ロジックの練習用資料(心理学・行動経済学の学生さん向け)
「演繹的推論と蓋然的推論の初歩.pdf」↓からダウンロードできます。
北大行動科学講座2年生の実習や学部生の卒論へ向けたゼミが開始する時期に配布して、一定の期間後(一か月程度)に提出してもらう、という活用の仕方をしました。(まだ作成途中で修正したほうがよいところがあります。出回っている論理学の翻訳書などにおける「仮説」と「仮定」、「前提」と「前件」などの用語概念の使い分けに準拠してこの資料を作成しましたが、そこには初学者には混乱を招きやすい側面があるようですので、後掲のプロの論理学者からのコメントもご覧のうえ、適宜修正や変更を施したうえで、教員や学生の方々に活用していただければと存じます)
北海道教育大の論理学者 中川はじめ先生の資料へのコメント:
論理学の初歩としてどのような内容を講じるかは、
その後学生がどのような研究に進むのかなどに応じて
いろいろな選択肢が考えられます。
とはいえ、その後にどんな内容を接続するにせよ、
いずれのばあいでも最小限必要な事項として、
次の二つは理解してもらう必要があると考えます。
(1)論理的に妥当な推論とはどのようなものか。
(2)整式である論理式とはどういうものか。
というのも、論理学は推論の科学であり、しかも
人が事実どのような推論をするかについてではなく、
どのような推論が正しい推論であるのかについての
学問であって、また正しい推論を判別するさいには、
もっぱらその推論の形式のみからでなければ
ならないからです。したがって、
(1)は言うまでもないでしょうが、
(2)にも留意して、
学生にシンタクスについての意識をもたせることが
重要であると考えます。
いただいた資料では、
用語法や叙述の仕方にかなりの程度混乱があり、
学生の困惑を招くのではないかと恐れます。
気がついたことを書いていきますが、主眼は、
上の二つの事項を理解してもらうことにあります。
(A)ぜひ直していただきたいところ
・2頁で条件文の前件を前提・仮定、後件を結論・帰結と
言い換えています。おそらくそのようにしている教科書があった
のだと想像しますけれども、これはやめたほうがよいと考えます。
これがために、このあとの叙述で一般的に、命題(文)と
推論との区別が曖昧になってしまい、
学生が混乱しやすい説明になってしまっています。
ちょっと考えても、推論の前提(この資料の用語法では仮定か)
に条件文が現われたばあい、
前提の中に前提がさらにあったり、すでに結論があったりする
ことになってしまいます。
(結論に現われる場合も同様。)
それでは変なので、この資料でも9頁では条件文の前件を
「仮定ではない」と明言していますが、これでは
学生はさっぱりわからなくなってしまいます。
条件文の構成要素については前件や後件と、
推論の構成要素については前提や結論と呼ぶのが穏当でしょう。
・4頁練習問題(2)で「各命題」とあるのは、
じっさいには推論も含まれているので、よろしくないでしょう。
また、「」を付けるのは、対象言語の表現に言及して
セマンティカルな言明をしているように見えてしまうので、
避けたほうがよいでしょう。
(とくに「同値」は本来セマンティカルな用語なので、
双条件文は、面倒でも「〜であるときでありかつ〜であるとき
にかぎる」とか書くのがよいです。下の(B)で書いたように、
双条件法は補助的な記号として処理するのが無難かも。)
初学者段階では、論理式に翻訳される言語を、
それについてセマンティカルに説明する言語から
きちんと区別することが大切だと考えます。
その点では、そもそも
TやFを使う練習問題と論理式へ翻訳する練習問題とを
一緒くたにして出すのも望ましくないように思えます。
・4頁練習問題(4)の論理式 ¬A∨C は、初学者には曖昧な式に
見えてしまうのでは。否定子の結合力が他の記号よりも強い
とみなしてカッコを省略できるという約束ごとを、
最初の段階できちんと示しておくべきでしょう。
以下の練習問題等でもこのような式はたくさん出てきますので、
念のため。
・6頁の
「選言三段論法 は、前提 P∨Qが F(偽)のとき、妥当ではない」
は具合が悪いでしょう。
妥当な推論の形式の特徴づけとしては、そのどんな実例についても
「前提がすべて真であるときには結論もまた真である」
というのが、とりあえず穏当な言い方になると思います。
前提が偽である文を含むばあいには結論が真であるとは限りません。
選言三段論法は古代以来妥当な推論形式と認められているはずで、
資料の書き方だと、
妥当な推論の説明としても選言三段論法の説明としても
うまくないと思います。
・論証形式の説明に選言三段論法だけ挙げているのは、
どういう意図なのか。
そもそも、この叙述の仕方だと、
この後に続く推論規則とここで言う論証形式との違いが
学生にはよくわからないのではないでしょうか?
例えば、仮言三段論法と選言三段論法と、2つくらいは
論証形式を例示して、(それらを推論規則とすることも
可能なわけですが、)それらがより単純な規則から導出できる
ことを示す(あるいは学生に導出させてみる)というような
進め方にはならないでしょうか?
(12頁ではモドゥス・トレンスについて、まさにそれを
やっていらっしゃいますよね。
でもこの叙述だと、選言三段論法やら他の規則やらに対する
モドゥス・トレンスの位置づけがよくわからないので、学生は
「え? ポネンスは証明しないのにトレンスは証明するの?」
という感じで、なんだか不安になってしまうのでは。)
・9頁の日常言語の文と論理式で書かれた文が対応していない。
「主張」と題された文章は原子文1個と条件文2個でできていて、
とくに推論の形にもなっていないのに、
論理式への書き換えでは、原子文が1個増えていて、しかも
それを結論とする推論の形になっているというのは解せません。
条件文を主張することは、その後件を主張することとは違います
(たとえその後件を結論として導くことが可能だとしても)。
・そもそも「主張」という語の使い方がよくわかりません。
この9頁では推論全体を主張と呼んでいるように見えます
(日常言語の文章は推論でないけれども)。
あとの10頁では(全体ではなく)推論の結論に当たる文に
「主張」という語が冠されています。
他方、まえの6頁では「結論」という語を使っていました。
用語法が一貫しないのは、学生にとって負担だと思われます。
(B)再考の余地があるところ
・2頁で「命題 p⇒qを証明するために、
「命題 pが成り立つという前提の上で、
qが成り立たないとすると矛盾が生じる」ことを示す論法を
背理法とか帰謬法という」とありますが、
これはなんだか気持ちが悪いですね。
たしかに背理法を使って p⇒q を証明することはあります。
けれども、この文じたいは条件法証明で導かれるので、
pを仮定して(この資料の用語法では「仮説として立てて」)
qを導出するわけです。ただ、そのさいに(qを導出するさいに)
qが成り立たないと仮定して矛盾が生じることを示す背理法を
使うというだけですよね。
要するに、条件文とは関係なく背理法は使えるのですけれども、
この説明だと、条件法証明の中でしか使えないかのように
学生に誤解させてしまうのでは。
・3頁で述語論理を導入しているのにもかかわらず、
6頁以降、命題計算だけで述語計算を扱わないのは
どうなのでしょう。
8頁以降の命題論理の推論規則の説明について
・「仮定」と「仮説」という用語を使っています。
これはもちろん、それで一貫して使用すればいっこうに
かまいません。けれども、上で見たように
条件文の前件をも「仮定」と呼んでいますし
(上で述べたようにこれはそれじたい避けたほうがよい)、
あとではベイス推定にも
「仮説」という用語を使っていますので、
なんだかまぎらわしいことになっています。
おそらく、論証形式の話をするときには、
「前提」と「結論」という語を使うのが便利です。
(この資料でも13頁でそういう用語法になっています。
ただしここでは前提を前件と言い換えていますが、
これは上述の理由でやめたほうがよいです。)
三段論法とは、2つの前提と1つの結論をもつ推論だ、
といった具合です。
「仮説」を確率計算の話をするのにとっておくためには、
資料の自然演繹の説明で使っている「仮説」は
「仮定」としておくのが無難でしょう。
このばあい、資料で「仮定」としているのを「前提」と
すると、13頁での用語法とも折り合いがよくなります。
そのさい前提を仮定の一種とみなすこともできます。
三段論法が妥当であることを自然演繹で示すときに、
最後まで落ちない仮定が前提というわけです。
・11頁と12頁でFitchスタイルの推論図を使った自然演繹を
示しているので、それで命題計算ができるようになるのが
一応の目標のように見えます。それでしたら、
自然演繹で標準的な規則(と規則の名前)を教えたほうが
すっきりするのではないでしょうか。
⇒除去則(モドゥス・ポネンス)
⇒導入則(条件法証明)
¬除去則(pと¬pが導かれたら矛盾を導いてよい)
¬導入則(資料で「背理法」と呼ばれている。)
⋀除去則
⋀導入則
⋁除去則(ジレンマ)
⋁導入則
二重否定除去則(自然演繹で言う背理法と置き換え可能。
資料では「否定除去規則」と呼ばれているが、
ふつうそうは呼ばないだろう。)
こうすれば、各論理記号にそれぞれ除去則と導入則、プラス
二重否定除去則で9種の推論規則となります。
(双条件法については、下記を参照のこと。)
論理記号を入れたり除いたりする規則であることを
明示した名前を使うことで、
推論規則がシンタクティカルな変形規則であることを
強調することにもなります。
*資料の体系は、¬導入則を省いて二重否定除去則だけで
すます(なので単に「否定除去規則」と呼ぶ)ことにして
いるので、規則が一つ少なくなりますし、
A⋀¬A の形の式を矛盾として扱って
矛盾記号(⋏や⊥などが用いられる)も使わなくてよい
のでしょうから、
こちらを採用する利点は確かにあります。
上の9個組が好まれるのは、
各論理記号の除去則・導入則のセットを用意しておくと、
それに公理や推論規則を付け加えることで
自然演繹の別の論理体系を簡単につくれるという、
メタ論理的なうまみがあるからで、
それは別にいいや、ということでしたら、
資料の体系のままでも
古典論理の計算は無事にできるはずです。
両方をいじってみて、
使いやすいほうを選ぶのでよいのではないでしょうか。
(例えば、除去則・導入則のセットに
(a) 二重否定除去則を推論規則として
(b) 古典的背理法(下記)を推論規則として
(c) 排中律(A⋁¬A)を公理として
Absurdity Rule(矛盾が導かれたら任意の論理式を
導いてよい)を推論規則として
加えると、いずれも古典論理の体系が得られ、
(d) Absurdity Rule を推論規則として加えると—
つまり (c) の体系から排中律を除くと—
直観主義論理の体系が得られます。)
・仮定(資料では「仮説」)を使うか使わないかで
分類するのは、あまり感心しません。
ジレンマ(⋁除去則)は、p⋁q と、
pを仮定してrを導けることと、
qを仮定してrを導けることとから、
r を導くことができる、
という規則としても定式化できますし、むしろ
そちらのほうが一般的だと思われますので。
・「ジレンマ」は古代以来、
「モドゥス・ポネンス」は中世以来の用語で、
伝統的論理学(教育)との接続を意識するばあいには
きちんと教えるべきでしょうけれども、
日本では高校までで論理学はほとんどやりませんし、
そういう呼び方もあると触れる程度でよさそうな。
「条件法証明」も、公理的方法を拡張するさいに
使われた用語で、自然演繹で計算できればよいのなら、
これも、異名であるという程度の押さえでよいかと。
・自然演繹で「背理法」と呼ばれるのは、
pを導きたいときに¬pと仮定して矛盾を導く規則で、
¬pを導きたいときにpと仮定して矛盾を導くのは、
¬導入則です。
(もちろん、一般的にはどちらも背理法と呼ばれるので、
混同を避けるために、自然演繹でいう背理法のことを
「古典的背理法」と呼ぶこともあります。)
古典的背理法じたいを推論規則として入れても
よいのですけれども、各論理記号の導入則と除去則に
古典的背理法を加えた体系で証明できる定理の範囲と、
二重否定除去則を加えた体系で証明できる定理の範囲とは
まったく一致するので、
二重否定除去則のみを入れておくのがふつうです。
・双条件法については、p⇔qを
(p⇒q)⋀(q⇒p) と定義しておいて、
資料で双条件法の除去則と導入則でやっている推論は、
⋀の導入則と除去則でやるのでもよいのでは。
推論規則は少ないに越したことはないので。
(C)その他、細かいことなど
・2頁下から5行目「証明したとき」は「証明したいとき」か。
・6頁下から3行目「各分」は「各文」か。
・6頁下から2行目「標記」は「表記」か。
・8頁、連言導入規則の日本語がおかしい。
「どんな」を受ける「も」がどこかに付いていないといけない。
・9頁中ほどの「命題形式に翻訳された」は
「命題計算形式に翻訳された」か。
また、10頁下から5行目「命題計算になおすと」は
「命題計算形式になおすと」か。いずれも
「論理式に翻訳された(なおすと)」とか
「記号化すると」とかでよいと思うが。
下の式の ¬K は K の間違いでしょう。
・11頁例題や練習問題での「仮定する」という動詞は、
名詞の「仮定」を「仮説」と対比的な用語として
使っているからには、とてもわかりにくい。
学生の多くはなんだかわからなくなると思います。
・12頁練習問題、
「背理法」という用語が曖昧に使われているようにも見える
(10頁では¬導入則のみが背理法とされていたのに)。
もっとも、古典的背理法を要求しているように見える
2番や3番は、¬導入則と二重否定除去則を使って証明せよ、
ということなのかもしれないけれども(多分そうなのでしょう)。
「主張」の使い方も、前述のように怪しい。
・16頁練習問題は、条件付き確率がいっけんパラドキシカルな
ふるまいをすることに注意を促したいのだとすると、
この問題の出し方では、学生はあまりピンとこないのでは。
この件についてはいろいろな啓蒙書が出ているので、
さがせばプレゼンの参考になるものがあるかもしれません。
(ギーゲレンツァー『リスク・リテラシーが身につく統計的思考法』、
ハヤカワ文庫NFとか、ムロディナウ『たまたま』、ダイヤモンド社
とか。ローゼンハウス『モンティ・ホール問題』、青土社
などというマニアックなものの翻訳もあります。)
・17頁で、次に学ぶこととして高階論理を挙げているのは
どんなものでしょう。
数学基礎論や数学の哲学を研究するなら必要でしょうが。
そもそもまだ一階の述語計算をやっていませんしね。
おそらく、参考文献などで、一階の計算や、
命題論理および一階述語論理の健全性や完全性を学んで、
その後さらに、という意図なのでしょうけれども、
学生はそこまで読み取ってくれるかなあ。
補足:
コメント中盤の*をつけた部分の1行目、
「¬導入則を省いて」とあるのは
「¬除去則を省いて」の間違いです。