Journal du 21 au 27 octobre

10/21
google chromeのテーマ色が黄色になっていた、そのことに気づいたのは昨日だ。ウィンドウのタブの部分やホームが黄色になっていた。駅の点字ブロックのようだ。昨日のうちにダークグレイに変更した。
寒くなった。
循環器内科の実習が終わった。
色々病院を見てきたが、医療や教育の名目で行われている多くのことは、ほとんどがああマウントねと言って済んでしまうことばかり。ああいう場所から遠く離れようと努力してきた八年だった。しかしマウント的な努力が社会のベースにあるから、そこから離れるのは難しいのだが、要するに僕は疲れたわけである。今はあらゆるものの間隔を広げて、疎になる時だ、休もう。
喫茶店、最近は紅茶にしている。コーヒーは胃に良くないということで避けているのだが、喫茶店で飲むコーヒーでしか得られないデタントがあり、あの感覚が懐かしいなと思う。
ついさっき、鴨川を自転車で通ったとき、河の向こう岸でバトミントンをやっているのを見かけた。ピンクと薄緑のジャージ、スポーツをする格好。打ち合いのリズムが速い、遊びでやっていなさそうだ、そう思うとまた頑張らなければという強迫に襲われる。何かを頑張るのか、わからない。ノイローゼだ。
土曜日なのに、日が雲に隠れていて寂しい。今日は上着二枚着てきた。モーニングのメニューにあるコーンときゅうり。
ジョージ・ベンソン、歌がうまいなぁ。

10/22
赤い黒胡椒の実が欲しかったが、大手のスーパーでは見つからなかった。ピンクペッパーと言うらしい、あとで調べてわかった。しかし何故ピンクペッパーが欲しかったのだろう。ローストビーフに添えてサラダにしようと思っていたが、そんなものを買うお金はないし、この後も僕は勉強しないといけないから、痺れるわけにはいかない。
今日はクランウェルツノガエルの低床を交換する日。水槽を洗うあいだ、カエルを別の容器に泳がせておく必要があるのだが、この桶で深さは足りるだろうか。しばし考えるために、フランス語の勉強をする。カエル水槽の低床を交換した。緊張した。

10/23
デスクの下に、食べかけの歌舞伎揚が落ちているのを、朝に見た。そのときデスクの下を花火が横切った。火花ではない、花火。まるい粒が、ヒュルヒュルと上がって、パカ。
夜中になるとタイムラインはフランス語の記事だけになる。フランス語が読めるようになってきて、「罪を問われている」とか「元妻」とか言っているから、ああゴシップなんだなとわかった。

10/24
昨日は、七輪で秋刀魚を焼いた。油の乗った秋刀魚だった。
仕事終わり。日が暮れても暖かいので、遠回りして帰る。靴の紐がすぐ解けてしまってこりゃダメだ。結ぶのもめんどくさい。足と靴の間に挟んでしまう。
ガレージの前に観葉植物がある。大きくて柔らかい葉。大きく撓るように打ち出される緑の刺激。
今日は久々に十一時ごろに起きた。フランスにいる友人が、滞在中初めて映画館に行ったというメッセージが届いていた。パソコンデスクの上を片付ける。

10/26
大阪から京都へ、近いと思っていたがけっこう遠い。各駅停車だと余計に遠く感じる。シティから離れてまたシティへ。
一刻も早く帰りたいという感情に抗して喫煙所に入る。ダウンを抱える左腕が疲れてきた。

10/27
喫煙所に、コーラのジャックダニエル缶を片手に、シンクパッドの赤いコンソールを弄っている男がいた。
フランス語の単語勉強、漏れがないようシステマティックにやりすぎてるな。効率が落ちているし、勉強の広がりというか「発散性」が妨害されている。点々で単語を覚えて、単語の「星雲」を作ること。最初はとにかく広がりだけがある。次に類語や類義語の繋がりを作ったり、混同された語を分節化したりと、「星座」を作る作業になる。最初からネットワークが一挙に与えられるのではない。
雨が降りそう。雷は雲の音。
大阪の万博はいつなのだろう。昨日天満駅前で煙草を吸っていたとき、タクシーの側面にステッカーみたいに万博の広告があって、ああここは大阪なのだなと思った。この京都でも、喫煙所で煙草を吸っていると、タクシーがあって、”OSAKA EXPO 2025”とある。それに拠るなら再来年ということになる。
再来年、僕は働きだしている年だが、本当に働くのだろうか。仕事、しかしそれは特別なことではないかもしれない。今の生活の延長にある気がする。雷に打たれるように、そこから人生が一転するような、新しい季節ではないはずだ。
などと考えていたら、本当に雨が降ってきた、本当に降るとは思わなかった。かなり降ってきた。雨宿りしながら途方に暮れる。
明日は土曜だ。

(日本語:1708字)

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