団地の遊び ある夏の日
ある夏の日
子供時代、夏の記憶というものが、なぜかあまりない。しかし、冬のある日、UFO写真を撮ろうとしていたのを思い出し、そうだ、夏もあったと、記憶を甦らせた。
たいした話ではありません。
夏休みであった、と思う。緑生い茂る銀杏の木の根元にいた。
芝生も緑豊かで、草たちも、あちこち生えしきっている。
近くに、どういうわけかクローバーの群生が見られた。いつからあっただろうかと思う。
銀杏の木の根元には、自分、左に女学級委員山岡、MM2(仮名)がいた。しゃがみこんでいる。
冬、UFOを写真に撮るために、ここにいたのだが、結局あきらめて帰った。寒いのである。
しかし、今は夏であった。暑かった。いや、暑いよりも、蚊のほうが問題だった。
MM2は、冬の時と同じ年代物のカメラを持ってきている。ともかく、撮りたくて仕方ないようである。「カメラを持ってないときに限って現れる。きっとUFOのヤツは、撮られないようにしてるんだ」そう言って、今日は、巾着袋の中にカメラを隠していた。言っておくが、コイツは、大変成績優秀な奴である。
このカメラは固いスイッチをいじって、いちいちピントを合わせないと、写せないシロモノで、仮にスパッとUFOが現れても、間に合うだろうか?という問題があった。
UFOは、団地の西南の空によく出現した。そっちには、なぜか、大きな楕円形の雲が、しょっちゅうあった。MM2に言わせると、UFOのカモフラージュ作戦の一つらしい。UFOは、その雲からよく登場した。
真面目にいって、雲の存在は、気流とかが関係してるのだろうが、それにしても、よく見かける大きな雲といえた。
銀杏の木の根元で、三人で木にもたれ、芝生に座っている。蚊にどんどん刺されている。もはや、ここにいるのは時間の、問題である。
女学級委員山岡は、長袖シャツを、着ていた。
「女のほうが刺されるのよ」
なるほど、女のほうが刺されるのか。バカなので知らなかった。初めて聞いたことだった。
芝生は細長かった。なぜなら、右斜め前から団地で、その号棟に沿っての芝生だからで、一番向こうは、顔の判別すらできなかった。部屋数の多い号棟で、長いのだ。
左側は、畑である。
すると、芝生のはるか先で、小さな子供たちが、何人か集まり、寝転がったりしていた。匍匐前進をしていた。母親たちも、何人かいる。
子供たちの匍匐前進に合わせ、親たちもコッチに近づいてきている。
ていうか、いったい何をしてるのだ?匍匐前進大会か?と思ったら、本当に匍匐前進大会で、その練習をしてるということが、わかった。
どんどん近づいてくる。みんな楽しそうである。
MM2はカメラを出していた。そして、三人で空を見上げている。
「なにしてるの?」
お母さんの一人が、笑顔で聞いてきた。
「UFOの写真を撮りたくて」
「やっぱりアレって、UFOなの?」
「UFOです。空飛ぶ円盤です」
MM2が、堂々と自信満々に答えた。なぜコイツは、ここまで確信をもって言えるのか、不思議である。
UFOというのは、未確認飛行物体のことで、空飛ぶ円盤のことだけをいうわけではないはずである。しかし、MM2は、間違いなく宇宙人の乗り物のことを言っているーーーもちろん空飛ぶ円盤の方が夢があって楽しいのだが。
ともかく目撃情報は、多いのである。
しかし、カメラを持ってるときはUFOは姿を見せないようで、MM2は「せっかくだから写真でも撮りますか」
山岡は子供たちと遊んでいる。
ーーーあら、いいわね。ということで、MM2は、子供たちの写真なんぞを撮り始める。
自分も子供と一緒になって遊びだす。匍匐前進というものを、過去やったことがあるのかないのか、忘れたが、思ってる以上に、キツかった。
幼稚園児たちは、それでも、結構楽しそうにやっている。
なんか知らないうちに、やがて夕方近くになっていた。すっかり汗をかいている。
MM2とお母さんたちは、どこの誰だかを互いに教えていた。何号棟、何号室といえば、どこが家かすぐわかるわけで、団地というのは便利である。
それにしても、実に平和な話であった。
みんながいなくなり、三人だけになると、急に静かになり、寂寥感が漂った。元いた銀杏の木に戻る。
当初の目的も忘れ、小六のガキのMM2が言った。
「たまには童心にかえって遊ぶのもいいもんだな」