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読む長澤まさみ講談『寝たふり〜ビューティフルマインド』

『寝たふり』

 姉夫婦が、結婚記念日で高価なディナーを食べに行くらしく、かわいそうにひとり息子の甥っ子は、私のところに預けられることになった。会社では若い女子社員からは、オバサン扱いされる私を、「おねぇちゃん」と呼んでくれるし、何をやっても喋っても、ケラケラ笑う甥っ子は、とても可愛いし、見ていて飽きない…とは言っても、私にゃ、3時間が限界だー。ねーちゃん、早く迎えに来てよー。だいたいディナーなんて、2時間くらいで終わるもんでしょ。もう4時間半だよ。
「2人目作ってんじゃないわよー」
という叫びは胸中におさめ、とにかく寝かせるために、絵本を読んでみることにした。最初のうちは、声色を変えたり、擬音語で遊んだりして夢中だったが、所詮は子どもだ。しばらくすると静かになり、寝息が聞こえはじめた。私はそっと布団から抜け出して、電灯を消そうと立ち上がると、
「クククッ」
といたずらっぽい甥っ子の笑い声がした。やられた。子どもの寝たふりを見抜けないなんて。
「こいつ〜」
と少し腹立ちながら、甥っ子の脇腹をくすぐって、ゲラゲラ笑うのを、私の体ですっぽりと包んでしまった。しばらくすると、妙に静かになり、強い力で私を押しのけた。そのとき、甥っ子は、頬を膨らませて怒った顔を作っていたが、その頬は赤らんでいた。
「そっか、男の子だもんね」
 私は無造作に抱きしめたが、彼にとってはお母さん以外の異性の柔らかさを初めて感じた瞬間だったのだ。甥っ子は、それなりプイッと私に背中を向けた。少しの申し訳なさと、このまま寝静まってくれれば助かるという気持ちが半々で、私も目をつぶり、神経だけは甥っ子のいる右側に集中させ気配を感じるようにしていたが、よほど恥ずかしかったのか、微動だにしなくなった。でも、息のリズムは一定ではなく、まだ寝ていないのは分かる。
 結局、気になってしまうのは私の方で、彼の背中をチョンと指でつついては、寝たふりをする。そんなことを二度三度繰り返すうちに、やっと甥っ子に動きがあった。私は恐る恐る、彼より遠い左目を開くと、さっきと同じような照れ隠しの膨れっ面の甥っ子が、私を見ていた。たまらなく可愛くて、私はまた彼を私の身体に包んだ。

聴く長澤まさみ講談『寝たふり〜ビューティフルマインド』
https://youtu.be/8DuY_ZIn10w

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