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こたつ講談『大谷翔平〜最初の50』
創作講談『大谷翔平〜最初の50』
2024年10月19日、ローンデポパークに、鋭い打球音と同時に、それをかき消す大歓声が沸いた。この試合の先頭打者、大谷翔平のバットから快音が響く。二塁打となり、ドジャースは先制のチャンスを迎えたが、この後に起こることへの期待は、敵味方に関係なく、この試合の行方以上に期待されるものであった。その注目の大きさは二塁塁上に立つ大谷自身も分かってはいるが、ここに来るまで、その数字や、目の前に迫る大偉業のためにやってきたのではない。ひたすらに目の前の一勝のために、そしてワールドシリーズ制覇のために積み上げてきたものだ。だから、大谷翔平は、この瞬間にも我を忘れることはなく、今までと変わらぬ気持ちでいた。もしかしたら、この瞬間、最も冷静でいたのは大谷翔平自身だったのではないだろうか。
塁上から眺める景色、そして次の塁への意識、何も変わらないが、ここに至るまでは、決して易き道ではなかった。
丁度一年前、右肘にメスを入れた。大谷にとっては二度目の手術だった。大谷自身、手術をすることもプランとして入っていたが、予定していたより少し早かった。とはいえ、悲観することはない。早い時期から、クレイトンマッカラーコーチに、
「来年は投げられないので、盗塁を増やしたい」
と願い出ていた。そのためには、
「怪我をしない身体づくりが必要だ」
とクレイトンマッカラーは大谷に意見をすると、
「昨年、脇腹を痛めたときの経験があります」
と大谷はコーチに、その方法を説明した。
「例えば?」
「脇腹のことでいえば、屋外でのフリー打撃をシーズン中に一度も行わなかったです」
クレイトンマッカラーは、
「翔平の自己分析力は素晴らしい。そこを自己制御出来る人間はなかなかいないよ」
大谷の俯瞰の目というものに感心するばかりだった。
「歳を重ねるごとに、経験するごとに、これをやればこういう風になるという改善策がわかってきました」
クレイトンマッカラーは、その言葉にまた驚かされた。
「翔平のすごいところは、ずば抜けた身体能力はもちろん、情報処理能力だね。全ての経験を保存して上書き出来る、その頭の中の仕組みを知りたいよ」
こうして、クレイトンマッカラーとともに、走塁へ対しての心技体を磨いていった。その関係はグラウンド内だけには止まらない。屋内では、相手ピッチャーの動画を繰り返し見ては、
「このピッチャーの肘の動きに癖があるよね」
と互いに意見を出し合ったが、クレイトマッカラーより先に癖を見抜くこともしばしあった。もちろん研究ばかりでは盗塁は出来ない。技術の向上には、より心血を注いだ。重心の移動を何度も試して、スタートの切り方に工夫をこらす。走るフォームにまで着手した。そして、それらを撮影して、タブレットで見るだけではなく、タイムウォッチを片手に映像を見ながら精度を高めていった。
相手投手はカブレラ。癖は見切っている。カブレラがモーションに入ると、重心を三塁方向へと移動させ走った。日本人離れした大きな上半身と長い足、速いとは感じさせないが、実際は速い。キャッチャーは真一文字に三塁へ送球する。大谷は完歩も完璧に、三塁手のタッチを潜り抜け、右足でスライディング。タッチは及ばず、塁審の判定は「セーフ」。大谷は手を叩いて喜びを表した。2001年のイチロー以来、日本人2人目の50盗塁達成の瞬間であり、前人未到の50-50へ向けて、あとホームラン2本。いよいよカウントダウンがはじまる。
◼︎こたつ講談とは?
近年、取材をせずに、テレビ、新聞、ネットの情報などから記事にすることを〝こたつ記事〟と呼ぶ。こたつ講談もテレビ、新聞、雑誌やネット情報から短編の講談として書きあげ、取材を前提としたデモ版、パイロット版として使用するもの。