おそらく多くの人々にとって電気自動車は環境に良いイメージがあるだろう。しかし、それは電気自動車の製造会社等からによるプロパガンダのせいであり、実態は環境に悪い。その理由をここに記していく。 1つ目は、日本の場合は発電方法の約8割は火力発電であり、世界全体でも約6割もある。脱ガソリン車の結果、火力発電で賄われた電気で走る車も当然環境に良いとは言えない。 2つ目は、リチウムイオンバッテリーは重いためである。同じような性能の車を製造すると、電気自動車はガソリン車より車の重さが数
おいらはふとした時に「なぜこの世に生きているのか」と考えることがある。その疑問の答えは当然、「親から生まれたから」だ。その原因も考えると「祖父母が生まれたから」だ。このように原因を極限まで追求すると「人類が誕生したから、動物が誕生したから、地球が誕生したから...」となり、最終的には「ビッグバンが発生したから」に収束する。ビッグバンが宇宙(この世)を発生させ、時間、空間、物質、意識と様々なものが出来上がった。 ここで不思議に思うことがある。それは「なぜビッグバンが発生したか
「若者の投票率が低すぎて問題だ!」のような意見はよく聞く。民意が反映されにくくなったり、組織票が有利になると言った問題が発生するからだろう。では一部の国のように投票義務制を導入すれば良いかのか?おいらはそれには反対だ。 その理由は、大多数の若者(中年層も相当な割合だが)が政治に興味がないからだ。インターネットの政治界隈では政治について様々な言論が繰り広げられているのが当たり前なため、そこに入り浸っているとつい錯覚しがちになるが、リアルの社会では政治に興味がある方がむしろ少数
「時間は大切だ」「時間を有効活用しよう」など時間の無駄を省こうとする旨の言論はよく聞くだろう。では時間の無駄とは何だろうか? 例えば受験生で大量の勉強時間が必要となった場合、勉強以外の時間は無駄だろうか?答えは否。睡眠時間を多く取ることで脳の働きは良くなる。それには適度な運動や良質な食事も効果的だ。このように複数の手段によって目的が達成される場合、それら全てにかける時間をバランスよく取ることが大切ということは納得してもらえるだろう。逆に目標に関係ない物事にかける時間は基本的
日本に於いて義務教育は中学校までだ。建前上は高校以降は学ぶ気がある者が、任意で通う事ができるとされている。ただ、実態としては「高校も義務教育のようなもの」「大学も経済的な余裕があるのなら進学するべき」との考えが現状の風潮である。 しかし、そのような風潮の中で高校以上の学校に進学した者の内、本来求められる学力を身につけている者は2割程度に過ぎないだろうと、主観的ながら感じている。高卒の学歴を持つ者は「本来ならば」文系なら歴史や政治について高度な理解が求められ、理系なら微分積分
反日って愛国者からボコボコに非難されるが、日本を嫌いになるには「公権力から不法な取り調べを受けた」「日本の政治に不満がある」など各個人にも理由があるのに、事情も聞かずに一律に否定されるのは少し可哀想だと思った。 ※おいらは日本嫌いじゃないよ!両者から一歩引いて俯瞰してみただけ。
現代(資本主義)の次の経済体制ってなんだろう。共産主義は30年前くらいには既に資本主義より劣ると実証されてしまったからな〜。 でもベーシックインカムの時代になれば、また共産主義に近い経済体制になりそうだ。競争がないのに皆んなそれなりに豊かって、まんま共産主義の理想じゃん。
ついさっきTwitterでレスバをした。「常識的な行動」の責任の所在について揉めた。結果は丸く収まり、和解(?)のような雰囲気になった。 ただ、もうネットでレスバはやめようと思う。その理由を書いていく。 1つ目は、精神衛生上良くないからだ。四六時中レスバのことで頭を埋め尽くすのはストレスも溜まる。建設的な議論ならともかく、低俗な暴言、暴論の相手もしなければならないから大変だ。 2つ目は、時間がなくなるからだ。さっきのレスバだけで7時間くらいはかかっている。時間の無駄だっ
現代社会は個人を非難することは多いが、個人を守ることは少ない身勝手な存在だ。少数派の身勝手は許されないとされながら、多数派がこの様ではどんぐりの背比べである。 非難されることも視点によって正当化されるから、極論としては行動を制限するものは物理法則と法を中心としたルールだけ。
多数派が絶対的正義?ナチスドイツのヒトラーも革命で政権を乗っ取ったのではなく、民主的な選挙で権力を得た。しかし現代では野蛮とされている。現代社会も未来の社会からすれば野蛮である可能性も念頭に入れて欲しい。
ネット民って海外の常識押し付けられると「ここは日本ダ〜!」とか言って全力で拒否してくる癖に、気に入らない界隈見つけると「常識がない!💢」「民度が低い!💢」って感じで攻撃する奴ら多い。 世界⊃日本⊃界隈 この構図が理解できれば、奴らの滑稽な棚上げに気づくだろう。
児童労働はなぜ完全悪と見做されるのか。親が無理やり働かせて搾取するのは理不尽だからしてはいけないと思うが、お小遣い稼ぎたいキッズがバイトするのは別に悪いとは思わないね。まあ、キッズが企業から必要とされているのかはまた別として、法律で禁止するのは間違ってるのではないか...
「人を見た目で判断するな」って言ってる人も身だしなみ整えてるのはなぜ?結局は見た目も大事ってことでしょ。入試とか就職の面接で身だしなみ整えずに行ったら相当まずいし、多分落ちるよね。身だしなみ適当って中身も怪しいもん。つまり見た目からでも、多少は中身の判断が可能ということ。
ヴィーガンって自己だけで完結させる穏健派もいるけど、他人に押し付ける過激派もいるじゃん?でもライオンみたいな肉食獣もシマウマみたいな動物を狩ってる訳でさ、その過激派の方は肉食獣にも怒ってるの?もしそうだとすると、過激派ヴィーガンの保護の対象は草食獣だけか...
日本に於いて一人一票の原則は、憲法第44条で定められている。文字通り、誰かが複数の票を投じることができないということだ。これは一見公平に見えるが、本当にそうだろうか。この記事では一人一票についてやや否定的な立場で意見を述べていく。 まず、貧困層と富裕層では納税額に雲泥の差がある。国は税金によって運営されているのに、富裕層が貧困層と同じ票数しか投じることができない。これにはあまり公平だとは思えない。ただ納税額に比例して票数を獲得するようになると、大多数の貧困者が虐げられるよう
おいらは2023年の12月からnoteを始めている。忙しい時は投稿頻度が下がったりしていたが、そうでない時には積極的に投稿してきたつもりだ。そして、ついこの間ビュー数が4桁に突入した。ビュー数に対するスキ率(高評価率)は20%強だ。我ながら、開始から2ヶ月の割でこの実績は順調であると思う。この記事においらがnoteを始めた理由を記していく。下の写真は現在のおいらのアクセス状況だ。 まず1つ目の理由は、文章の作成が得意だからだ。その能力は中学生の頃から大量の文章を書き、徐々に