大山田大山脈 / 安島夕貴 _ Interview.悪意、消化不良、歌への回帰
今年2024年6月に新作『Dyspepsia Original Sound Track』をリリースした電子音楽家、大山田大山脈こと安島夕貴。不穏でエクスペリメンタルな音楽性を持ちつつも、彼女の作家性の根底には、良いメロディを作るという信念だけが力強く煮えたぎっている。その信念は、彼女を「エクスペリメンタルなエレクトロ」という枠組みから隔てる当のものであり、同時に、ジャンルの外へと向かう力の源泉でもある。
その活動の幅を電子音楽、宅録、バンドと際限なく拡張させていく彼女は、今何を考え制作を続けているのか。大山田大山脈のリリースを手がけるインディペンデントレーベル、造園計画の島崎が聞き手となり、2年ぶりにインタビューをおこなった。
『Zolpidem』、作用と悪意
──前回インタビューさせてもらったのが2022年でした。
そこからの2年間のあいだ、2022年には3rdアルバム『Zolpidem』を、今年2024年には4thアルバム『Dyspepsia Original Sound Track』をリリースされ、また並行して多数のリミックスを手がけ、同時に今年の4月には安島夕貴名義で歌ありの音源をリリースするなど、精力的に制作をされています。活動の幅がどんどん広がってきていますが、まずは一昨年前の『Zolpidem』について聞かせてください。
2ndアルバム『大山田大山脈』はビートの強い楽曲が多く、またアルバムのテーマというものがないことを象徴するようにセルフタイトルの作品でした。そこから一転して、『Zolpidem』は睡眠をテーマにしたほぼビートレスの作品でした。
安島:単純に当時ハマっていたものを作っただけですね。『Zolpidem』を作っている時はHarold Budd、Brian Eno、Naran Ratan、Aphex Twinの『Selected Ambient Works』など、アンビエントをよく聴いていたんです。なので、自分でもビートがないものを作りたくなっていた時期だったんです。あと以前のインタビューでも話した通り、音楽の「作用」としての側面にも興味があったので、「ひとつの作用として睡眠をもたらす音楽」というテーマと、アンビエントへの興味関心がうまくかみ合ったところもあると思います。
──では音楽的趣向が先にあってテーマが後からきたということですね。「睡眠」というテーマがあるものの、いわゆるヒーリング音楽のような優しい音響ではなく、不気味さを含む音響になっているように感じます。
安島:ネットを見てると「これで寝れるか?」という評判もありましたね…(笑)。でも作品を作るうえで「他人が寝るため」ということは考えていなかったです。あくまで「自分が寝るため」に作っていました。それに、自分の中に「睡眠」がテーマとしてあったわけですが、本物のヒーリング音楽を作りたかったわけではないんです。
──個人的な睡眠への感覚を大事にしていた、といったところでしょうか。前半はそこまで「怖さ」はないですが、中盤あたりから徐々に「怖さ」の度合いが上がってくる印象です。
安島:アルバムを作るにあたって、アルバム一枚を通して「悪意」がないものにはしたくないというのは常々思っています。「悪意」は絶対入れたいんです。私なりの反骨精神なんだと思います。自分で聴くものでもちょっとギョッとする要素があるものが好きですし、そういうものがないと深くはまらない。
──なるほど。ではその「悪意」のニュアンスと、睡眠という穏やかなテーマが『Zolpidem』という作品のなかで拮抗しているんですね。またこのアルバムは、「睡眠」というテーマを持っているにも関わらず、アルバム全体を通して聴くと結構展開がありますよね。
安島:展開がないと自分でアルバムを作った気がしなくて、どうしても起承転結みたいなものは入れてしまうんですよね。
──先ほど挙げていただいた作家以外で、『Zolpidem』において重要な作家はいますか?
安島:The Caretakerの『Everywhere at the End of Time』という作品には影響を受けました。この作品は、認知症が進行していく過程をテーマにした6部作の作品で、高いステージになればなるほど、病気の進行と同期するようにノイズ要素が大きくなっていくんです。Fあたりから超怖くなってくるんですよね。最初の方も好きですけど、後半の怖くなってくるあたりの音源は結構聴いていました。
──睡眠をテーマにした音源を作る上で認知症をテーマにした作品から影響を受けているというのは面白いですね。睡眠は「短い認知症」みたいなものともいえそうですよね。
『Dyspepsia Original Sound Track』、コンセプトと架空の受発注
──その後『Zolpidem』は2023年のRSDでレコード化され、今年2024の6月に4thアルバム『Dyspepsia Original Sound Track』がリリースされましたが、『Dyspepsia OST』は変わった形で制作が始まっていますよね。まず制作の経緯をおしえてください。
安島:はい。まず最初にファンの方が「大山田大山脈」という題でAIに生成させた画像がSNSで流れてきて、それを見て、「これをジャケットにして一枚アルバムを作りたい」と思ったんです。ジャケットのイメージから連想して、ゲームのサントラというテーマを決めたあと、元々ゲームのサントラの依頼が欲しいと思っていたので、自分に対してゲームのサントラ制作の「発注」をすることにしました。SNS上で『Dyspepsia』というゲームのサントラ制作の受注を受けたと発表して、アルバム二曲目に収録されている、“My eyes opened when I heard that”の初期ミックスを公開し、制作を開始しました。
──サントラ制作の依頼を受注をしたという「設定」をまず作ったわけですね。今作は架空のゲームのサントラというテーマでしたが、制作過程そのものにフィクションが挟まっているのは面白いです。ゲームの設定やイメージはあったのでしょうか?
安島:ゲームの設定は朧げな感じでしたが、とにかくタイトルを決めてそこから作曲していきました。“My eyes opened when I heard that”や、“The 10th of the ten monsters strikes again”は戦闘の場面とか、そういうのイメージはちょっとありましたけど、全部が全部そうなわけではないです。
──では曲名について聞かせてください。そもそも大山田大山脈の作品の曲名は、1stの頃は数字だけで、2nd『大山田大山脈』の頃は数字が増えすぎてしまったことで「仕方なく」簡素なタイトルがつけられ、その後『Zolpidem』では日付になり、という変遷がありますが、『Dyspepsia OST』の曲名は具体的な意味を持っているタイトルばかりです。
安島:今回は「架空のサントラ」というアルバムのテーマがあったので、曲名から、ゲームの場面であったり、登場人物の心情であったり、とにかく「何か」を連想できるものがいいなと思ったんです。架空のサウンドトラックというテーマがあったからこそ、今回初めて具体的な意味を持つ曲名をつけることができました。
──『Zolpidem』以前に制作された楽曲も収録されているとのことでしたが、具体的にはどの曲が『Zolpidem』以前に制作されたものなのでしょうか?
安島:はい。3曲目の“Return to the planet of ignorance”と、6曲目の“The color of the boiled organs is rose color”と、9曲目“Bleath of healing and remission”です。
──今回のアルバムのバラエティ豊かな雰囲気を支える曲ばかりですね。まず、3曲目の“Return to the planet of ignorance”は大山田大山脈のなかではかなり異例なことに、歌声が入っていますね。具体的にはいつ頃つくられたのでしょう?
安島:作ったのは3、4年前なので大山田大山脈を始めた初期です。初期は歌が入っているものをよく作っていた、というわけでもなくて、この曲で初めて歌を入れてみたんですけど、その時は発表する気にならなかったんです。プロジェクトデータからボーカルトラックが消えていたので、それだけ録音しなおしましたが、今回のアルバムに入れるにあたって、手を加えずそのまま出した形です。
──6曲目“The color of the boiled organs is rose color”も、ギターっぽい音が入っていたり音響がローファイだったり、今までにない曲のように感じますし、また9曲目“Bleath of healing and remission”も、大山田大山脈のなかでここまで毒気がない曲も珍しいように感じます。
安島:“The color of the boiled organs is rose color”も作ったのは3、4年前くらいですね。これも手を加えず収録しています。ギターみたいな音を作って、打ち込みで作りました。自分の中で「これはやりすぎ」というラインがあって、“Bleath of healing and remission”はそれを超えていた曲なんです。
──初期の頃は特に大山田大山脈のスタイルに統一感があったので、確かにそこから飛び出ている印象は受けます。ではなぜ、今それらの曲をアルバムに採用しようと思ったのでしょうか?
安島:時間が経って改めて聴いてよかったからというのが一番です。でも、『Dyspepsia OST』のコンセプトの方向が、「サントラ」という音楽的なムードとは別のものだったので、今までだったら収録できなかったムードの曲を入れやすくなっていたところはあると思います。
──サントラは作家のために存在するものではなく、まさに「受注」して作られるものですから、その「設定」がいきた、というところでしょうか。
消化不良、明確な感情ではないもの
──では『Dyspepsia OST』のほかの曲についても聞かせてください。個人的に4曲目”I wanna be with you, no I don't wanna be with you”の破壊力はちょっと飛び抜けている印象があります。今までの大山田大山脈のテイストを引き継ぎつつも、一つの強いメロディが曲を作っているというよりは、色々な楽器類が互いに助け合って曲が構成されている。メロディの作家としての大山田大山脈とはまた違う側面が見える曲だと感じます。
安島:この曲も『Dyspepsia OST』のコンセプトができる前にできていたものです。琴の音や中国の打楽器みたいな金物の音など、色々な楽器を入れているのは、ArcaとかTzusingとかOPNとかエレクトロニックな音楽のなかでそれまで馴染みがなかった音を入れている作家からの影響で、自分でもやってみたくなったんです。
──なるほど。エクスペリメンタルな電子音楽を咀嚼して出来上がった曲ということですね。対して、アルバムの最後の曲である”Dyspepsia”は、派手なところはないものの「これぞ大山田大山脈」という不穏で美しい仕上がりになっていると思います。
安島:「とにかくいいメロディを作りたい」というモードがしばしばやってくるのですが、”Dyspepsia”はまさにその波がきて作った曲です。「Dyspepsia」という言葉は前々から使おうと思っていて、いい曲ができるたびに「この曲が”Dyspepsia”かな?」と思ったり、それをボツにしたり、いろいろあったのですが、この曲ができた時に「これが”Dyspepsia”だ!」と確信しました。アルバムの核になるような曲ができたと思いました。今まで作ってきた曲のなかでも頭ひとつ抜けたものが作れた自信があります。
──「Dyspepsia」という語が安島さんのなかにずっと残っていたのなぜでしょうか?
安島:Dyspepsiaは消化不良という意味の言葉ですが、実際に消化不良の症状を半年くらい抱えていたことがあって、その時は本当に辛かったんです。それで症例を調べていて「Dyspepsia」という言葉を知ったのですが、その辛さを端的に一言で表す言葉が存在するんだって思ったんです。そこから「Dyspepsia」という言葉をずっと使いたいという気持ちがありました。
──なるほど。個人的な経験からきているわけですね。大山田大山脈の創作行為にとって大事な意味を持つ効能や作用という語と、「Dyspepsia」がまさにそれであるところの症状という語は、感情とは関係がない「生理学的なもの」という意味では似たものですよね。感情ではないものに興味があるということでしょうか?
安島:そうかもしれないです。そういえばわたしは「エモ」みたいな感情にあまり惹かれないんですよね。曲を聴いて高揚するとか落ち着くとかはあるんですけど、音楽の感情的な部分には興味がないんだと思います。
──確かに大山田大山脈のモチーフに明確な感情というものはない気がします。ただ、”I wanna be with you, no I don't wanna be with you”は、わかりやすい形ではないですが「感情」と関係している曲のように思います。
安島:情念的な感じはありますね。でも曲名(”I wanna be with you, no I don't wanna be with you”=あなたと一緒にいたい、いや一緒にいたくない)が示す通り、これも明確な感情ではないですよね。そもそも、一緒にいたいか一緒にいたくないか、それがどちらか片方で完結しているなら、わざわざ曲にする必要はないですから。
──「消化不良」もまさにそうした割り切れなさにまつわる語ですね。ちなみに『Dyspepsia OST』を作るうえで影響を受けたサントラはありますか?
安島:最近ゲームとして純粋にハマっているのは『原神』とか『鳴潮』とかのスマホゲームなんですけど、そういうビックタイトルのサントラは各場面に即した適切な感じはするんですけど、でもわたしが好きなのはちょっと違和感がある音楽なので、そういう意味ではビックタイトルのサントラは聴かないんです。そういうものと比較すると、前回のインタビューでも触れた『KOWLOON'S GATE』のサントラは、ゲームをやっていて気が散るくらい変な音楽なんですよね。
『Braindeadbeatsample』、リミックスワークス、再び「歌」へ
──すでに新しい音源集『Braindeadbeatsample』の制作が始まっているんですよね?概要を教えてください。
安島:はい。まずBraindead博士という人がいまして、その人はBPM120を「効能的にすごく良い」としているんです。そのBraindead博士がBPM120の曲を研究するために、色々なタイプのBPM120の曲の検体をわたしが差し出すという契約をしたんです。その検体をまとめたものをEP音源くらいのサイズでリリースする予定です。
──では今は研究対象を作っているんですね…(笑)。
安島:BPM120は私的にはやや早いんですけど、BPM120だとネズミとかもリズムにノるらしくて、動物的にもなんかいいみたいです。そのことと関係しているかはわからないんですけど、BPM120は心臓のリズムよりちょっと早いんですよね。今までわたしが作っている曲だとBPMは100とか80が多いんですけど、一枚通してずっとノリノリでいれるものはいつか作りたかったんです。そう思っていたところでブレインデッド博士と出会いました。
──ノリノリのものをずっと作りたいと思っていたのは意外です。今のところ公開している曲も今までになく「テクノ」という感じがします。そこに実際の曲群がぴったり収まっているかは置いておくにしても、テーマや企画という枠が先にあってから作曲を始めるという手法はこれで三作目です。やはり作りやすいのでしょうか?
安島:どうでしょう?でもコンセプトがあった方がモチベーションになることは確かです。活動初期の頃はもう曲を作ることが目的で、どんどんできていくからそれをまとめていくことができていたんですけど、そういうことを繰り返して枚数が多くなってくると、コンセプトが欲しくなってくるんですよね。
──それまでの作家性から逸れていたボツ曲がコンセプトを立てることで復活したことが象徴していますけど、コンセプトというものは作家性を超えているのかもしれないですね。だからこそ、制作の推進力になる。
レーベルメイトである揚へのインタビュー時にも話題に上がりましたが、現在、揚と大山田大山脈が互いの曲をリミックスする音源の制作中ということですが、手応えはいかがでしょうか?
安島:すごくやりやすいですね。揚の曲はリフが明確にあるので、それを主旋律として全部ヨイショするスタイルで進められたので、方向性をつけやすかったです。揚のメロディは全部好きですし。
──揚は大山田大山脈のリミックスからの影響でアルバムを一枚作ったという話をしていましたが、安島さんのほうでは、その後の制作活動に帰ってくる部分はありましたか?
安島:ありますね。リミックスって、例えば「このリフを使う」っていう守るべき指標というか、制約が先にあるんです。その制約を前提にして、それに対して有効な手段を選んでいく作業なので、そういう感覚、アレンジ力が鍛えられたと思います。
──SUGIURUMN、PSP Social、遊佐春菜さんと、その他のリミックスも精力的におこなっていますよね。今あげたものは揚とは違って、もともと歌がある曲ばかりです。
安島:人によってはリミックスをする際に歌をループにしちゃったりすると思うのですが、私は歌を残してそれを制約にしてしまった方がやりやすいですし、皆さん歌が良かったので、そういう意味では楽しく作ることができました。
──初めにインタビューした時は、ちょうど安島さんが歌に疲れて電子音楽を始めた、と話していた頃でした。ひるがえって、今では歌が入っている曲のリミックスをしていて、さらに安島夕貴名義で「歌もの」のソロ音源のリリースもされたばかりです。
安島:初めて歌が入っている曲のリミックスの話をもらった時は「できるのかな?」という不安があったのですが、やってみたら意外とできて、そういう形で「歌」に手をつけられるようになったのは大きいと思います。かつてバンドをやっていていたとき、一番難しかったのが人と共作するということだったのですが、リミックスもある意味では共作ですからね。大山田大山脈の初期の頃だったら、こういう話は断っていたと思います。
──リミックスを通して、「歌」と「共作」というバンドの構成要素と和解したということですね。
安島:歌に疲れていた時というのは、共作することに疲れていた時期でもあったので、時間とともにそこにあった辛さを忘れていって、また同じことを繰り返しているんだと思います…(笑)。でもリミックスを通して、自分は色々やれるんだなという気持ちにはなりました。
──安島夕貴名義での活動はどういう経緯で始まったのでしょうか。
安島:そもそも、今シングルとして出している『エンドロール』は10年くらい前に作った曲なんです。10年くらい前、バンドと並行して弾き語りをポツポツやっていた時期があったのですが、毎回失敗して苦しかったので、徐々にやらなくなっていて、実質封印されていたんです。
でも歌への興味が復活するとともに、世に自分の歌を何も残していないのはまずいなと思うようになりました。それでアルバムを作ろうと思って、しばらく一人で宅録をやってみたのですが、一人ではクオリティ的に無理だなという結論になって、昔から知り合いだった鈴木将太さんにアレンジをお願いすることにしました。音源を交換しながら共同でミックスをしながら進めています。
──ほう。それでは本格的に共作を始めているわけですね。
安島:はい。曲自体は全てできていてアレンジを固めているところです。今年中にアルバムを完成させることを目標にしています。それからThe Halcyonというバンドを始めたので、そちらのリリースも行っていく予定です。
──電子音楽方面では大山田大山脈、宅録、SSW方面では安島夕貴、バンド方面ではThe Halcyon、ちょっと信じられないペースで活動が広がっていますね。今後それぞれのプロジェクトがどうなっていくのか、楽しみにしています。
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