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ハリー・ポッターと炎のベンチャー part5 配属

「もし話を進めたいなら、最低でも半分だな。半分にまで減らせ。」

アルビノのように白い肌と、鼻の欠落した顔、オールドファッションな魔法使いの着る黒いローブが対峙する者を威圧する。

テーブルを挟んでこの異形の男に相対する者は、白いTシャツにジーンズを身にまとっている。しかしこの場の雰囲気は、彼の服装のように軽快なものでもないようだ。

ここはとあるM&A仲介企業の一室。この企業は先端魔法技術を活用したM&Aコンサルティングを謳うベンチャー企業だ。従来型の仲介に加えて、魔法技術を活用したマッチングプラットフォームも多額の資金を投入して開発したところだ。

とはいえ、景気のいい話ばかりではない。マッチングプラットフォームは期待通りのパフォーマンスをもたらさず、結局は従来型の営業で地味に契約を稼ぐ戦略にシフトせざるを得なくなった。顧客基盤の弱いブティックファームが生き馬の目を抜くM&A業界で生存するというのは大変なことだ。

「愚策だったな。今の社員数と同じだけ新卒に内定を出すベンチャー経営者がどこにいるというのだ。この人数を一人前のソルジャーに育成するだけのリソースがお前の会社にあるというのか?しかも、なんだあのマッチングサービスは。無形資産に計上しておるが、減損するべきだな。」

黒いローブの男は、しわがれているがどこかに凄みを感じさせる、冷淡な声で詰め寄る。

Tシャツの経営者のほうはすこし気圧されながらも答える。

「最終的に2割残ればいいほうだと思って採用してますよ。新卒なんてあっけなく辞めるもんですからね。今回も3年間で5割ほどやめるんじゃないかと思って...。マッチングサービスについてはそうですね、まあ申し上げることはないです...。」

黒いローブの男の口調が凄みを増す。

「収益に貢献しない固定費どもを3年間も飼い続けるつもりか?3年後に資金繰りで泣きを見る羽目になってから我輩に助けを求めるつもりか?」

黒いローブの男は書類に目を通しながら、しかし時折書類の上端越しに白いTシャツの男に冷たい一瞥をよこす。

「とにかく、身売りをしたいなら我輩に対する誠意を見せることだ。」

~~~~~

僕はハリー・ポッター。ここは、アズカバン・ヨットスクール。尊敬する人は金持ちマルフォイ。

意識が戻った瞬間はそんな記憶しかなかったが、徐々にこの施設に着いてからの出来事が頭によみがえり始めた。

そうだ、ドビーはどうなったんだ??最後に覚えているのは、彼と思われる悲痛な叫び声と、壁に激しく何かがぶつかる音。おそらく自傷行為をしていたのだろう。

あたりを見回すと、人財トロールがこちらを見ている。そういえばこんなのが人事部にいたんだったな。

「お、目が覚めたかな。」

人財トロールが不自然な笑みを浮かべる。

「君は今日まで、研修の最終日まで眠っていたんだよ。今日までいろいろな研修を受けるはずだったんだ。例えば壁と名刺交換をずっと続けたり、穴を掘って埋め戻したり....。」

異常な研修はまだまだラインナップがあったらしい。それよりも...

「ドビーはどうしましたか?」

人財トロールは表情を変えず、ニコニコしながら僕の質問に答える。

「ああ。ドビー君は我が社との主従関係から外れたので、ジョインしないことになった。残念だよね。まあ、そういうメンバーはどこの会社にもいるものだから、あまり終わったことを考えないように。」

話を切り上げたがるときの口数だな、と考えながら、ドビーについての最後の記憶を手繰り寄せる。彼は確かあのとき、「自分の判断によって、僕(ハリー)からの信頼を失う」というようなことを叫んでいた。

僕はあのとき最高レベルの電流を食らう段階に至っていたはずだから、ドビーはしっかりとクイズの教師役を継続していたということになる。

ドビーは会社からの残酷な期待に応えるほどのメンタルを持ち、やり遂げたことになるが、そんな彼がどうしてあのように発狂したんだろうか?会社の求める社員像と合致しているように思うけども、なぜ主従関係解約なんて話になったのだろうか?

主人からの衣服の贈与といった行為がなければ、主従関係の解約はできないというのがしもべ妖精の不文律のはずだ。それに仮に贈与があったとして、ドビーに発生するのはあくまで解約権であり、わざわざ自分で退職する義務はない。

そこで僕は、ディメンターの存在を思い出した。もしかして、ドビーはあの女の子のように、ディメンターから即効性のある洗脳を施されでもしたのではないか。

ドビーは、例えば何か「倫理的に重大な判断」の責任が自分に所在しているのではないかと思い込むよう思考を誘導され、しもべ妖精にもかかわらず自分の判断で残虐な行動を取ってしまったと思い込まされる。

自分はしもべ妖精という存在の特性上も、あるいは倫理的にもこの場を去るべき存在だと思い込んでしまっているため、会社からの贈り物を疑いなく受け取ってしまい、解約が成立する。ドビーは精神崩壊した状態で自ら会社を去る。

謎なのは、ドビーといい先の女のといい、なぜディメンターがそんな自主退職を促すようなことをしているのか...?会社はなぜ看過しているのか?ということだけども。

人財トロールが再び口を開く。

「君は社会人常識クイズの途中で倒れたようだけど、自分から苦しい役を買って出るというのは大変すばらしい。他の魔法学校卒の子は耐えられなかったみたいだよ。」

思った通りだ。やっぱり魔法学校卒でも肉体的な苦痛を厭わない姿勢がいい意味でギャップとなって人事部に評価されているようだ。

ドビーへの心配よりも自分の賞罰のほうに意識が向いていることは自覚していたが、恥ずかしいことだとは思わなかった。ドビーはよくやってくれた。僕は彼の遺志を引き継いでうまいことやっていくんだ、と言い聞かせる。

合理化っていうんだろうか。そうとでも考えなきゃこれから生き残れないだろう。

「帰社したら早速配属の決定通知があるから、心の準備をしておくように。」

~~~~~

アズカバン・ヨットスクールを出てしばらくバスに揺られ、本社ビルに着いた。

肉体的にも精神的にも皆クタクタの状況だったが、人事部はそんなのお構いなく、研修の様子も踏まえた配属をこれから通知するようだ。

ミーティングルームに全員が集まる。改めて見回してみると、研修に出発する前よりさらに人数が減少しているようだ。あの女の子とドビー以外にもリタイア組がいるらしい。

きっと、脱落者には魔法学校卒も多く含まれていることだろう。そうなると、僕が魔法系の技術を活用できるチームに配属される可能性が高まったことになる。

自分でも少しこの打算的な発想が嫌になったが、とにかく僕は生き残ったんだ。金持ちマルフォイへの道を着実に歩んでやる。

ちなみに、配属先は僕の希望する魔法技術系のほかに、フィールドセールス、インサイドセールス、バックオフィスなどがあった。この中で、次のキャリアも踏まえると花形はやっぱり魔法技術系とフィールドセールスになる。

ドアが開き、人財トロールが手におかしな帽子のようなものを持って入ってきた。(ちなみに、僕と面接をしてくれた社員の人はこの数日間で退職したらしい。)

あの帽子は...。見覚えがあるぞ!組み分け帽子だ。あいつ、ホグワーツ学校法人と法外な条件で業務委託契約を結んでいたんじゃなかったっけ?そんな莫大な固定報酬があるのに、こんなところでも副業をしているのか?

人財トロールが口を開く。

「えーみんな、研修本当にお疲れ様だった。この研修をやり通した皆は着実に力を伸ばしたと思う。でも、本当の"人財"になるのは、これから。研修の様子を踏まえて、みんなの力を最大限に発揮できる場所で活躍してもらうことになるから、今日の配属はそういう意味でポジティブにとらえてほしい。」

ポジティブってのも使い勝手がいい言葉だな、と思った。

「配属の決定にあたっては、皆の研修の様子をこの組み分け帽子先生にお伝えしてあるので、お力添えをいただきます。先生、自己紹介のほうをお願いいたします。」

人財トロールからのバトンタッチを受けて、組み分け帽子が口を開く。

「エット...。皆が今年の新入社員ってコト...?よろしくね...。じゃあ、早速皆の組み分けを決めちゃえー!!」

違う。ホグワーツにいた組み分け帽子とは絶対に違う個体だ。本物はこんな情弱みたいな喋り方はしない。きっとこのベンチャーからべらぼうに安い年俸を提示されても特に疑うこともなく契約を結んでしまっているに違いない。組み分けってのは人事系でかなり年収交渉をしやすい特殊技能なのに。

人財トロールが思い出したように付け加える。

「あ、そういえば。今年度は魔法技術職とバックオフィスへの配属は行わないことになったから、よろしくね。やっぱりベンチャーってこういうの柔軟に対応していく必要があるからさ。」

何だって?

僕は耳を疑った。これじゃあいくら魔法学校卒の生き残りが少なくて、僕が人事部にアピールできていたとしても...。

「全て無駄だった...ってコト!?」と思わず情弱のような声を出しそうになるが必死に抑える。もう会社に魔法系のキャリアを期待するのはやめよう。マホなり社長の魔法エンジニアスクールに通って未経験から魔法エンジニア転職するしかない。

せめて、この会社では花形のフィールドセールスにでも配属されてくれないかな。インサイドとフィールドでは年収に倍近く開きがあるもんね。

そんなことをぼやぼや考えていると、組み分けが始まり、ものすごいスピードで配属が決まっていく。ほとんどインサイドセールスみたいだけど、これ大丈夫なのか...?

いよいよ僕の番になった。頭に組み分け帽子が乗せられると、組み分け帽子はさも適当そうな感じで結果を告げる。

「ウ~ン...。インサイドでオッケー!!かも!」

こうして僕の職種と年収は決定された。あの組み分け帽子は焼却したほうがいいと思う。

30分ほどで一通り組み分けが終わった。フィールドセールスに配置されたのはわずか数名しかいなかったように思う。

就活をしていたころの自己イメージと全く異なる結果に、困惑するしかなかった。

人財トロールが口を開く。

「組み分け帽子先生、ありがとうございました。じゃあ皆、配属についてはこういう形で決定になったから、"ポジティブ"に頑張っていこうな。明日から早速OJTだから、しっかりキャッチアップして少しでも早くバリューを出せるように。」

ドビー、君とタッグを組んでアズカバンから脱走するべきだったのかもしれない。でももう遅い。

組み分け帽子がなにか含みのある表情をしていた気がするが、もうどうでもいい気分だった。

僕は明日からの労働に備えて、帰宅した。

(続)















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