団地の遊び 焼却炉
焼却炉
すでに使われなくなった焼却炉が、どの団地の号棟にもあった。建物の端っこにコンクリートの壁ーーーもしかしたら煉瓦塀だったかもしれないーーーに囲まれて、六畳ぐらいの広さの所に、フタが絶対開かない、くすんだオレンジ色した焼却炉があった。
いつ来てもイヤな臭いがした。焼け焦げたというか、何か形容し難い、イヤーーなにおいだった。
今考えると、ダイオキシンとかあって、結構ヤバい所だったんじゃあないかと思う。
ここで、遊びことはなかった。くさいからである。
ところが、ここは、猫がよく集まっていた。ネコが、夕方になると、集会してるのである。
そういうとき、別に入る気もないし、猫の集会にも、さして興味があるわけでもないのだが、何かふと気になった。
でも、それが、不思議なことに、関わってはいけない、そんなことを直感的に思った。そう思ったのは、友人たちも、同意見だった。
あの感覚はなんなのか。焼却炉の塀には、よく登った。座るのにちょうど良かった。しかし、猫たちが、集まっているときは、自然と体が動き、外に降りていた。
不思議である。子供にしかわからない、何かがあったのかもしれない。
焼却炉というと、もう一つ思い出すものとして、片腕の男の子がいたことだ。左腕が、肘から下がない。そのコが、なんとしたことか、焼却炉の上に乗っていた。色が黒く黒縁の眼鏡をかけていた。
ここは、くさいし、汚い所という認識があり、焼却炉の部屋のものを、さわる、ということは、しなかった。それが、そのコは、なんと上に乗って座っていた。
焼却炉は、それ程の高さもなく、上に乗ってまたがることができた。しかし誰もそんなことはしない。完全に密閉された両開きのドア用のモノがあった。昔はそこにゴミなんか入れ焼いていたのだろう。
ウソかホントか、密閉されず、ドアが開けられたとき、どこかのバカがネコを焼いた、という話があった。猫ぐらいなら入れることができるドアの大きさだった。
それはともかく、初めて見るコが、それも片腕の子が、焼却炉に乗っている。
その時、自分一人だった。男の子は、コッチを見てニコニコしている。ものすごくフレンドリーな空気感があった。なので、「そこは汚ないから乗らない方がいいよ」と言ったら、「そうか」素早く降りて、「ありがとう。教えてくれて」ニコニコして言った。
「ここはなんなの?」
「焼却炉。汚ないから何もさわらない方がいいよ」
「じゃあ出よう」
外に出ると自転車にまたがり、「あっち行こう」そう言うので、こっちも自転車に乗った。
片腕なので、自転車は大丈夫なのだろうか、と思って見ていたら、右手だけで上手に運転し、しかも結構飛ばした。
コッチが怯むくらいスピードを出した。こっちも急がないと並んで走ることができなかった。
団地の号棟の端っこに着いた。団地のベランダ側は芝生なのだが、ここは、すでに建物を越えていて、ただの芝生の広場みたいになっていた。無駄に走り回ってすべりこんだり、野球とかやるのに、実に適切な場所だった。
黒縁眼鏡の片腕のコは、ここに来るとピンクのゴムボールを出した。そして、キャッチボールをすることになった。
「広くていいね」
楽しそうに言ってきた。こちらとしては、ゴムボールというのが、何か物足りなかったが、まあいいやと思い、二人で遊んだ。
やがて、「暗くなってきたからそろそろ帰るよ」そう言って黒縁眼鏡の片腕のコは、自転車に乗ると、駅方向の団地の間の道を走り、去っていった。
家に帰って、親に話すと、「サリドマイドのコかしらね」知らないコと遊んだことに関しては、特に文句は言われなかった。片腕だからかもしれない、本気でそう思った。
そのコが、どこの誰かというのは、結局わからなかった。多分、誰かの親戚の子だろうという、あやふやなハッキリしない情報が流れた。
あの、天真爛漫という言葉がピッタリの笑顔、片腕ではないように上手に自転車に乗り、キャッチボールした黒縁眼鏡の男の子。
知らない人と、いきなり遊ぶなんてことは普段はしない。それが、なぜか、あのコの明るさ、空気感に惹かれ、遊んだ。
黒縁眼鏡の片腕の子とは、その後、二度と会わなかった。
焼却炉の前は、毎日通った。時々ふと、中を覗く。もしかして、またあのコが、焼却炉の上に乗っているんじゃないかと。しかし、いるのは猫だけだった。