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サンタクロース復活せよ #パルプアドベントカレンダー2024

 西暦30024年(令和10006年)、サンタクロースは忌むべき存在と成り果てた。

 事の発端は、二人の人物にある。
 その一人が、開運マナークリエイターである靴ノ紐段列くつのひもだんれつであった。比較的害の少ないマナーを作り出して日銭を稼ぐ、いわばどこにでもいるマナークリエイターであった彼女が、突如として「サンタクロースは縁起が悪い」と語りだしたのである。
 いわく「サンタクロースは『惨多、苦労す』に通じて縁起が悪い」「全身赤のコーデは『出血』や『赤字』を連想させて縁起が悪い」「お供のトナカイは獣臭いので縁起が悪い」等々。
 彼女はSNSやテレビ、新聞やアドバルーン、さらには伝書鳩などありとあらゆる媒体を通じて自らの言説を振りまき続けた。妄言と捉えられようが、ペテン師と罵られようが、彼女はただひたすらに自らの主張を訴え続けたのである――なにかに取り憑かれたかのように。そして大衆はそれを面白がり、様々な媒体が彼女を取り上げ、「笑えるコンテンツ」「叩けるサンドバッグ」として消費にかかったのである。
 だがそのうち、彼女の真摯さ、熱さに感化される者たちが現れ始めた。彼ら彼女らは考えた。「あんなに攻撃されてかわいそう」「彼女の訴えにも一理ある、すこしは耳を貸すべきではないか」「かわいそう」「いくら叩かれても主張することをやめないのは立派だ」「エモい」「彼女の言葉には真実が隠れている、俺にはわかる」「ちいさくてかわいい」「かわいそう」「エモい」。
 ぽつぽつと信じる者たちが現れ始め、やがてそれは信者と呼べるものになり、靴ノ紐の主張を彼女と同じ熱量で撒き散らし始めた。
 やがてこの国は変わった。もはやサンタクロースは、良き子らに贈り物を届ける聖人などではなく、深夜に住居不法侵入してくる不審人物でしかなくなってしまっていた。
 そこに事件が起こった。その犯人が、サンタクロースを貶めた二人目の人物である。
 彼の名は栗栖枡釣くりす ますつり。だが彼はその異名により、世に知られていた――「殺人マーダーサンタ」という名で。
 事件を起こすまでの栗栖は、おとなしい好青年という印象だった――近所の住民たちは、口を揃えてそう証言した。あんな事件を起こすなんて信じられない、全然そんなふうには見えなかったのにねえ、と。
 実際に虫も殺せぬ好青年だった彼は、しかしある日、突如として凶行に及び始めたのだった。
 彼はサンタクロースの仮装をし、ご近所を徘徊し始めた。そして彼の格好に興味をいだいて近づいてきた子どもたちを、片っ端から拉致監禁したのである。
 彼はさらってきた子どもたちを純白の袋に詰め込み、倉庫替わりに使っていた離れの一室に吊り下げた。そして、もがき苦しむ子どもたちを玩具で殴り続けたのである。
 その玩具は、子どもたちが捉えられる前にサンタの扮装をした栗栖へと伝えたものであった。「ライダーの変身ベルトがほしい」と言った子にはその変身ベルトで、「プリキュアのぬいぐるみがほしい」と言った子にはそのぬいぐるみで、「五千兆円ほしい」といった子にはその五千兆円で、「弟がほしい」と言った子にはその弟で。子どもたちが物言わぬ死体へと変わり果てるまで栗栖は殴り続け、また新たな獲物を物色し、また殴りつけ――そのような行為を繰り返した結果、ついには被害者3桁を数えるまでになってしまっていた。
 無論、司法機関も指を咥えて見ていたわけではない。八万人を超える人員が動員され、徹底的な捜査と会議が行われた結果、三年の月日を経てようやく栗栖にたどり着いたのであった。
 数百人の捜査官が「離れ」に突入した際、建物中に吊り下げられて異臭を放つ無数の袋に囲まれながら、サンタの扮装をした栗栖はシュトーレンを口に放り込んでいた。捜査員たちを一瞥すると、栗栖は一言「待ってたぜ」と言った。
 その顔は、何かをやり遂げた男の顔であったと言われている。
 長い裁判があった。誰もが極刑を望んでいたし、当然そうなるものだと考えられていた。だが結果的に、彼は死刑ではなく終身刑を言い渡され、現在も収監中であった。
 なぜか。原因は被告人の最終陳述にあった。栗栖はその際、「俺はサンタクロースに強く影響されて、今回の事件を起こしてしまったのだ。たしかに、直接手を下したのは俺だ。だがそれを裏で操っていたのはサンタクロースだ。だから俺はある意味被害者だ。悪いのはサンタクロースだ」という趣旨の事をいい、続けていかにサンタクロースが悪辣、かつ危険な存在であるかを滔々と語り続けたのである。冷徹な論理性と非論理的な熱情が共存する、圧倒的な説得力を備えた陳述だった。
「サンタクロースの全身赤コーデ、あれは返り血を隠すためだ」
「大きな袋の中には、各種の凶器を隠しているのだ」
「老人の姿なのも、獲物を油断させるための巧妙な擬態だ」
「とにかく、なんか胡散臭そうだ」
 傍聴していた者は口を揃えて「あの場で気付かされたんです、サンタクロースがいかに悪逆非道な存在だったかということに」というようなことを言った。
 その陳述は一言一句残らず公表され、多くの者の目に触れた。目にしたものはことごとく真実に目覚め・・・・・・アンチ・サンタクロースと化していった。
 かくして、サンタクロースの姿は忌むべきものとして、この国から消え失せたのである。

 プリズン・サーガ。佐賀県有明海沖の無人島に存在する、SSレア級凶悪犯罪者専用の監獄である。
 栗栖はその最奥、特級プレミア犯罪者のみが収監される専用独房内にいた。全身を特殊拘束着で覆われ、目隠しと口枷、さらにはふわふわのイヤーマフをはめられている。聴覚以外のすべてを遮断され、身動みじろぎ一つできない状態であった。
 だが、栗栖の心は溢れんばかりの幸福感に満ちていた。
(俺は、やり遂げた)
 栗栖は心中でそうつぶやき、その言葉とともに湧き上がってくる満足感を噛み締めていた。彼が収監されてから幾度となく繰り返してきたことだった。
(俺は、やり遂げた。あのお方の言うとおり・・・・・・・・・・にやり遂げたんだ。もう思い残すことなど――)

 その時である。栗栖の心に全く別の感覚――違和感が生まれたのは。
(なんだ。どうしたんだ。なんで今日、ここはこんなに静かなんだ)
 プリズン・サーガはいつも喧騒に、悲鳴や怒号に満ちている。それが今日に限って、凪いだ海のような静けさだった。
(ん?)
 栗栖の目を覆っていた目隠しが落ち、口枷が外れた。全身の拘束着がほどけ、彼の体が自由を取り戻していく。
「おいおい、なんだこりゃ」
 困惑する彼の眼の前で、あろうことか、貸金庫以上に固く閉ざされているはずの牢獄の扉が開いていく。金属の擦れる嫌な音が、あたりに響き渡る。
「は? おいおい……」
 栗栖は手足を軽く振って体の感覚を確かめると、牢の外へ足を踏み出した。
 静寂に支配された冷たい廊下を歩く。辺りを警戒しながら歩く栗栖の眼の前で、1つのドアが開いた。目をやると、その奥のドアも開いた。さらにその奥のドアも開く。
 栗栖は鼻を鳴らした。
「へ、『こっちにおいで』ってか? いいぜ。出してもらったお礼もしなくちゃだからな」
 栗栖は、廊下の冷たさに負けぬ笑みを顔に浮かべ歩き出した。軽やかな足取りだった。

「や……やっと到着かよ、長々と歩かせやがって……」
 六時間ほどの彷徨の後、栗栖がたどり着いたのは比較的大規模な部屋である。彼は知らなかったが、そこは普段、囚人たちの食堂として使用されている部屋であった。だが今は静かな――まるで教会のような静謐さに満ちた空間と化していた。
「さあ、来てやったぜ! 誰だか知らねえが、俺に用事があるんだろ?! とっとと姿を見せやがれ!」
 栗栖の叫びが、がらんどうの空間にこだまする。その声に応えるかのように、室内に音楽が流れ始める。

 うぃーうぃっしゅあめりくりすま、うぃーうぃっしゅあめりくりすま、うぃーうぃっしゅあめりくりすま、あんはっぴーにゅーいやー。
 
「はあ? なんだってんだ」

 うぃーうぃっしゅあめりくりすま、うぃーうぃっしゅあめりくりすま、うぃーうぃっしゅあめりくりすま、あんはっぴーにゅーいやー。うぃーうぃっしゅあめりくりすま、うぃーうぃっしゅあめりくりすま、うぃーうぃっしゅあめりくりすま、あんはっぴーにゅーいやー。うぃーうぃっしゅあめりくりすま、うぃーうぃっしゅあめりくりすま、うぃーうぃっしゅあめりくりすま、あんはっぴーにゅーいやー。うぃーうぃっしゅあめりくりすま、うぃーうぃっしゅあめりくりすま、うぃーうぃっしゅあめりくりすま、

「……あんはっぴーにゅーいやー」
「な!?」
 栗栖は驚き、数歩後ずさった。
「HOHOHO、驚かせてしまったかのう」
 先ほどまで無人だった空間に、一人の老爺が立っていた。枯れ木のような体躯。曲がった背。豊かな白髭。そして目の覚めるような赤に、降り積もる雪のような白があしらわれた服と帽子。
「その恰好……まさかテメエ……」
「HOHOHO」
 老爺は両腕を左右に広げ、にこやかに笑ってみせた。
「こんばんは、殺人マーダーサンタクロース。年寄りのエルダーサンタクロースから、クリスマスのご挨拶じゃよ」

「……は、は、ははは! なんだよ、何かと思えば『公共の敵パブリック・エネミー』さんのご登場かよ! で? 嫌われ者のクソ爺が一体何を企んでやがるんだ?」
「HOHOHO、そんなこと、言わぬともわかるじゃろう?」
 老爺は、天井に据え付けられたモニターを指さした。普段は囚人たちに数少ない娯楽を提供しているその大型モニターが、ぼんやりと光始める。
 映し出されたのは、ひどく不鮮明な画像であった。人影らしきものが画面の中でうごめいていた。ぶつ切れの音が、不快なノイズとなって室内にあふれだす。
「ああん?」
 やがて画像は徐々に解像度を増していき、音声もクリアになっていく。
「……お、おいおい。まさか」
 栗栖が狼狽する。モニターに映し出されていたのは、どこかのテレビスタジオかオフィスのような空間だった。事務机らしきものが整然と並び、その上にはかわいい書体のネームプレートが立てられていた。
 そして一人の人間――否、元人間が、席に座ったままびくびくと痙攣していた。その頭には巨大な釘が突き刺さり、盛大に血が噴き出していた。
 彼女が座る机のネームプレートには、こう記されていた――『カリスマ開運マナークリエイター 靴ノ紐段列』。
 スタジオは無人のようであった。何かの収録中に起きた惨劇を恐れ、出演者もスタッフもみな逃げ出したらしかった。
 いや、そうではなかった。セント・ヘレンズ山噴火のように噴き出す血を浴びながら、一人の老人がたたずんでいた。ふくよかな体を赤と白の服――サンタクロースの服に包んでいた。
 ぶつり、と音がして、映像が途切れた。後には静寂だけが残った。
 
「HOHOHO! さすがは次郎さんじゃ。見事にやり遂げおったわい。こりゃあ、ワシも負けてられんのう」
「テ、テメエ! 今のは一体なんだ! 迦楼羅かるらに何をしやがったんだ!」
「ほう? おぬし今、あの女のことを何と呼んだんじゃ? 確かあの女、名を靴ノ紐とか言ったはずじゃったが」
 栗栖の顔がこわばる。その様子を見て、老爺はまた愉快そうに笑った。
「HOHOHO! まあ、そんなことはどうでも良い……そして、あの女に我らが同輩が何をしたかなど、お主が気にする必要などないのじゃ。何故ならば」
 老爺は右手を栗栖のほうに差し出し、挑発的に手招きをした。
「これからお主も同じ、いや、もっと凄惨な目に合うのじゃからのう。栗栖枡釣、サンタクロースを汚した大罪人め。この儂、北部九州担当サンタクロースの志賀善司が、全サンタクロースを代表し貴様に正義の鉄槌を下してくれようぞ」
「テメエ、爺ィッ!」
 栗栖は吠え、善司に殴り掛かる。六時間前まで拘束されていたとは思えぬ、獣のごとき一撃であった。成人男性一人分の体重と十分な加速度を乗せた拳が、善司の顔面を撃ち貫く――。
 そう思った瞬間、栗栖の体は派手に回転。その勢いのまま床に叩きつけられていた。
「グエッ! な、なんだ? 何が起こった?」
 即座に立ち上がり、再び善司に挑みかかっていく栗栖。だが攻撃が善司に届くかに思えた瞬間、栗栖の体は幾度も宙を舞っていた。

 セントニコラス争闘術、雪の型。
 それは、サンタクロースたちが修めた闘殺法の一つ。聖夜に舞い落ちる雪が風に舞うがごとく、相手の一撃を受け流し、からめとり、そして雪崩のごとき一撃を加える。
 古代中国、群雄割拠の時代。当時の華北担当サンタクロースであった全裸中ゼン・ラチュウが、雲霞のごとく襲い来る敵軍総数八百万を「雪の型」で撃退した故実エピソードは広く世に知られている。

「HOHOHO、どうしたどうした? 年寄りに弄ばれて情けないのう! みっともないのう!」
「黙れェ!」
 十数回ほど同じ結果が繰り返されたのち、終いには頭から真っ逆さまに落とされ、栗栖の意識が一瞬だけ飛ぶ。
(あ……ヤベエ……)
 栗栖の中で、光が弾けた。光は荒ぶる流れとなり、太い束となり、やがて一つの神々しき形を取り始める。
(あ……あんたは……)
(栗栖よ)
 光が栗栖に語り掛ける。
(恐れることはない。われが力を貸してしんぜよう)
 光が再び弾け、栗栖の中を満たしていく。

 栗栖が吠えた。荒ぶる神のごとき声で。
 両の腕で自らの体を抱え込み、そのまま痙攣し始める。
「HO! ようやくお出ましか。勿体ぶりおってからに」
 善司は静かに構えを解き、首元のロザリオを手にした。
「主よ、お護り下され」
 室内の空虚を、閃光が満たす。

「ぐふう……待たせたな、爺ィ……!」
「全くじゃ、待ちくたびれて寝てしまうところじゃったわい」

 栗栖は、異形の存在と化していた。悪鬼のごとき形相で善司をにらむ顔とは別に、二対の新たな顔が頭部に現出していた。さらに、大きくパンプアップした両腕の付け根から、新たな腕が左右に二本ずつ、計四本生えていた。
 三面六臂。
「ははは、どうした爺ィ! びびって声も出ないか!」
 上段の腕が、宙に現れた双剣を掴む。
 中段の腕が、深紅の炎に包まれる。
 下段の腕が、発光するハイパーヨーヨーを手にする。

 阿修羅。仏法に帰依せし戦闘神。天竜八部衆が一。老爺の前に現れたのは、まさにその阿修羅そのもの・・・・・・・であった。

「ふん、誰がびびっとるじゃと? 借り物の力でイキリ散らしよってからに、片腹痛いわい」
 善司は手にしたロザリオを高く掲げた。先ほどと遜色のない閃光が、室内に満ちていく。
「The path of the righteous man is beset on all sides by the iniquities of the selfish and the tyranny of evil men. Blessed is he who, in the name of charity and goodwill, shepherds the weak through the valley of darkness, for he is truly his brother’s keeper, and the finder of lost children. And I will strike down upon thee with great vengeance and furious anger those who attempt to poison and destroy my brothers. And you will know my name is the Lord when I lay my vengeance upon thee!」
 善司が聖書の一節を読み上げる。その朗々たる声の響きに合わせ、手にしたロザリオが形を変えていく。
 やがて光が収まると、ロザリオは両刃の長柄斧ポール・アックスへと姿を変えていた。
「待たせたのう。我が聖斧『聖者の怒りニコラス・アンガー』、存分に味合わせてやろうぞ」
「ぬかせえ!」
 阿修羅王と化した栗栖が、善司に襲い掛かる。
 上の腕が操る双剣が、一対の猛禽のように老爺に迫り、彼の体を切り刻んでいく。中の腕が放つ「ファイア」「スリプル」などの魔法が、善司の体力と精神力をじわじわ削っていく。下の腕が操る発光ハイパーヨーヨーが、数々の高難度トリックを決めていく。
「どうした爺ィ! さっきまでの威勢はどこにいきやがった?」
 巨大な火球を受け止めた善司が、のけぞるように大きくバランスを崩す。
「とどめだ!」
 栗栖は勝利を確信し、双剣を振り上げ、振り下ろした。
(真っ二つだぜ、爺ィ!)
 光が奔る。

「あ……あ?」
 栗栖がそのとき目にしたものは、真っ二つにされた善司の死骸――ではなく、肘から先を切り落とされた二対の上腕であった。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
 それは善司の放った一閃によるものであった。彼はバランスを崩したと見せかけて自らの体を大きくひねり、遠心力を乗せた一撃を見舞ったのであった。
「ほれ、惚けて居る場合ではないぞい」
 善司は回転を止めない。小竜巻と化し、栗栖の体を切り刻んでいく。残った四本の腕も切り落とされた。栗栖が膝をつく。
「HOHOHO、とどめじゃあ!」
 善司が高く飛び上がる。
「サンタクロースたちの恨み、今こそ思い知るがよいわ!」
「……馬鹿が! くたばりやがれ爺ィ!」
 切り落とされた三対の腕が、一瞬で再生した。
「なんじゃと!?」
 空中が故に回避行動をとれなかった善司は、再生した腕から放たれる拳の連打をもろに受けた。弾丸のような勢いで吹っ飛び、いくつかの机をなぎ倒し、何度か跳ねるように床を転がり、ようやく止まった。
「く、儂としたことが、油断してしもうたわい……」
 善司はもはや、自分の意志では指一本動かせない状態であった。
「はははは、ざまあねえなあ爺ィ! 待ってろ、今とどめを刺しに行ってやるからなあ!」
 栗栖が、品のない笑いを上げながら善司に近づいてくる。
(なんということじゃ。儂は、儂はここまでなのか。これでは、ほかのサンタクロースたちに顔向けができん。しかし……)

「待てい!」
 言うことを聞かない体に、善司が絶望しかけたまさにそのとき! 力ある声が響き渡ったのである!
「その声は……まさか!」
「然り!」
 突如現れた声の主は高々と跳躍、空中三回転を決めながら栗栖と善司の間に割って入るように着地した!

「おお、お前は……ルドルフ!」 
「お待たせいたしました、善司翁!」
 そこに立っていたのは、深紅の鼻面をまばゆく光らせた、一頭の巨大トナカイ。その名を新堀にいぼりルドルフといった。

★新堀ルドルフ(Niibori Rudolf)
・日本競馬初の無敗三冠トナカイであり、史上初めてGⅠ7勝を挙げた名トナカイ。
・1984年度及び1985年度の年度代表トナカイ。
・1987年、トナカイとしては初めての顕彰馬(殿堂入り)を達成。
・「皇帝」の異名で呼ばれる。
・引退後は私立トレセン(トレードセンターの略)学園において生徒会長を務め、後進の育成に励んでいる。
・幼少時のあだ名は「ルナ」(狂気をはらんでいたため)。

「さあ、今こそあの悪鬼羅刹に我々の、サンタクロースとトナカイが揃うことの恐ろしさを見せつけてやりましょうぞ!」
「うむ、行くぞルドルフ!」
「承知!」

 ルドルフが善司のもとへ駆け寄り、倒れたままの善司の手を取る。
合体フュージョン! はっ!」
 爆発的な光が、巻き起こる風が、血をたぎらせるBGM(歌い手:新堀ルドルフ)が、部屋中に満ちた。それは聖誕への祝福であった。
 
 聖なる響きファンファーレが鳴り響く。

 そこに降臨していたのは、サンタクロースの上半身にトナカイの下半身を持つ異形の聖獣――聖半人半馴鹿センタウロスであった。右手に聖斧を、左手に聖ショットガンを持ち、腰には幾つもの聖手榴弾ホーリーグレネードをくくり付けていた。

「なんだそりゃ……バケモンがよ……」
「三面六臂の化け物に言われたくはないのう」
 
 栗栖の三対の腕が蠢動する。上の腕には双剣。中の腕には魔力。下の腕にはゲーミング発光ハイパーヨーヨーアクセル。再びのフル装備だ。
「行くぞ爺ィ! 今度こそ引導を渡してやるぜえ!」
 戦いが始まった。聖斧が光り、双剣が唸り、ショットガンが火を噴き、「ファイラ火炎魔法」が襲い掛かり、手榴弾が5秒後に炸裂し、ゲーミング発光ハイパーヨーヨーがあり得ない軌道を描く。混沌。大乱戦。

「これで、とどめだ爺ィ!」
 栗栖が双剣に炎をまとわせ、渾身の振り下ろしを敢行する。善司はそれを聖斧で受け止め、弾き返した。致命攻撃のチャンス。
「何い!?」
「今じゃ! 顕現せよ『神殺しの刃』! セイント・アックス・トランスフォーメーション!」
 善司の詠唱とともに、聖斧が変形を開始する。物理法則を完全に無視した豪快かつ緻密な変形工程を経て、聖斧は禍々しきフォルムへと変貌する。
 聖チェーンソー。
「とどめじゃあ! 聖真っ向唐竹割ホーリー・パニッシュメント!」
 真っすぐに振り下ろされたチェーンソー(刃は回転していない)が、栗栖の脳天に振り下ろされ――そのまま股下まで彼を切り裂いていく。
 聞くに堪えない断末魔、そして爆発。
 稀代の犯罪者「殺人マーダーサンタ」は、こうして正しき裁きを受けたのであった。

「ルドルフや、よく来てくれたのう。助かったぞい」
「何を水臭いことを。『サンタクロースとトナカイは一心同体』。あなたが私たちに教えてくれたことではありませんか」
「それは、そうじゃが……」
 善司の顔に影が差す。サンタクロースの評判が地に落ちたとき、ルドルフを除くトナカイたちは一斉に善司のもとを去っていった。
「最後まで残ってくれたお前すら去っていったとき、儂は絶望に沈んでしまいそうになってしまったもんじゃよ」
「申し訳ありません。去った仲間たちを何とか説得できないかと、皆を訪ねて回っておりました。それに」
 ルドルフは紙の束を差し出してきた。スポーツ新聞だった。
「……これは!」
「はい」
 一面には大きな文字でこう書かれていた。

「ルドルフ、現役復帰を表明」。

『聖スポ 有馬記念特集号』より引用

「私が稼いだ賞金を元手に投資を開始、大きく膨らませてそれを活動資金とする――そういうプランはいかがでしょう」
「プラン? 何のプランじゃ?」
「もちろん、サンタクロース復活プランです」
「……気持ちはありがたいが、おそらく無理じゃ。儂と次郎さんが奴らを殺害したのも、それは単に意趣返し、『このままでは死んでも死に切れぬ』という自分勝手な願いからじゃ。主のお力を私利私欲のために使った時点で、儂らはサンタ失格なのじゃ」
 善司は首を振る。
「なにより、大衆はサンタを忌み嫌ったままのはず。我らの復活を望むものなど、今やどこにもおるまいて」
「……翁、こちらをご覧ください」
 そう言ってルドルフが差し出してきたのは、一台のタブレットであった。画面にはSNSのタイムラインが映し出されていた。
「……こ、これは!?」

「サンター! 早く来てくれー! 間に合わなくなっても知らんぞー!」
「今年のプレゼントにはプレステ360を頼みました! 靴下に入りきるかな?」
「今日のコスプレ、セクシーサンタで決めてみました☆ もっと見たい人はファンティアへ!」
「儂が全裸中年サンタクロースじゃ!」
「サンタ最高、それに比べたら山岡はんの鮎はカスや」

Twitter(自称X)より引用

 そこに並んでいたのは、クリスマスとサンタクロースを待望する人々の熱い言葉たちであった。

「どういうことなんじゃ」
「おそらく、靴ノ紐や栗栖……いや、その背後の連中が、何らかの手段で大衆を洗脳していたのではないでしょうか」
「流されやすい大衆相手とはいえ、恐ろしい連中じゃ……」
 善司はしばし思案する。数分後、彼は深くうなずくとルドルフに語り掛けた。
「のうルドルフや、儂は思うんじゃが」
「はい」
「サンタクロース復活の前に、やるべきことが二つほど残っておるのではないか? 復活は、それらをかたずけてからでも遅くはないような気がするぞい」 
「承知しました。ではまず、どちらからかかりますか?」
「何をかたずけるのか、とは聞かないのかのう?」
 にやりと笑いそう尋ねる善司に、やはり笑顔でルドルフは答える。
「必要ありませんから。それで私が思うに、たやすいほうから取り掛かるというのはいかがでしょうか」
「それがセオリーじゃのう。ではさっそく始めるか」
「次郎様や他のサンタクロースの方々にもお声をかけてみては? おそらく、かつてない規模の闘争になるでしょうから」
「無論じゃ、それでは始めるとしようかのう!」
 善司は手にしたロザリオを高く掲げ、宣誓するように声を上げた。
「待っておれ、天竜八部衆! そして仏道に帰依するやつばらよ! ただいまをもって我らサンタクロースが、貴様らに宣戦を布告するぞい!」
 その言葉に応えるように、ロザリオが鮮烈な光を放った。
「そして勝利の暁には、儂自らがルドルフの背にまたがり、あの世界最高峰レース『凱旋門賞』の勝利をつかみとってくれようぞ! 待っとれよロンシャン競馬場、日本調教トナカイ初の栄光は儂らのもんじゃあ!」

(……迦楼羅と阿修羅がやられたようだな)
(ククク、奴らは我ら八部衆の中でも結構上位……)
(……)
(……)
(……ヤバくない?)
(にゃーん)
(だれだ、猫をつれこんだのは)
(そんなことよりいかがなさるか、皆の衆。このまま座して狩られるのを待つおつもりか)
(ククク、まさか)
(では、いかに対処する?)
(……)
(……)
(にゃーん)
(……皆の者、慌てるでない)
(これは摩睺羅伽まごらかどの、何か腹案がおありか)
(無論よ、ククク……邪教の宗徒どもめ、首を洗って待っておれよ)
(これは心強い。では今後の方針は摩睺羅伽どのに一任するということで、今回の定例会議はお開きとしましょうぞ)
(異議なし)
(それでは最後に、恒例のあれで締めたく思います……皆様、ご唱和願います……コホン)
(クリスマスに代わり、「灌仏会」を国民の祝日に!)
(((((クリスマスに代わり、「灌仏会」を国民の祝日に!)))))

(さて会議も終わったことですし、懇親会のほうをそろそろ始めましょうか、急がないと料理が冷めてしまいますからね)
(チキンの丸焼きに六段重ねのケーキとは、また豪勢だな)
(ええ、何せ今日は年に一度のクリスマスですからね)
(違いない)

【完 だが戦いは続く】

◇ ◇ ◇

 ドーモ、タイラダでんです。お読みいただきありがとうございます。
 クリスマス恒例、上記企画への参加作品でございます。心を込めて書きました。お読みいただいた皆様の心に、なにがしかのさざ波を立てることができればこれ幸いと存じます。

 明日(12/17)はむつぎはじめサンがご担当です! 飛び込みも大歓迎! みなさんもしよう!

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タイラダでん
そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ