「夢華録」の覚え書き(一)
普段テレビドラマは観ないのですが、WOWOWで放映中の「夢華録」は自分が専攻する北宋が舞台なものだから、興味深く鑑賞しています。背景や設定などについて、気がついたことをメモします。
「夢華録」
孟元老の書いた『東京夢華録』を踏まえた題名です。孟元老は北宋の末期、東京で暮し、宋朝南渡の後、在りし日の東京の繁栄ぶりを懐かしんでこの「首都繁盛記」を書きました。
孟元老その人については情報が乏しくてよくわかりません。『東京夢華録』は文章が稚拙で非常に読みづらい書物なのですが、さいわい入矢義高先生をはじめとする東大東文研の先生方による素晴らしい翻訳があります。もとは岩波書店から出ていました。現在では平凡社東洋文庫に収録されています。
宋代
西暦で言うと960年に興り1279年に亡びた漢民族王朝。国号は「宋」ですが南北朝時代、南朝に興った宋と区別するため特に「宋代」と呼び、また皇帝の苗字をとって「趙宋」と呼んだりもします。
五代末の周の趙匡胤が、節度使の中から推戴され、周から禅譲を受けて建てた王朝です。開封を都とし、中原(黄河中流域)を確保していた時期(960〜1127)を「北宋」と呼び、満洲族に敗れて南渡し、杭州を臨時首都とした時期(1127〜1279)を「南宋」と呼びます。最終的にモンゴルに敗れて滅亡しました。ドラマは北宋を舞台としています。
東京
世界のメガロポリスTOKYOのことではありません。「とうけい」と読むのが穏当でしょう。現在の河南省開封市に置かれた北宋の首都のことです。
中華王朝はしばしば都を複数置きました。複都制といいます。北宋では
東京開封府
西京河南府(河南省洛陽市)
北京大名府(ペキンではありません。今日の河北省邯鄲市大名県)
南京応天府(ナンキンではありません。今日の河南省商丘市)
つごう四つの都が置かれました。ただし中心となるのはあくまで首都開封です。
中国を南北に繋ぐ大運河を利用しやすい位置にあったため、唐のころから次第に発展し、北宋の首都が置かれた時期には人口百万を数える大都市となりました。ドラマはそういった東京開封府の繁栄を背景として展開します。
趙盼児
Wikipedia日本語版の「夢華録」のページにある通り、このドラマは元代の雑劇「趙盼児風月救風塵」を原作としています。ただしドラマ全体がこの戯曲を踏まえるのではなく、最初の方にあった、趙盼児が宋引章を周舎の手から救うエピソードが雑劇から採られた、ということのようです。
ドラマでは頭の切れる颯爽とした女主人公ですが、原作ではどうなのやら。雑劇の知識はありませんのでよくわかりません。
孫三娘
北宋が舞台となればどうしても水滸伝との関連が想起されます。孫三娘とは、“母夜叉”孫二娘(旅人を殺めて人肉饅頭を売る居酒屋の女将)と“一丈青”扈三娘(双刀を操る美人戦士)とを掛け合せた名前でしょうか。腕っ節の強いキャラクターにふさわしい名前ですが、演ずる女優さんはちょっと可憐すぎるように思います。
附記:後日「顕微鏡下的大明之糸絹案(天地に問う)」を観て、豊碧玉役の女優さんが孫三娘を演じたらぴったりのはまり役だろうにと思いました。
あれ?
女性登場人物がだれも纏足してない。纏足の風習は唐代に始まったから宋代のドラマに纏足した女性が出てきてもよいはずなのに。良家の子女である高慧など纏足でも不思議ではない。
まぁ纏足するとほぼ行動力を失うから、このドラマの「自力で自由に生きる女を描く」という趣旨とはまるで相反するわけで、きっとこのまま無いものとして進めるのでしょう。
銭塘
ドラマは趙盼児が銭塘で営む喫茶店から始まります。銭塘江は海嘯で有名な川ですが、地名としては銭塘県、故地は今日の浙江省杭州市となります。杭州は宋の時代には二十万戸の大都市となり、宋朝が南渡した際には首都となりました(南宋の首都を臨安と呼びますが、臨時首都という意味です)。
江南
長江下流域の南岸一帯。南北朝時代、中原から南下してきた漢民族によって発展し、文化的にはむしろ中原よりも進んだ面がありました。ドラマの発端で顧千帆が田舎呼ばわりをしますが、どうしてなかなか賑やかな土地だったはずです。趙盼児も孫三娘も、東京の食文化に対する江南の優越感が背景にあって、それで東京に店を始めたという描写がありました。
皇城司
宋朝一代の歴史を述べる正史『宋史』の巻百六十六、職官志六に「皇城司、……宮城出入の禁令を掌る」とあります。治安警察あるいは秘密警察といった役職でしょう。顧千帆は皇城司指揮という役柄で登場します。蕭欽言からは下っ端呼ばわりされますが、実際のところどの程度の身分であるのか、もう少し調べてみないと確かなことは言えません。
活き閻魔
原語では「活閻羅」となっているようです。水滸伝の“活閻羅”阮小七が想起されます。阮小七はやや無鉄砲ながら案外こまごま気の回る男ですが、顧千帆は、さて、どうなのでしょう。
(二)へ続きます。
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