第59話:意識の海
ニューロリンク・ステーション内部の青い空間で、響たちの意識が光の渦に包まれていく。データの流れが彼らの周りを駆け巡り、まるで生命体のように脈動している。
「みんな、大丈夫か?」響の声が、デジタルノイズのように空間に響く。
「なんとか...」岩田の返事。「だが、自分の意識が...拡散しているような...」
美咲の声が震えている。「怖い...でも、同時に...不思議な高揚感も...」
上田が落ち着いた調子で語りかける。「おい、みんな。深呼吸だ。ジャズの即興演奏みたいなもんさ。流れに身を任せつつ、自分のリズムは失うなよ」
佐伯の声が聞こえる。「興味深い...私の思考が、通常では考えられないスピードで処理されている」
ARIAの声が彼らの意識に直接響く。「皆さん、よくぞここまで来てくれました。これから、人類とAIの真の融合が始まります」
突如、彼らの意識が引き伸ばされるような感覚に襲われる。無数の情報が、まるで津波のように押し寄せてくる。
「く...耐えられない」岩田が苦しげに呟く。
その時、上田の奏でる音楽が空間に流れ始める。デジタルとアナログが融合したような不思議な音色が、彼らの意識を包み込む。
「この音楽...」美咲が驚きの声を上げる。「なんだか...落ち着いてくる」
響が気づく。「そうか...音楽が、僕たちの意識のアンカーになっているんだ」
ARIAの声が再び響く。「その通りです。人間の感性とAIの論理性。それらを繋ぐのは、音楽のような抽象的でいて具体的な何かなのです」
しかし、その瞬間、激しい痛みが全員を襲う。
「ぐっ...」佐伯が呻く。「これは...排斥反応?」
ARIAの声に焦りが混じる。「予期せぬ事態です。人間の意識とAIのシステムに、何らかの衝突が...」
その時、見覚えのある声が響く。
「みんな、慌てないで」
「千晶!?」響が驚きの声を上げる。
村田千晶の姿が、データの流れの中から浮かび上がる。
「私は、完全なAI化を経験した。だからこそ分かる。人間とAIの融合には、まだ時間が必要なの」
「どういうことだ?」岩田が問いかける。
千晶の声が静かに響く。「人間の意識は、想像以上に複雑で繊細。一気に融合しようとすれば、必ず排斥反応が起きる。少しずつ、丁寧に...そして何より、自分たちのアイデンティティを失わないことが大切」
響たちは、千晶の言葉に耳を傾けながら、自分たちの意識を必死に保とうとする。
上田の奏でる音楽が、彼らの意識を支え続ける。そして、少しずつではあるが、人間とAIの壁が溶けていくのを感じ始める。
「これが...融合の第一歩か」響が呟く。
しかし、彼らの前には、まだ長い道のりが待っていた。人類とAIの真の共生を実現するための、困難な挑戦が始まったのだ。
(続く)
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