団地の遊び 銭湯

銭湯

 団地の近くには、銭湯つまり風呂屋があった。結構、大きな風呂屋である。現在はない。
 この風呂屋は需要があるのか、と思った。需要なんて言葉は、まだ小学生だったので、使わなかったが、要するに誰が入りに来てるのか、と素朴に思った。
 なぜなら、団地には風呂はあったからである。それに一軒家には、風呂はあるだろうと思った。
 そんなことをバカなりに考え、街を注意して見たら、案外、アパートがいくらかあった。
 当時のアパートは、木造モルタル二階建て、はしっこに鉄の階段があり、弥生荘とか富士見荘とか名のついたものばかりである。ドラマ「太陽にほえろ」で刑事たちがよく聞き込みに行く、そして、犯人が二階の窓から壁伝いか、飛び降りるかして逃げる、そういったアパートである。
 それでも、すごくたくさんアパートがあるわけではない。やはり、これで銭湯は経営が成り立つのか?そんなことを子供心にも考えた。
 友人の学級委員RやMM2などに話すと、一軒家でも風呂のない家ってあるよ、そう言われた。古い一軒家などは、風呂のない家はザラだという。確かに、テレビドラマで、そういうのは見たことがある。古い家で、風呂付きの家は、後付けだろうということだ。
 にしても、やはり、一日何人ぐらい風呂屋に来れば、採算が取れるのかと、やはりバカなりに考えていた。
 すると、学級委員Rが、意外なことを言った。家の狭い風呂じゃあなくて、広々とした風呂に入りたいからわざわざ行く人もいる。ウチの親父がそうだ。
 なるほど。これは一番説得力のある発言だった。たしかに、団地の風呂は狭い。しかも、煙突のついた木の風呂である。
 そんなわけで、多分、十歳か十一歳か、そのくらいの時、初めて銭湯に行った。
 ところが、学級委員Rが風邪気味だから風呂上がり寒い中、歩きたくない、と言ってドタキャンし、結局、女学級委員山岡(仮名)と篠田百合子(仮名)と風呂屋の前で、会った。
「一人だと心細いなあ」そう言うと、コイツらはとんでもないことを言った。ー一ーだったら一緒に入ればいいじゃない。ーーー七歳で通用するよ。弟ってことで。
 自分は体も小さく幼く見えた。だからといって、同じクラス同級生女子と、入る気にはならない。
 コイツら本気で言ってるのか?からかってるのか?そのへんが、ハッキリしなかったーーー本気って気がする。
 そんなわけで、一人で入ることになった。ー一ーなんかあったら大声出しなさい。山岡に言われた。風呂屋でなんかって何があるんだ?ガキじゃあないゾー一ー子供だけど。
 番台は、おばあさんだった。脱衣所がある。おっさんが一人いた。金を払う。全く幾らだったか覚えていない。すまない。昭和の時代だから、そんなには高くないだろう。
 風呂屋の近くに行くと、風呂の匂いがいつもするが、ここは完全に風呂のにおいであるーーー当たり前だが。
 下は木の床である。木のロッカーがある。カゴがある。裸になる。ロッカーに服をしまう。鍵をゴムで手首に巻く。なんとなく前を隠し、洗面器に入れた石鹸とシャンプーを持って、風呂に続く枠が焦茶色した硝子ドアをガラガラと音たて開けるのだが、かなり重い。湯気で、向こうはなんにも見えない。
 ついに風呂場に潜入する。広い。第一印象だった。蛇口が赤と青、二つある所で、体を洗う。
 家では、冬、湯舟に入る前に、裸になって体を洗うとき、死ぬほど寒いのを耐えているのは、いつも嫌だったが、ここではそれがない。
 客は、じいさん二人しかいない。子供に何か話しかけてくる奴というのは、昭和の時代は結構いたが、いや、ほとんど当たり前だったが、今のところそんなヤツはいないので、良かった。
 湯舟に入る。なかなかいい温度である。広くて気分が良い。泳げる。
そんなわけで、潜ったり泳いだりした。人が少なくて、つくづく良かった。
「なにやってんの!待ってるのに!湯冷めするでしょ!」
 湯舟から顔を上げて見ると、硝子ドアを開けて、山岡が怒鳴っていた。
 思ってる以上に、遊んでいたようである。のぼせている。なんで女子が入ってきてるんだ?と思いつつ、タオルで前を隠しながら、湯舟から出て脱衣所に行く。
 ずっとコッチ見てたらイヤだなあ、と思っていたが、山岡と篠田は番台のおばあさんとなんか話している。
 かくして、風呂屋もしくは銭湯を、楽しんだ。
 結局のところ、風呂屋の需要については、何一つわからなかった。


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