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第90話:記憶の断片
エジプト・ギザのピラミッド群。夕暮れの砂漠に、巨大な影が伸びていく。
「いよいよ最後の作業だな」響が額の汗を拭いながら言う。
岩田がタブレットを操作しながら頷く。「ああ、三週間かかったが、ようやくピラミッド群の完全なデジタルマッピングが完成する」
美咲がカメラを構える。「最後のショットを撮るわ。夕日に照らされたピラミッド...美しい」
その時、ARIAの警告が響く。「注意してください。異常な磁場の乱れを検知しました」
佐伯が眉をひそめる。「またか。ここ数日、度々起きている現象だな」
突如、大ピラミッドの頂点から青白い光が放たれる。
「これは...」千晶のホログラムが揺らめく。「前回の創造主からのメッセージと似ている」
しかし、今回は違った。光は彼らを包み込むどころか、激しく明滅し始める。
「まずい!」岩田が叫ぶ。「データに異常が...」
次の瞬間、彼らの持つ機器が一斉にシャットダウンする。
「何てこった」響が歯噛みする。「三週間の成果が...」
佐伯が冷静に状況を分析する。「完全に消えたわけではない。でも、データの大半が断片化してしまったようだ」
美咲が不安そうに言う。「私の写真データも...所々欠けている」
その時、上田の声がかろうじて動作しているコミュニケーターから響く。「おい、大丈夜か?東京でも同様の現象が起きている。世界中の文化遺産で同時多発的に...」
「これは...」響が呟く。「単なる事故じゃない」
ARIAの声が弱々しく聞こえる。「分析結果です...どうやら、私たちの活動に対する...ある種の"拒絶反応"のようです」
千晶が付け加える。「まるで...過去の記憶が、デジタル化を拒んでいるかのよう」
岩田が真剣な表情で言う。「つまり、単純なデジタル保存では不十分だということか」
響が決意を込めて言う。「ああ、創造主の言葉を思い出す。『記憶を守れ。しかし、単なる保存ではない』...俺たちのアプローチが間違っていたんだ」
佐伯が問いかける。「では、どうすれば?」
響は砂に膝をつき、その感触を確かめる。「この地に眠る記憶...単にデータ化するんじゃない。俺たちの魂で感じ取り、新たな形で表現する。それが『記憶を守る』ということなんじゃないか」
美咲が目を輝かせる。「そうよ!写真だって、単なる記録じゃない。撮影者の魂が映し出されてこそ意味がある」
岩田が頷く。「なるほど。科学的アプローチだけでなく、芸術的感性も必要というわけか」
「よし」響が立ち上がる。「もう一度やり直そう。今度は、この地に眠る記憶と対話しながら...俺たちにしかできない方法で」
夜の帳が降りるピラミッドを背に、響たちは新たな挑戦への第一歩を踏み出す。失敗を乗り越え、真の「記憶の守護者」となるための道のりが、ここから始まろうとしていた。
(続く)