競馬短編講談『ライザン』
JRAの全日程が終了。
ホープフルSを勝ったクロワデュノールには、イクイノックス、ドウデュース並みのスター誕生の予感がする。
そして、母ライジングクロスから、ようやく大器が現れた。実は今から13年前に相当な資質を秘めた産駒を輩出していた。クロワデュノールのホープフルS優勝を記念して、その兄ライザンの短編講談を披露します。
競馬講談『ライザン』
勝てなかった馬がいる
種牡馬になれなかった馬もいる
そんなサラブレッドたちの行く先を
聞いてはいけない
と先人から教わった
きっと 悲しい現実がある
きっと 競馬の厳しさに辟易する
だから喝采した思い出さえも
記憶の彼方に忘却した覚えは
競馬ファンなら数えきれないはずだ
あの馬はどうしているだろうか
あの馬に会いたい
そんな普通の感情を
これからは口にできるようになった
あす競馬があるから
悲しみを乗りきれた
サラブレッドが走るから
勇気をもらった
そんな思い出がありませんか
馬は人のために
人は馬のために
サンクスホースプロジェクト
ライザン。父ネオユニヴァース、母ライジングクロス。矢作厩舎。その血の配合にファンは沸き立った。
「母父がケープクロスや」
父はダービー馬。もちろん、日本を代表する種牡馬の一頭。数々の名馬を送り出している。サラブレッドを語る上で、もっとも重要なのは種牡馬。しかし、それと同様に重視されるのが、母の父、ブルードメアサイアーと云われている。例えば、ディープインパクトにはストームキャットであり、ステイゴールドにメジロマックイーンといった相性がある。同じようにネオユニヴァースにも好相性の馬がいる。ドバイWCを勝ったヴィクトワールピサを輩出したのが、ケープクロスの血だった。
「矢作厩舎やし、世界規模の馬にまで期待したいな」
調教師の矢作芳人は、目標のレースは「エプソムダービー」と公言する海外通で、これまでもディープブリランテ、 グランプリボスのGⅠ馬は海外挑戦をさせているだけに、ライザンの血、厩舎の志向としては、活躍次第では、それは決して夢ではないと思えた。
その素質は二戦目に爆発する。デビュー戦は3着に敗れるも、評判のアトムと、後のGⅠ馬ミッキーアイルに迫るもので、次は確勝と目されていた。
2013年9月21日。阪神競馬場、二歳未勝利戦。芝千八。
ライザンは二番人気に推されていた。鞍上は福永祐一から岩田康誠に乗り替わっていた。福永はこのレース一番人気のローハイドに騎乗した。その乗り替わりが、ライザンの本能を呼び覚ます。
初戦は中団から脚を伸ばしたが、この日は行く馬がいないと見るや、岩田康誠の好判断。ゲートを飛び出るや先頭を奪う。気持ちよく、ただただ我が道を行く。青鹿毛の馬体は陽光に照らされ、その輝きは眩いばかり。見ているものの視線をくぎ付けにする。直線向いて、海老、黒縦縞の勝負服、岩田の腕も体も微動だにすることはなし。それでもライザンの速さは増しに増し、後続を突き放す。上がりはなんと、11秒ー11秒ー11秒5。誰も尾も、影さえも踏ませぬ圧勝劇。
「瞬発力がハンパない」と岩田が舌を巻けば、
「無理をするような馬じゃない」
と矢作も先々見据える言葉を発した。
だが、ライザンの輝きは、この日が最高潮だった。
あの日から勝つことはなかった。それどころか、先頭を走ることさえも1度あっただけだった。
ライザンに何があったのか分からない。凄い能力があっても、血の裏付けがあれども、サラブレッドは勝たなければ、名を残すことも、血を残すことも、いや、その生命を保つことも出来ない。
だが、ライザンは今もファンとともに生きている。世界さえも夢見られたほどの馬に、今の競馬ファンは生命を宿すことができる。そして、あのピッカピカのライザンに会うことができる。
重賞を勝てずとも、ファンはいるのだ。
『ライザン』の一席。