団地の遊び 団地の高さ

団地の高さ

 ウチは2DKの四階だった。エレベーターなんぞはなく、四階まで歩いて登るのは、正直かったるい。
 最近、団地も高齢化が進み、要するに、四階とか五階とかに長年住んでる年寄りたちが、引っ越したりしてるという。分かる話ではある。
 四階に住んでる友人の母は、一週間に一回しか四階から降りて来ないそうだ。階段が、面倒だからである。
 自分が、子供の頃も四階は、確かに面倒だった。せめて三階、そんなことをいつも思っていた。ちなみに家賃は二階が一番高いらしい。五階が一番安い。
 四階のいい点は、見晴らしがいいところといえる。特にウチは、ベランダ側が広い畑で団地がなかった。いっておくが、東京である。
 いい天気の日は遠くに富士山が見えたし、夜でもカーテンを閉めなくても気にならないし、星も意外に見えたし、UFOも見えた。
 反対側、北側の窓は、道と芝生の向こうに隣の団地が見えすぎるくらい見える。すると、夜などベランダの外に出され泣いている子供の姿と声が、聞こえる。何か悪いことして、叱られたのだろう。
「開けてーーー」と大声で言っている。窓に鍵をかけられて部屋に入ることができないわけだ。こういう光景は、日常茶飯事だった。
 これは、今だったら、近所迷惑だとか、なんだとか言われ、クレームが来る可能性がある。しかし、昭和の時代は、そういうことは、知る限りなかった。
 ウチのベランダの話に戻るが、昼間は南側なので、天気のいい日は、実に太陽が、降り注いでいた。ベランダに出ると気分が良い。青空が広がり、ゆるい風が吹き、見えない飛行機の音が遠くから小さく聞こえる。
 下を見ると、緑色の芝生が、太陽に反射しキラキラ輝いている。すでに眩しくて、細めた目を、さらに細める。
 ここから落ちたら死ぬかもしれない、そういう考えは一ミリも浮かばなかった。
 むしろ、芝がクッションになって、飛び降りたら楽しいのではないかと、思った。
 一度、ベランダの柵を乗り越えようとしたことがある。ちゃんと手すりに掴まっていれば、なんの問題もないと思った。
 ところが、隣の隣の家のおばさんが、こっちを見ていたので、やめた。バカなガキが、何かしようとしてると思ったのだろう。
 実は、ベランダを乗り越えたという記憶もある。ラクに乗り越え、柵にしっかりとつかまり、笑顔で芝生を眺めている。ものすごい開放感があった。なんといっても、いっぱいに伸ばした片手で柵を握ってるだけで、体のほとんどは空中なのだ。でも、やはりマズいと思ったのか、すぐにベランダに戻る。
 正直、どっちが正しいのか、思い出せない。
 隣の隣のおばさんが、こっちを見ていたのは、確かだと思う。何か言われた記憶はなかった。
 すまない。どれが正しい記憶なのか、わからなくなっている。多分、両方の、可能性が高い。
 団地から落ちた、という話は聞いたことがなかった。今、思うと不思議な気がする。いても、おかしくない気がするではないか?
 近所に有名なバカが住んでいて、そいつが五階から猫を落としたという話は聞いた。猫は生きていた。
 五階建ての団地である。その四階の部屋。高さにたいする恐怖感は、0.1ミリもなかった。これは、今思うと、あまりいいことではないのだろう。ヘタすると、笑いながら落ちていたかもしれない。多分、死にはしなかったと思うーーーあくまでも多分だが。痛い思いは、かなりの確率でするはずといえる。
 もし落ちていたら、四階の部屋が嫌いになるどころか、人生観が変わっていた可能性もあるーーー人生が終わっていた可能性もある。そんなことを何十年もたった今、テキトーに考える自分であった。



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