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Journal du 5 août

今日はピンクのライターで火をつける、タバコに、昨日と同じ喫茶店である。秋の空にあるようなくっきりとした細切れの雲、台風が近づいてきているせいだろうか。

今日から夏休みである。昨日までは、朝に日記を書いて、平日の昼間は仕事があり、夜は自分のことをする時間というふうに、公的な時間と私的な時間のあいだを行き来するような生活だった。今日からその二重性から解放されるのである、しばらくは。

代々木駅と原宿駅のあいだに首都高四号線と山手線が立体交差する場所がある。なぜかその場所を思い出す。高校の行き帰りに見た景色のはずだ。そこから代々木駅の方向に少し行くと、何とかギターという広告があったような気がするが、検索しても出てこない。所ジョージのような人が叫んでいる広告だったと思う。同じ広告を別の場所で見て、ここにもあるんだと思った覚えがあるが、それはさらに曖昧な記憶でしかない。

小学校時代の塾は大船駅の近くにあって、駅のプラットホームから見えるところにその塾の広告があった。大船駅の西口は、栄光学園に向かって上り坂になっていて、丘の上には白い観音像が立っていた。塾の行き帰りに見た景色だ。

もう一本、ライターでタバコに火をつける。おしぼりがある。おしぼりでアイスコーヒーの入ったグラスについた水滴を拭う。店内にはアメリカのポップミュージックがかかっている。

子供の頃親の車で色々な音楽を聞いたが、当時日本で流行っていたポップミュージックはほとんど聞かなかった。その代わりに聞いていたのはアメリカのポップミュージック、ジャズ・フュージョンや人の声のない曲だった。「インストゥルメンタル」という言葉を知ったのはもっと後のことだ。

小学校から帰ってきて、家のガレージのスバルの黄色のニコットに乗り、母親の運転で大船の塾に向かう。僕は母親に質問してみた、なぜ家は人の声のない曲ばかり聞くのか。母親は、なぜなら人の声は不快であり、人の声は楽器に負けるから、と答えた。大船駅の塾の広告、動かない声のない広告、観音像。人の声は楽器に負ける。

タバコをもう一本吸う。さっき拭いたグラスがもう曇ってきた。氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーをすする。昨日と同じ喫茶店。今日から夏休みである。

(日本語:865字)

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