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読む長澤まさみ講談『分身〜ビューティフルマインド』
『分身』
「長澤まさみを、オードリーヘップバーンや原節子のような伝説の女優として未来永劫、講談で語り継ぐ」のは夢。
「長澤まさみに取材して講談を創る」のは目標。
講談師の旭堂南鷹は、それを毎日呪文のように唱えて、ひたすらに長澤まさみ講談の創作に勤しんでいる。ある日、携帯が鳴った。見知らぬ番号が表示されている。普段なら出ないことも多いが、風の知らせか迷うことなく、通話ボタンを押した。
「長澤まさみですけど」
「えっ」
驚きはしたが、疑うことなく、長澤まさみ本人だと信じた。
「取材の日時ですけど」
えっ、えっ、マネージャーが調整するのではなく、本人が窓口になって決めるのかと戸惑ううちに、日にちが決まった。
その日、僕は長澤まさみが指定した時間と店に行く。店員に名前を告げると、「おまちしておりました」と奥に通される。ガチャリと扉が開くと、全面鏡に囲われて、強烈な光りを放つ照明が、鏡に反射して目が眩み、目を開けるのも苦痛なほどで、長澤まさみがどこにいるのかも確認出来ない。
「どうぞ」
と声する方に指し招かれる。ガチャリと扉が閉まる音。長澤まさみと南鷹の二人きり。少し、目が慣れてきたのか、ようやく薄らぼんやりと長澤まさみと思しき人の姿が見えてきた。黒のノースリーブのボディコンというシンプルさこそが、その肌の透明感、身体の曲線を際立たせ、纏う衣より、浮かび上がりし、ひと型こそが何にも増して華美な召し物になる。
「はじめまして、長澤まさみです」
これまで触れた事のない醸し出す空気はオーラというに相応しく、長澤まさみ自身が発光体のように輝く。辛うじて声とシルエットは、映画や芝居で観た長澤まさみに違いはないが、まだ顔にピントが合わない。
「はじめまして、講談師の旭堂南鷹と申し」
「知っています。ちゃんとプロフィールも動画も見せてもらいました。あまり時間がないので、本題に入りましょう」
穏やかな口調にも、時間を合理的に整理出来る知的さと、無駄な質問を寄せつけない芯の強さがあった。南鷹は、以前出演した映画〝天外者〟の時に、主演の三浦春馬にも感じた、絶妙な距離感の作り方を感じた。ソファに腰を下ろして、質問をまとめたノートを取り出して、長澤まさみの方を見ると、ようやく光と目の調節が合った。顎を少し引き、南鷹を真正面にして、瞳は黒々と大きく煌き見据えている。鼻筋の凛々しさとは裏腹に、鼻腔に力なく、口角も緩く結ぶ、どこか不安の面持ち。たしか、何かで人見知り気質と読んだことがある、南鷹は出来るだけ笑顔絶やさず、質問を丁寧にした。15分ばかり、空気は和み、この独特の部屋の雰囲気や光にも慣れはじめたころ、
「どこ見てるんですか」
明らかに長澤まさみの声色が変わった。
「えっ」
と驚いて見ると、部屋中の鏡に反射した、長澤まさみの顔、ソファにダラっと垂らしたままの両腕は筋肉の緩みがほどよく艶かしく、そして、意外と肉づきのいい艶っぽい腿が露になっている。分身の術にでもかけられたかのように、それらの細切れとなった長澤まさみが、部屋中いっぱいに散らばり、四方八方から、
「どこ見てるんですか、そんな目で見ないでください」
と長澤まさみの声が次第次第に、僕を囲み、じわりじわりと逃げ場が絶たれた。
「そんな目で見ないでください」
「すみません」
南鷹は布団から荒い息とともに飛び起きた。
取材が出来る正夢か、はたまたすでに夢潰える悪夢のはじまりか。
聴く長澤まさみ講談『分身』
https://youtu.be/qIArtO5NLhU