サンタクロースの★つくりかた
事実をもとに構成された小説です。 Based on the TRUE story.
その建造物は、人目を避けるようにひっそりと建てられていた。
外見はなんの変哲もない2階建て。コンクリート打ちっぱなしの外壁は寒々しさを感じさせ、見る者に病院か刑務所を思い起こさせるものだった。
夜闇に包まれていた東の空が、ほんの少し白み始める。時刻は朝5時。建物に備え付けられたスピーカーから、ひとつの曲が流れ始める。
“We Wish You a Merry Christmas”
誰もが良く知る、クリスマス・キャロルだった。
♬ウィーウィッシュユアメリクリスマス、ウィーウィッシュユアメリクリスマス、ウィーウィッシュユア――
リンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴン!!!(鐘の音)
「起床! 起床! 起きろジジイども! 2秒で身支度! 5秒で点呼開始! 耄碌するな! 髭むしられたいか!?」
「サー! イエッサー!」
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『ザ・ドキュメンタリー』
「サンタクロースの★つくりかた~愛と悲しみの聖夜~」
(原題:White & Red)
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米国・ミシガン州。セントラルレイク。
1915年にSCRD CL(Santa Claus Recruit Depot Central Lake/セントラルレイク サンタクロース養成所)がこの地に設立されてから、実に百年余り。歴代サンタクロース認定者の実に6割弱を輩出してきたこの施設に、今日も先任サンタクロースの怒号が響く。
「動け動け動け(ムーブムーブムーブ)! ぶよぶよのグズども! 雪だるまのほうがまだ気合入ってるぞ! クリスマスが終わっちまうだろうが役立たず! だったらその前に、いっそ息の根止めてさしあげようか?! それとも、ご自慢の髭で首絞めておっ死ぬか!?」
「サー、イエッサー!」
「声が小さい! 髭むしられたいか!?」
「サー! イエッサー!!」
耳をふさぎたくなるような罵声に応えるのは、サンタクロース候補生105期のメンバーだ。様々な国籍、人種、そして信教から構成されている彼らに共通するのは、ふくよかな体型に白いひげ、そして全員が老齢である点だけ。だが、それは当然のことである。そもそも、それらを備えなければこの訓練所の門を叩くことは許されていないのだから。
「昔は、キリスト教徒、かつ白人であることも絶対の条件だったんですがね」
訓練教官であるシュナイダー先任サンタクロース(ドイツ出身)は、口元に穏やかな笑みを浮かべながら言う。
「まあ、時代ですね。サンタのプレゼントを待つ子どもたちは、今や世界中に存在しています。たとえ主を信じていなくてもね。そしてその中には当然、白人の子供もいれば、黒人やアジア系の子どもたちもいるのです。彼らには彼らの、"サンタクロース"がいるべきではないですか?」
サンタクロース。
キリスト教の司教、聖ニコラオスをモデルとし、聖夜、子どもたちにクリスマス・プレゼントを配って回る、赤い服に白いひげの好々爺。
周知の事実では在るが、彼は決して孤高の聖人というわけではない。そもそも、たった一人で世界中の子供達にプレゼントを配って回るなど、いくら聖者といえども不可能である。
不可能を可能にしているのは、世界中に散らばる数多の“サンタクロース”。厳しい訓練を経て、そう名乗ることを許された者たちの存在あればこそなのであった。
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訓練生たちの一日は、走ることから始まる。
「走れ走れ走れ! 今のままじゃ皆に愛されるサンタクロースどころか、良くて醜い老いぼれだろうが! フ〇ック! 『ビア樽』! 貴様また遅れていやがるな! サンタ舐めてんのか?! 僕はサンタクロース候補生、だけどたった20マイルもマトモに走れません、なんて言うつもりじゃあるまいな!」
「サー、ノーサー!」
「声が小さい! 髭むしられたいか!?」
「サー! イエッサー!!」
『ビア樽』とは、もちろん本名ではない。彼の名はジョセフ・ウッドマン。イングランド出身の68歳だ。だが、この訓練場で彼をジョセフと呼ぶ者はいない。
訓練生となった彼らが最初に行ったことは、自らの名前を捨て、ただのサンタクロース“見習い“になることだった。そしてその後は、先任サンタクロースから「ありがたく頂戴した」名前で呼ばれることとなる。すなわち、『ジョッキ』『キウイ』『プランジャー』『ブロブ』『タマちゃん』『甘噛み』『デ〇ックヘッド』『五大湖』『ゴミ虫』『ぽむぽむ』『スシ』……下劣な呼び名で呼ばれ、ののしられるうちに、彼らは少しずつ、本当に少しずつアイデンティティーを作り替えていく。”サンタクロース”そのものとなっていくのである。
「最初は、やっぱりつらかったです。いや、今もつらいですね」
候補生の一人、『カウチポテト』(アメリカ・コネチカット州出身。72歳)は苦笑しながらそう言う。
「候補生になって一か月ごろですかね。結構本気で、先任サンタを殺してやろうかって考えてしまったのは。で、同じ班の奴らに持ち掛けたんです。こんなしごきには耐えられない。いっそアイツを殺して、ここを出ようじゃないか、ってね」
だが、班のメンバーは誰一人、首を縦に振らなかったのだという。
「逆にぶん殴られましたよ。それで連中、泣きながら――泣きながら、ですよ――こう言ったんです。『カウチポテト』、お前は何だ? 今のお前は何なんだ? そうだ、今のお前はまだ見習いだが、栄光ある『サンタクロース』の一員だろう? お前の中のサンタクロースは、子供たちの夢と希望の化身は、そんな泣き言を言う、しょぼくれたジジイなのか……! なんてことを、寄ってたかって、ね」
『カウチポテト』は目をつぶり、目を開けた。心なしか、その瞳はうるんでいるように見えた。
「そこで目が覚めました。いや、目からうろこが落ちたんです。そうだ、私は”あの”サンタクロースになろうとしているのだ、それなのに……。それからは、つらい訓練にも、罵声にも耐えられるようになりました。ええ、仲間たちのおかげです」
一体感。心身を限界まで追い込む過酷な訓練を通じて、彼らは全にして一の『サンタクロース』へと変わっていくのである。
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ここで、彼らが課されている訓練の、ごく一部をご紹介しよう(全貌は国家機密並のセキュリティに守られている)。
以下の画像をご覧いただきたい。
何の変哲もない街並みに見えるだろうか。
だが、驚くなかれ。この画像内には実に8人ものサンタクロース候補生が隠れているのである。おわかりだろうか?
サンタクロースに求められる能力は多々あるが、その中でも重要な位置を占めるものの一つが『ステルス能力』であることは論を待たないだろう。
思い出していただきたい。あなた方が子どもの頃、サンタクロースがプレゼントをくれる瞬間を見ることができた人はいるだろうか。今年こそサンタの姿を見てやろう、あわよくばサンタを捕まえてやろう、と言う心意気でたとえ夜通し起きていたとしても、気づいたときには靴下の中にプレゼントが入れられている……そんな経験をお持ちの方も多いのではないか。
サンタクロースは聖夜の闇に潜み、影から影へと歩む。能力を極めたサンタクロースは、たとえ目と鼻の先に立っても一切の気配を感じさせぬほどだという。
「動くな! 自分をそびえ立つ一本のクソ山だと思え! クソ山が揺れるか? プルプル震えるか? いいか、少ない髪の毛にまで神経通わせろ! 小蠅さんどもがうっかり舐めにくるぐらいになるまで、微動だにするな!」
先任サンタクロースの怒号だけが、静かな第二グラウンドに響きわたっている。その声の元、何人もの老爺が直立不動の姿勢を保ち続けていた。
「いくぞ、いくぞ、3、2、1――ホールド!」
その瞬間。グラウンドに立つ44名のサンタ候補生たちが、塩の柱のようなオブジェと化した。
先任サンタクロースが塩柱の間を巡回していく。ときには数ミリの近さまで顔を近づけ、訓練生たちの成果を閲していく。
「貴様ァ!」
頬を張る音が静寂を破った。『ビア樽』が耐えきれずに動いてしまったのだ。
「根性直しの20回!」
「サー、イエッサー!」
『ビア樽』がその場で腕立て伏せを始める。意外なことに、先任サンタクロースが直接的な暴力を振るうのは、この訓練の際に限られている。これは日本の『ゼン』のメソッドを取り入れているのだという。サンタのステルス能力向上プログラムにニンジャの訓練法が応用されているなど、サンタクロース養成には東洋の神秘が大いに活用されているのである。
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ミシガン州上空、高度約6000マイル。
輸送機の中に詰め込まれたサンタ候補生たちは、皆一様に無口であった。高揚する気持ちを抑えるためだったかもしれない。湧き上がる恐怖心を押さえ込むためだったかもしれない。
いずれにせよ、これから彼らが臨むのは最終訓練。文字どおりの『最後の試練』なのである。
「これから貴様らが臨むのは」
先任サンタクロースの声が、心なしかいつもより静かに響く。
「訓練の最終過程であり、包み隠さずに言えば、最も危険な訓練である。毎年、この訓練で命を落とす者が絶えない」
候補生の誰かが、唾を飲み込む音が聞こえた。
「だが、貴様らが名誉ある『サンタクロース』を名乗るためには、絶対に避けて通れぬ道なのだ! 今までの訓練を思い出せ! そして見事成し遂げてこい! 以上! 各員、降下準備掛かれ!」
「サー! イエッサー!」
輸送機の後部ハッチの扉が開いていく。エンジン音が不安を煽るように機内に飛び込んでくる。眼下には分厚い雲。そして雲中、かすかに見える動く影。
「エントリー!!」
合図と同時、候補生たちが次々と降下していく。パラシュートもつけずに、だ。スーサイド・アタック――そんな単語が、見る者の脳裏に浮かぶであろう。
彼らは真っ直ぐに、ひたすら真っ直ぐに降下していく。雲がぐんぐんと近づいてくる。そこでうごめく何かも。
「ゴアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!」
身の毛もよだつ咆哮が響く。最初に降下した候補生――『ぽむぽむ』だ――が、雲間に潜むものの首に手をかけたのだ。
トナカイ。高空を駆ける魔獣にして、サンタクロースの頼れる相棒。だが、トナカイは始めからサンタとともにあるわけではない。猛る野生のトナカイを捕らえ、屈服させ、乗りこなし、相棒とする。それこそが、最終訓練であり、『最後の試練』なのである。
無論、一筋縄ではいかない。
「アアアアアーーーー!!?!」
甲高い悲鳴とともに、候補生の一人がトナカイの背から弾き飛ばされた。ここは成層圏一歩手前の超高空である。そこから叩き落されればどうなるか。鍛えに鍛えた肉体も、ここではなんの助けにもならない。
「クソ、クソ! 離せ! 離しやがれ!」
右腕を噛みちぎられ、今また足を食われようとしている候補生が、必死に抗う。横から飛んできた別のトナカイが、首筋に食らいつく。濃い青の空に、朱の花が咲く。阿鼻叫喚、カオスの空。
だが、次第に喧騒の種類が変わり始めた。数人の候補生が、ぎこちなくも魔獣を乗りこなし始めたのだ。悲鳴から歓声へ。叫声から笑声へ。
いつしか、トナカイたちは列をなし、秩序を持って空を駆け始めた。背に背に、白ひげの老爺たちを乗せて。空と宇宙との境界線に、神秘的な蹄の音が響き渡った。
かくして、『最後の試練』は修了した。無事、成し遂げることができたのは候補生の約半数。これでも、「歴代の候補生の中では記憶にないほど」の成績だったとのことである。
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セントラルレイク訓練場に、いつもの怒号とは異なる声が満ちていた。半年に渡る訓練の日々が終わり、いよいよ巣立ちの日がやってきたのだ。
家族に見守られながら、赤い衣装に身を包んだ老人たちが訓練場を行進していく。柔らかな笑顔、だが瞳には強い意志。猛々しいトナカイを引き連れて、一糸乱れぬ歩調で歩く彼らの姿は、見る者の心に敬虔さを生じさせていた。
「今日、貴様らはサンタクロースとして巣立っていく」
先任サンタクロースの、最後の訓示が始まる。
「貴様らはこれから世界中に赴き、奇跡を待つ子供たちにお望みのものを届けていく。その途上には、大きな困難が待ち受けているだろう。天災、異教徒、悪魔の手先……だが、忘れてはならない。貴様らは“サンタクロース”である。ここにいる全員がそうである。たとえ道半ばで命落としたとしても、他の誰かが必ずその志を継ぐ。であるならば、“サンタクロース”は永遠に存在し続ける。すなわち、貴様らも永遠であるのだ。聖夜を讃えよ! サンタクロースに栄光あれ!」
「HO HO HO! HO HO HO!」
青空にサンタ帽が舞う。この地獄のような世界に、確かな愛と希望が存在することを示す光景であった。
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米国・ミシガン州。セントラルレイク。今年も、新しい候補生たちがこの地を訪れた。
皆、ふくよかな体型をトレーニング・ウェアに包み、永遠と思えるような時間の中をひたすら走り続けていた。
「もろびとこっぞりて むかえまっつれー!」
「もろびとこっぞりて むかえまっつれー!」
「ひっさしくまちにし しゅはきまっせりー!」
「ひっさしくまちにし しゅはきまっせりー!」
「しゅは!」「しゅは!」「しゅは!」「しゅは!」「きまっせり!」「きまっせり!」
「あっくまのひとやを うちくだっきてー!」
「あっくまのひとやを うちくだっきてー!」
「とっりこをはなつと しゅはきまっせりー!」
「とっりこをはなつと しゅはきまっせりー!」
「しゅは!」「しゅは!」「しゅは!」「しゅは!」「きまっせり!」「きまっせり!」
「ホー・チ・ミン イズ サノバビッーチ!」
「ホー・チ・ミン イズ サノバビッーチ!」……。
【完 だがサンタクロースは永遠なり】
◇
この作品は、こちらの企画に参加するために書かれたものです。「飛び入り大歓迎」とのことですので、みんなもしよう。
あとがき
ドーモ、タイラダでんです。お読みいただきありがとうございます。
思いついたネタを精査せず書き散らしてしまった、という風情の作品ですが、お楽しみいただけましたでしょうか。まあ、他の方の力作の合間の箸休め、とでもとらえていただければと思います。
明日12/11は“天才“ 電楽サロンさんの『サイ売り』です。お楽しみに!