ITストラテジスト資格は自治体職員に役立つのか?
近年、自治体業務のデジタル化が加速しています。
デジタル化には、システム導入が必要不可欠ですが、多くの自治体職員は導入前の段階で様々な課題に直面します。どのようなシステムを選択すべきか、必要な予算をどのように確保するか、そして導入後どのように活用していくかなど、検討すべき点は多岐にわたります。
このような状況下で、私はITに関する戦略的スキルを身につけることが有効と考え、今年、ITストラテジストの資格を取得しました。適切なIT戦略の立案と実行は、行政運営の効率化だけでなく、市民サービスの質的向上にも大きく寄与する可能性があります。
そこで今回は、自治体職員がITストラテジスト資格を取得することの意義と、その過程で得られる学びについて考察してみましょう。この資格取得が、自治体のデジタル化推進にどのような影響をもたらし、職員個人のキャリア発展にどう貢献するのか、具体的に探っていきます。
資格取得のきっかけ
私がITストラテジスト資格の取得を志したきっかけは、主に三つあります。これらが、私の中でITと経営の橋渡しをする能力の必要性を強く認識させることとなりました。
DX部門への異動
財政部門からDX部門への異動は、私にとって大きな転機となりました。さらに過去には情報部門に所属していたことはありましたが、近年のデジタル化の進展で、これまでとは全く異なる専門用語や技術的概念に日々直面することとなったのです。
DXという言葉が出てきたのもちょうど異動した辺りです。その本質的な意味や自治体における実践方法については、まだ手探りの状態でした。この状況下で、DXを計画的に、効果的に推進するためには、IT戦略と経営戦略を結びつける体系的な知識が不可欠だと痛感しました。
IT用語の本質的理解への欲求
次に、DX部門での業務を通じて、IT用語の本質的な理解の重要性を強く認識するようになりました。日々の業務やベンダーとの打ち合わせの中で、数多くの用語が飛び交います。しかし、それらの用語を表面的に理解しているだけでは、真の意味や背景にある概念を把握することができず、効果的なコミュニケーションの障壁となっていました。この経験から、IT用語を実践と概念の両面から捉え、より深い対話を可能にするスキルの必要性を感じたのです。
過去のシステム調達の効果に対する反省
最後に、過去に所属していた部署で調達したシステムの現状に対する反省です。そのシステムは、現在も使用されているものの、当初から大きく変化して業務の中では、限定的な条件下でしか利用できず、多くの管理項目は別途Excelで管理されている状況でした。使い勝手の悪さにもかかわらず継続利用されている現状を目の当たりにし、システムの機能と実際の業務ニーズとのミスマッチ、将来の拡張性や柔軟性を考慮しない設計、導入後のフォローアップや改善プロセスの欠如など、多くの問題点に気づかされました。
この経験から、効果的なシステム調達のための戦略的思考や、業務プロセスとITシステムの整合性を図る能力、そして長期的視点でのIT投資効果の評価と改善手法を学ぶ必要性を強く感じたのです。
ITストラテジスト試験
学びの成果として合致すると感じたのがITストラテジスト試験でした。
これは、独立行政法人情報処理推進機構が開催する国家資格試験で、経営とITを結びつける戦略を立案する人の育成を目的として行われており、1年に1回実施されます。以下に試験の主要ポイントを簡潔にまとめます。
試験の目的:
CIO、CTO、ITコンサルタントを目指す人材の育成
経営戦略に基づいたIT戦略の策定能力の評価
IT活用による事業革新、業務改革、競争優位性の創出能力の検証
試験構成:
午前Ⅰ・Ⅱ:基礎的な知識を問う多肢選択式問題
午後Ⅰ:実践的な記述式問題(3問中2問選択)
午後Ⅱ:高度な分析力と提案力を問う論述式問題(2問中1問選択)
この試験は、ITの技術的側面だけでなく、経営戦略との結びつきを重視しており、ビジネスとITの両面から企業の成長を推進できる人材の育成を目指しています。1日間かけて行う筆記試験での合格者は、組織のIT戦略立案から実施、評価までを一貫して担える高度な専門家として認定されます。
ただし、特にこの資格が必須となる業務がある訳ではなく、また、経営戦略・企業の成長などの語句からは、一見すると自治体にはなじみのない資格に思えるかもしれません。
資格は役に立ったか?
ITストラテジスト資格の取得は、予想以上に多くの面で私の業務に良い影響をもたらしました。単なる知識の獲得にとどまらず、思考方法や問題へのアプローチが大きく変わり、自治体のIT戦略全体を見直す契機となりました。
まず、IT用語の理解と使用に関して大きな進歩がありました。これまで漠然と使っていた用語の本質的な意味を理解し、適切に使い分けられるようになりました。また、この理解不足は自治体に限らず、ベンダー側にも見られることに気づきました。
「アジャイル」という言葉を例にしますと、DX部門では単に「柔軟な」や「迅速な」という意味で頻繁に使用されていましたが、本来的には顧客満足を最優先し変化に柔軟に対応するための、原則と価値観に基づいたアプローチ、を示す用語になります。
しかし、とあるウォーターフォール(要件定義、設計、開発、テストという工程を1つずつ順番に行い、前の工程には原則戻れない開発手法)を前提とした自治体が発注するシステム開発のプロポーザル審査において、ベンダー側からの提案が「カスタマイズはアジャイルで行う」というものもありました。質疑応答では、プロジェクトマネージャーへ、そのアプローチについて質問しましたが、表面的な理解にとどまっていると感じたのを覚えています。
こうした経験から、システム選定において担当者の理解度や貢献度を測ることは、プロジェクト開始後のコミュニケーション、要求の伝達や提案の評価において重要だと感じるようになりました。
次に、システムの導入や更新に関する意思決定プロセスが大きく改善されました。経営戦略との連動や費用対効果の分析手法を学んだことで、経営層の承認を受け、プロジェクトを開始した後、システム導入作業に本格的に着手する手順を加えました。
また、単なる機能比較だけでなく、プロジェクトの成否の可能性、長期的な運用、将来の拡張性まで考慮した評価ができるようになりました。これにより、過去に経験したような使い勝手の悪いシステムの導入を避け、真に必要で効果的なシステムを選択する能力が向上しました。
さらに、IT投資を自治体の全体戦略と結びつけて考える視点を獲得できたことが大きな成果です。これまでは個別の業務効率化や市民サービスの向上のみに焦点を当てていましたが、自治体の長期的な目標にITがどのように貢献できるかを総合的に考えられるようになりました。例えば、電子申請システムの導入を検討する際に、単なる申請の受付だけでなく、データ分析による広報手段の検討や、関連手続きのレコメンドなどにまで視野を広げた提案ができるようになりました。
予想外だったものとしては、文書作成能力が向上しました(したと思っています💦)。資格試験の論述対策で培った論理的思考と文章構成力が、業務における企画書や報告書の質を大幅に向上させました。特に、非IT部門の同僚や上司にも分かりやすく説明できるようになり、部門間の協力体制の構築にも貢献しています。
具体例:自治体IT戦略の再考
多くの自治体では、市民の手続き簡素化や内部業務の効率化のために単発的にシステムを導入しがちです。しかし、ITストラテジストの視点では、自治体の長期的な目標や市民サービスの本質的な向上に寄与するIT戦略の立案が重要となります。
例えば、ある自治体でサービスを検討する場合:
従来のアプローチ:単にIoTデバイスを導入し、データを収集し、単一の事業で利用する。
ITストラテジストのアプローチ:
自治体の総合計画や個別計画における当該事業の位置づけを確認
関連部署(福祉、医療、防災等幅広い分野)との連携を考慮
データの利活用、効果測定手段を事前に検討し、システム設計に反映
導入後の効果測定と継続的改善の仕組みを組み込む
想定する効果が見込めなかった場合は、その理由を整理し、改善または撤退
結論:自治体職員にとってのITストラテジスト資格の価値
私にとって、この資格取得過程で得た知識と視点は、自治体のDX推進において小さな自信となりました。技術と経営の両面から戦略を立案し、実行することの重要性に気づけたことで、より積極的に新しい取り組みを提案し、リードすることができるようになりました。庁内における生成AIの活用などは、新しい取り組みの一例です。
総じて、ITストラテジスト資格の取得は、私個人のスキルアップにとどまらず、自治体全体のIT戦略の質を向上させる大きな転機となりました。今後も、この資格で得た知識と視点を活かし、真に市民のためになるIT活用を推進していきたいと考えています。