団地の遊び ディープタウン
ディープタウン
団地の中を流れるいつも遊ぶ川の、下流のほうに来ていた。いつものボロい自転車でやってきた。
なぜか上流のほうに向かうと、不安感が押し寄せるのだが、これが下流の方だと、全然そういうものはなく、なんとなく楽しい気分になった。
下流のほうは、いわゆる高級住宅街的な地域に接している。なんにせよ、金持ちがいる、そういった空気感が強かった。
だから、安心できたのかもしれない。公団住宅に住んでる身としては、憧れを通り越して、もはやムリ、という考えが、子供心にもあった。
多摩川まで来た。そこでUターンし、戻る。川の北側を走っていたが、今度は南側である。
MM2(仮名)が言った。「見ろ」まさに、川の分岐点だった。多摩川と団地の川が分かれている。その、川と川の間にいた。文字通りVの分かれ道である。
団地の川側をゆっくり走る。すると、MM2が言った。もっと奥入ろうぜ。つまり、川と川の間に行く。ここはまだ狭かった。家一軒ぐらいのスペースが、西に向かうにつれ、広がっていく。
なので、奥までといっても、まだどっちかの川沿いにいる。家があるから当然そうなる。
そのうち、家の数が多くなる。すると、細い道になる。団地の川側を走り、やがて多摩川がこっちからは見えないぐらいになった。
そして、その中の、住宅街に侵入する。
ここらへんは、秘境と言われている所だった。店もないし、信号機もなかった。半世紀昔から、秘境だったが、最近調べてみたところ、今も秘境と言われていた。
自分たちは、ディープタウンと呼んでいた。小学生のクセして、ディープタウンなんて言葉をよく使ったものだと、感心する。いったい誰が言ったのか、記憶にない。
大きな家があり、そして、大きな門の向こうは、森であった。門といっても、ほとんど壊れていて、要するに出入り自由だった。いや、自由ではないのだろうが、だから勝手に入れた。
MM2が、なんの疑問もないように躊躇なく入っていく。一応、舗装された道だったのが、途端、草だらけの土の所になる。
洋館が横にある。洋館という言葉は、当時は知らないし、よって使わなかったが、今思うと、記憶ではあきらかに、洋風のお屋敷であった。
私有地を平然と進み、森の中に入ると、途端に暗くなった。あまりいい予感がしなかった。
なので、自分はすぐ森の外に出た。そもそも、この敷地がいい感じではない。なので、舗装された道まで戻った。
MM2も戻った。二人で自転車をこぎ、住宅街を走る。そして、あっという間に迷子になった。家と空き地、駐車場、そればかりである。農地もあった。
ずっとUFOの気配がする、超常現象好きのMM2が言った。ちなみに自分は特に感じない。ともかく人が全然、歩いていなかった。先にも言った通り、店もなく信号機もない。車と一回だけすれ違った。
今、十字路にいた。あきらかに、さっき通った所である。
なんで迷うのだろう?と思った。確かに、小さい路地とかも入れれば、ややこしいともいえるが、住宅街のタダの道である。にもかかわらず、方向感覚がまったくなくなっていた。
そんなことをMM2に言ったら「それがディープタウンの怖いところさ。フッ・・・」まるで喜んでるかの如く言い、やはりUFOかな、ともつぶやく。
川に出たかった。暗くなったら、大変である。バカでも、そのくらいのことはわかった。
また自転車をこぎ、住宅街を走る。それにしても、人と会わない。
農地に出た。まるで通ってない所である。見るからに農業の人という恰好のじいさんが畑を耕していた。麦わら帽子を被っている。季節は暖かい初秋だった。
川はどっちですか?!MM2が大声で聞くと、じいさんは無言で指をさす。
なんか違う気がした。自分のカンは、ここ一発のときは、結構当たるのだーーーしかしMM2は、さっさと自転車をこいで行ってしまう。
自分は動かなかった。右に曲がったMM2の姿が見えなくなる。そして、再び姿を見せると、戻ってきた。多摩川だった、そうつぶやく。
そして成績の良いMM2が論理的なことを言った。太陽は西に沈む。多摩川は南にある。だから俺たちの川は北だ。そう指さすと、一応、北に向かった。いや、だから、バカな自分でもそのくらいのことは知っている。でも、結局、住宅街の迷路道で迷子になってるわけで。と言おうと思ったが、やめた。
ずっとUFOの気配がする、またMM2は呟きつつ、それでもUFOが手を抜いてくれたのか、なんとかやっと、団地の川に出られた。そして、無事、団地に帰ることができた。
家に帰る別れ際、昔、UFOにさらわれた、いわゆるアブダクションの経験ある(自称)MM2が言った。
「道教えたじいさん、やっぱUFO関係者だぜきっと」