ハリー・ポッターと炎のベンチャー part1
僕はハリー。ホグワーツ魔法魔術学校を卒業し、今日から晴れて社会人だ。
「アット・ホームな、環境です!」「幹部候補として圧倒的に成長できます!」「未経験マグルでも大歓迎!」っていう内定先の謳い文句に、期待と不安が入り交じる。
正直、ホグ卒で入る職場としてはスタンダードじゃない。でも、魔法省の総合職とかホグワーツの教職ってのはもう時代じゃないのも確か。ベンチャーで経験を積んで、フリーランスの魔法使いとして稼げるようになったら起業もアリかなって思ってる。
(名前を呼んではいけない例のおじさん、ホグワーツは中退したけど最初業務委託から始めて、分霊箱ビジネスで相当稼いでたらしい。そういう意味では尊敬しちゃうかな。)
今日は初出勤。職場に向かう列車で新しい生活に期待を膨らませながら、本のページに目を落とす。
ちなみに、今読んでるのは錬金魔法の実践本『金持ちマルフォイ、貧乏マルフォイ』。すごく本質的な本なんだ!情弱の読み物なんていうレビューがあったけど、ちゃんと内容を理解してから言ってほしいなあ。魔法使いには4種類の生き方があって...
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そうこうしているうちに、職場に着いた。
ミーティングルームに入ると、同年代の内定者たちで賑わっていた。採用拡大中ということもあって、魔法学校卒だけではなく一般人、しもべ妖精なんかも同期にいるみたいだった。
席が空いていたので、しもべ妖精の隣に座ることになった。彼はドビーという名前らしい。昔同じ名前の友達がいたことを思い出して、少し寂しく懐かしい気分になる。ちなみにこの隣のドビーはラグビー部出身らしく、しもべ妖精らしからぬ異常に立派な体格だ。ていうか、全体的に体育会の雰囲気をまとった内定者が多い気がする。そういう採用方針なのかな。
しばらくすると、見覚えのある顔の社員さんが部屋に入ってきた。二次面接してくれた人だなとすぐ思い出した。
面接では、ホグ卒でうちに来てくれるなんて、将来の幹部候補だよ、インテリ枠だね!って感じでニコニコしながらあっさり通してくれた記憶がある。
「はい資料回してー」
そんな記憶とは裏腹に、社員さんはどこか緊迫感を感じる第一声で資料を渡し始めた。挨拶もなしにいきなり始まったので、会場の雰囲気がにわかに緊張を帯びる。
回ってきた資料に目を通すと、新入社員合宿の日程表だった。ああ、そういえば入社後すぐに集団研修があるって面接でも言われてたな。
「自己紹介遅れました、社員の〇〇です。面接でお話させてもらった人も多いと思います。今日からよろしくね」
声には緊迫感があるが、目元に生気がなかったので少し体調が心配になった。新卒採用ってやっぱり花形だから忙しいんだろうな。
「でさぁ、今回した資料に書いてるけど、明日からアズカバンで研修だから。今日準備しておいて」
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その後はかなりバタバタして一日が終わった。
諸々の提出物や事務作業を終わらせ、最後に研修までにやってくるようにと課題が渡されて解放となった。
アズカバンで研修、という言葉をあのセミナールームで聞いたとき、聞き間違いだと思って必死に資料を目で追った。そしたら、しっかりと行き先に"Azkaban"と無機質な文字が横たわっている。冗談かと思った。
あそこは凶悪な魔法使いや政治犯を収容する施設だったのに、最近はスペースの有効活用のため研修施設としても活用されているらしい。魔法省からそういう補助金が出てるに違いない。
隣のドビーも多少面食らっていたようだが、さすが屈強なラガーマン、これしきでメンタルは動じないようだった。にやついた顔でこっちに目配せしてくる。おいおい、この会場で何割生き残れると思う?なんて言いたげだ。
僕も分かったような顔でほくそ笑んで返してやったが、内心穏やかじゃなかった。ドビーの不敵な笑みが憎たらしい。
入社前のイメージは完全に崩壊した。採光性の高いなんとなくお洒落なオフィスで、アールグレーを片手に最新の魔法を活用したコンサルティングについて同期とディスカッションする。そんな新人研修のイメージが脳内で一気にアズカバンの光景に移り変わっていった。(アズカバンは実際に行ったことがあるので、わりとリアルな想像をしてしまった)
もしかして、体育会系のやつが多いのもそういう理由なのか?
ていうか、このベンチャー企業の事業内容も面接でふんわりとしか説明されなかった。魔法学校卒だから周りと差別化できるかなと思ってなんとなく内定を承諾してしまったけど、たしか...何の仲介だったかな...。
ドビーがにやにやしながら話しかけてくる。
「ていうか、ホグワーツ出てM&Aの仲介に来るなんて奇行種だよな~お前も。まあ、相当きついだろうけど仲良くしようや。」
僕はまだ何か戻るべき道がある感覚に襲われたが、気にしないことにした。さあ、明日の合宿の準備をしなきゃ。
(続)
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