に向かって差し出してあげた。すると彼はちょっと悔しそうにミルクと砂糖をコーヒーに入れて、私がしていたようにスプーンでそれを混ぜ出した。それを見ながら、私はコーヒーを冷やそうと息を吹きかける。
「……いいんじゃないですか、今みたいにすぐ嘘だって言っちゃえば。別に、貴方傷つきやしなかったですよね?」
「いやまあ。そりゃあ、そうなんだが……」
ほれ見ろ。そう言わんばかりに、私はコーヒーを飲みながら思いっきり彼に下目使いの視線を向けてやった。それを見た彼は何も入れていないコーヒーを飲んだ時よりも苦々しい顔で下を向き、私の優越の籠った視線から逃れていた。
だがしばらくすると、ハッと立ち直ったかのように、その顔を明るくして机に身を乗り出して来る。
「おい、さっきのはちょいと訂正だ」
「はい?」
「どういう嘘にするかだよ……そう、皆を幸せにするような嘘がいい! それがベストだ。俺はそう思う」
「はあ」
どうよ? 俺のこのアイデアは? そんな思いが透けて見えるように、彼は満面の笑みを浮かべてこちらを見下ろしてくる。対する私はまだそんな話を続けるのかと思わずため息をついた。この男はどうにも自身の発想を過大評価するきらいがある。それは、そこそこの付き合いの中で知ってはいた。だが私は、そんな性質を私に対してはそう発揮しては来ないだろうと希望的観測に寄りかかっていた――――いや、タカを括っていた。他の仕事仲間や友人たちに対してああだこーだと言い合うのを眺めて茶受けにしていたツケが回ってきたか。
まあ、つまるところ、彼が鼻を伸ばしているのも私の見通しの甘さ故に他ならなかったという事だ。ならばどうするか。その長鼻へし折って、修正してやらねばなるまい。自身の天才的発想に見出した光明に無邪気に喜ぶその心を踏みにじるのは心が痛むが、致し方ない。
私は眼鏡を指で押し上げて位置を整える。見れば彼は私の反応を見逃すまいと此方を凝視していたが、私の恐ろしさを感じさせるであろう表情を見て、期待通りに僅かばかり血の気が引いたように感じられた。
【隕石】<了>