団地の遊び やむを得ぬ事情


やむを得ぬ事情

 詳しいことは、すっかり忘れてるのだが、隣町に住む仙田(仮名)という男がいた。
 ウチの小学校は、団地の中にあり、七割ぐらいが団地暮らしの児童だった。
 団地以外は、たいがい隣町から通ってきていた。一軒家が多かった。しかし、一軒家といっても、なんだかボロい家の奴が多かった。
 仙田は、平屋建ての小さな家に、家族六人か七人かで住んでいた。なんだかオモチャみたいな家で、青瓦の屋根で、ホントに小さい家だった。六畳一間ぐらいの広さなんじゃあないかというのが、外から見てもわかるウチだった。
 誰が最初にやったのか、知らないが、仙田の家の前で、大声で悪口を言う。すると、ドアが開き、仙田の高校生の兄貴が怒って出てくる。走って逃げると追いかけてくる。
 こんな遊びが、一時期、流行った。悪趣味な遊びだし、今の世なら警察ざたかもしれないが、当時は、さほど問題はなかった。
 高校生の兄貴はセンダニーと呼ばれた。仙田の兄貴を縮めたものだろう。
 車一台幅の道に、結構な子供が集まる。十人以上はいた。別の小学校の奴もいた。
「センダニー、ばーか」「死ねーー」悪口といっても、こんなモノである。
 すると、ドアが勢いよく開き、センダニーが「おらー!クソガキ!」とかなんとか言って飛び出してくる。
 そして一斉にみんなで逃げる。逃げる方向は、それぞれである。
 センダニーが、追いかける。追いかけられない場合は、ラッキーだった。追いかけられた場合は、なんといっても、相手は高校生である。捕まったら、ぶん殴られる。しかし、めちゃくちゃボコボコにされたという話は聞いたことがなかった。
 ある日、自分とキーちゃんと大岡(仮名)が、センダニーに追いかけられた。たくさんいる中で、どうして、自分たち三人を狙い、追いかけてきたのか知らないが(センダニーのみが知る)鬼の形相で、走ってきた。しかも、最近センダニーはバットを持っている。
 住宅街を走る。待て!おらぁ!という声が聞こえる。ハッキリ言って怖かった。車十台ぐらいの駐車場に入り、クルマの後ろに隠れる。足音と荒い息づかいが、聞こえる。
 キーちゃんが爆竹を出した。マッチで火をつけようとするが、手が震えている。なんとかつけると、なんと自分にわたしてきた。車の背後から、できるだけ遠くに投げた。
 爆竹のはじける音がする。その隙に逃げた。センダニーは爆竹に気を取られている。
 別の日。またしても、センダニーに追いかけられた。コッチのメンバーは前回と一緒である。センダニーは、同じ奴と思ってるのか、それとも違うのか、そのへんが気になった。
 前回と同じ駐車場に入った。そして車の後ろに隠れた。しかし、この車は、やや斜めに停まっていた。後ろのスペースが狭かった。
 奥が自分、次がキーちゃん、そして大岡がいた。大岡の位置は、ほとんど危険だった。足音がする。
 するとキーちゃんが、なんと大岡の背中を押した。しゃかんでいた大岡は前に倒れた。「きさまー!」センダニーの声がする。大岡を生贄にし、その隙に逃げるという卑劣作戦は成功し、キーちゃんと自分は車と車の隙間から逃走した。
 翌日、大岡は学校を休んだ。新聞を見ても、それらしき事件はなかった。少し焦った。まさか、センダニーにボコボコにされて、休んでるんじゃあないだろうな?と危惧した。
 キーちゃんが言った。「アイツは勝手にコケたんだよ」多分そう言うだろうと思っていたが、やはりその通りだったーーー自分もそれにノッてるが。
 センダニーの件は、学校でも問題になり、担任先生からも、アホなことするな、という、それほど厳しくない言い方の指令が出た。まあ、どっちでもよかった。隣町まで行かないと行けないし、言う程面白くもなかった。
 それより、大岡は一週間も学校を休んでいた。元々たいして仲良いヤツではないーーーなんでそんなヤツと一緒にいたのか不明だが。なので、同じ団地住まいでも、様子を見に行くこともしなかった。
 大岡は風邪で休んでいたという。
おとなしくて、怒ったりしないタイプだった。実はどんな奴だか、あまり覚えていない。
 押された大岡は、逆にセンダニーに同情され、助かったそうだ。
 それが俺の作戦さ、キーちゃんがそう言っても、さすがにそんな話を信じるわけもなく、大岡は笑いながら文句を言ったーーー実際、助かってるし。
 すると、キーちゃんは、胸を張り、堂々と本当のことを、つまり開き直った。
「すまなかった。しかし、俺が助かるためには仕方がない。やむを得ぬ事情ってやつだ」

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