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Journal du 9 août

枯れ木が堆く積まれて白くみえる山、この枯山に現れるという伝説の龍について、電気測量士と登山家が話し合っている。登山家は、先日この山を越えて滋賀へ行こうとしたとき、たしかに龍の影を見たと言う。山の麓の町で働く電気測量士は、停電が起きたある日に、がま池の辺で龍の尻尾の衣が電線にひっかかっているのを見たと言う。登山家によると、その龍が天へ登っていく時に見えた尻尾は、まるで馬のたてがみのように、黒く輝きながら風にたなびいていた。一方電気測量士は、自分が衣をよく調べると青い粉が付いていて、それは鉄の錆に違いないと言う。その龍の尻尾は鋭く切れる刀のようになっていて、それが頑丈な電線をすっぱり切ってしまったのだ。登山家は自分の意見を譲ろうとせず、町の女の髪をあつめてその龍の尻尾を作ってみせようと言い出し、電気測量士は町で一番切れる刀を用意させて、それを町で一番の天ぷら師に揚げさせようと言い出す。
そこへ女とその遣いがやってきて、自分は旅の途中の敦賀で、その龍を説き伏せて爪を獲得した者を知っていると言う。登山家がその爪はどれくらいの大きさなのかと尋ねると、女はトカゲの爪ほどの大きさだと答える。電気測量士は龍の爪ならもっと大きいはずだと言う。女は、その龍の爪のおかげで十年とれなかった長老の耳垢が取れたと言う。登山家は、ほんとうに龍の爪がどれくらいの大きさなのか、自分が龍に尋ねて来ようと言った。
次の日、雷鳴が鳴り響く白い枯山で、登山家は天に叫んだ。
「龍よ、どうか下りてきてその爪を見せてくれないか。」
すると天から龍がするすると下りてきて言った。
「男よ、私はこのまえ爪を与えたばかりでまだ爪が生えていない、月が欠けて、もういちど真ん丸になった月が空高くのぼる夜にまた来い。」
そう言うと龍は天にするすると登っていった。
その晩、登山家は龍の爪が恋しくて恋しくてたまらず、自分の足の爪をかじってしまい、するとみるみるうちに足が膨れ上がって、登山家は高熱で寝込んでしまった。高熱と足の腫れが治まる頃には、満月の夜が三度過ぎ、月はまた欠けようとしていた。
登山家はふたたび白い枯山に行き、天に叫んだ。
「龍よ、この前の俺だ。遅くなってしまったが、どうか下りてきてその大きな爪を見せてくれないか。」
すると黒い雲のすきまから鋭い月がにゅっと現れ、じゃりじゃりと削れて、枯れ木の山に降り注いだ。パルメジャーノチーズだった。それ以来、町の天ぷら屋はすべてイタリア料理屋に変わったという。

(日本語:959字)

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