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鯛現者の世界一周 アメリカ編2日目

6月8日第十二寄港地アメリカ(二日目)

「獲得編」

寝不足だ。ありえないほどの寝不足だった。
理由は三つ。一つは、今回の作戦が朝八時開始であること。二つは、夜寝た時間が朝三時だったこと。そして三つ目が、船から離脱していた猫(同じ船室のメンバーしなやかな体の猫科男子)の彼女が猫と一週間ぶりの再会を果たし、朝方までいちゃついていたことだ。
あんな音やこんな音が下段のベッドから聞こえておれは入眠を遮られてしまい、ろくに睡眠できなかったのだ。おかげで実質睡眠時間は二時間ほどだった。
まったく、ひどい朝だった。
向かいのベッドで寝ていたイチローを起こすと俺たちは支度を始めた。

そうして、始まったニューヨーク探索二日目。今回の計画は一日目で行けなかった場所を埋める形のコースだ。ニューヨーク全体を縦横無尽に動き回ることになるだろう。
そのためにも、俺たちは早速地下鉄へ赴き、券売機切符を買うことにした。お値段はどこまでも行っても一回三ドル。良心的だ。
早速支払いをしようとして、おれは閃いた。財布にある五十ドル、こいつをこの機械で両替できるのではないだろうか。
早速、五十ドルを差し込んでみる。券売機が低い音を立てて、内部で紙幣の動く音がした。いけるか?
そうして券売機から駆動音が聞こえると、おれの手元に何かが飛び出した。昨日見た切符とは違う。質のいい表面には、アイラブニューヨークとある。ああ、つまりこれって……
回数券じゃねーか。
どうも、アメリカの券売機は五十ドルに対するお釣りを出す機能がないようで、代わりにカード代を抜いた四九ドル分の回数券が出るのだ。おれの顔が一気に青ざめた。

「損失五十ドル」

「元気だしなよ、鯛」
「やめろお。今はどんな言葉でも刺さるんだあ」
まさしく悪夢だった。
あの後サービスカウンターを見つけて、素人英語で返金を求めたものの、
「はは、チャイニーズの言葉なんてわからねーよ(意訳)」
と、いい加減な態度の駅員に追っ払われてしまったのだった。手元には、やり場のない悲しみと、四十九ドルの価値を抱えた回数券だけが残された。ちなみに期限は今年の十月一杯だそうだ。
くやしいが、こうなるとどうしようもない。気持ちをなだめながら、俺たちは最初の目的地は向かう地下鉄に乗った。
そうして揺られること四十分。最初の目的地へたどり着いた。
圧倒的長さと機能美を併せ持つ大橋、ブルックリンブリッジである。
「さあ、渡ってみようぜ」
「うん」
悲しみを振り払うように俺たちは橋へと歩き出した。
とにかく長い橋だ。通行人も多く、ランニングをする現地人や、俺たちと同じ観光客、自転車で往来する人々もいて人々の肩が擦れる合うくらいにぎやかだった。
天気も良かったので見晴らしが良く、橋から景色を眺めたり、また別の橋を見つけることもできた。
景色を楽しみながら、時に人を交わして、俺たちは進んでいき、対岸に降りる頃には四十分が経っていた。
いくらなんでも長すぎだろっ!!

「損失、地下鉄利用により、残り四十七ドル」

ブルックリンブリッジの先にある地下鉄から、次の目的地へ俺たちは向かった。
行き先は、セントラルパーク。これまた圧倒的広さを誇る自然公園で、その中にある動物園と脇にある自然史博物館が目当てだ。
地下鉄をセントラルパーク脇の駅で降りると、俺たちはまず動物園へと歩いた。歩くだけで三十分かかった。
動物園の入園料は二十ドルだが、土曜日は割引が適用されるようで、十四ドルで入れた。
なんか、ラッキーだ。
セントラルパークの右端にあるこの動物園は、狭いものの、動物を何匹か見ることができた。
例えば、グリズリーや、アメリカに生息する蛇、マングースなどが見られる。
あとは、レッサーパンダ。イキのいい一匹がいて、多くの客が檻の前にへばりついてシャッターチャンスを狙っていた。
ペンギンも五種類くらいが同じ水槽に入って悠々と泳ぎ、ニホンザルが岩の上で毛づくろいをしている。
象やキリンのような大きな動物こそいなかったものの、良い飼育体制のおかげだろうか、動物達は良い動きをしていた。
動物園を出ると俺たちはまた四十分ほど歩く。セントラルパークは広すぎて、移動も一苦労だ。
足を引きずりながら、なんとか自然史博物館にたどり着いた。
映画、ナイトミュージアムの舞台になった博物館で、ここでは恐竜の骨や動物の剥製、アメリカにいた民族の使用した道具など、書ききれないくらいの資料を見ることができる。
ちなみに、入館料は万人が入館できるような募金の形を取っていて、その気になれば一ドルで入ることもできる。
おれは、イチローが出した三十ドルが二人分の募金だと思われたらしく、タダで入ることができた。ラッキー!!
そうして、自然史博物館に入ったのだが、これがまた広い。展示物がとにかく多く、通路が入り組んでいるので、俺たちは迷子になりかけた。
ナイトミュージアムの舞台は、自然史博物館の全体におけるほんの一部分に過ぎない。そう実感した時には、入館してから一時間半は経過していた。
このままでは、後の予定に響くということで、俺たちは自然史博物館を後にした。結局、蝋人形のルーズベルトには会えなかった。

「損失 地下鉄利用三ドル
動物園入館料−六ドル
自然史博物館でイチロー十五ドル肩代わり
よって、残り二十三ドル」

そうして、また地下鉄に揺られて、俺たちはニューヨークの中心地に戻ってきた。
帰船リミットも四時間を切り、一通り観光もできたので、残りは食事と買い物にあてることにした。
まずは、本場のアメリカステーキを食べることにした。ニューヨークの道沿いにあるレストランに直感で入る。
気さくな店員に出迎えられて、早速ステーキを頼む。焼き加減はここぞと言わんばかりにレア。
しばらくして出てきたステーキ、これがまた絶品であった。
肉質は柔らかく、切断面から溢れる血と肉汁が食欲をそそる。その誘惑に乗せられるように肉を口へと運べば、たちまち口の中に幸せが溢れ出した。
うまい!!適当に選んだのに、このうまさ。
アメリカのステーキは最高だ。添えられたマッシュポテトも手伝って、おれはステーキをペロリと平らげてしまった。
そうして、食事を済ませて買い物に時間を割き、タイムリミットは残り一時間半。
俺たちは船に向かいつつ、最後の寄り道をすることにした。
店の名前は「シェイクシャック」イチローが強く寄ることを望んだそこは、今ニューヨークで一番勢いがある店とのことだ。
丁度大型客船の停泊している方向にあったので断る理由もなく、俺たちは早速向かうことにした。
店内に入ると、なるほど、これは人が多い。レジ三列に対し、一列二十人はいるだろうか。アイドルの握手会のような熱気だ。
二人で入るとはぐれかねないので、おれが代表して入ることにした。
うねる列に並んで十分ほどすると、おれの番が回ってきた。イチローとおれ、二人分のハンバーガーを注文する。
ちなみに、ダブルサイズのハンバーガーなのでお値段は一個十ドル。中々のお値段だ。
だが、人が並ぶのだ。相応の価値はある。注文を手早く済ませると、おれは受渡し口の前でじっと待った。
待つこと、二十分。ついに、おれの整理番号が呼ばれた。待ちに待った瞬間、店員が笑顔でおれにハンバーガーを手渡そうとする。
だが、ここでおれの頭に疑念がよぎった。
あれ、精算してなくね?
そう、おれはレジで精算する前に整理番号を手渡されて、受け取り口の方に回されたのだ。支払いは後回しだと思っていたが、周りの様子を見るに、やはり先払いのようだ。
ここで、国際犯罪者になるのはゴメンだ。おれは、慌てて紙幣を見せながらノーペイ、ノーペイと素人英語で主張する。
状況を把握した店員が、となりのレジ打ちになにかを話し出した。どうやら、割り込んで精算をしようとしているようだ。だが、長蛇の列が迫り割り込むこともできない。
そうしてしばらくすると、店員が観念したように笑い
「いいよ。持っていきな(意訳)」
と、おれの胸にハンバーガーを押し付けたのだった。
奇跡であった。最初五十ドルを券売機に食われた時は絶望したが、こうしてタダでシェイクシャックのハンバーガーを手に入れることができたのだ。
数奇な運命に、おれは感謝した。

「損失
地下鉄代 三ドル
シェイクシャックサービス −二十ドル
よって……損失0!! やったぜ!!」

こうして、イチローとおれは全てをやり遂げて、帰路についた。
「って、あれ、おい、イチロー。待て」
「え、鯛どうしたの?」
「いや、ほら、あれだ。あれを見ろ」
その日は目が冴えていた。だからこそ見えた。見えてしまった。
「あれ、アダルトショップじゃね?」
おれが指を指したその先、黒人の見張りが睨みを効かせる建物の奥に、いかがわしい商品を並べた棚があった。
その日は目が冴えていた。だから、見間違うはずもなかった。あの、棚に並べられているのは、ディ○ド!!
イチローが横目でおれを見る。
「……行く?」
おれは、自分のショルダーバッグを手早く下ろすと、イチローに差し出した。
「悪いな。荷物見ててくれ」
感情が昂りだす。もう、止まれない。
「なあに、最後の最後まで、楽しんでみるさ」
おれは、自分の頰を叩くと、虎の穴へと特攻した。

店に侵入すると、おれは手早く店内を見回した。
一階はアダルトビデオと道具に雑誌のコーナー。二階は女性用の衣装という配列だった。
ビデオは、スタンダードなものからホモビまで一通り揃っている。アメリカのAVは無修正が基本のようだ。うげ、ホモビの表紙が生々しい。
しかし、ビデオに手を出すつもりはない。ポケモンの経験(スペインで売ってたロムを買ったが、日本の3dsでは起動しなかった)から日本のプレーヤーでは海外のディスクを再生できないのでは、という懸念があったのだ。そもそも、船に再生可能なデバイスを持ち込んでいない。買っても腐らせるだけだ。
道具も、今は必要ない。ならば、狙いは一番シンプルな媒体、エロ本だ。
エロ本のコーナーを物色し、格安コーナーを発見する。三冊買うと八ドル。これは、お得だ。
なにか勘違いしている気もしたが、とにかくこの魔境から生還することが優先だ。そう考えたおれはよく吟味して、表紙を判断基準に良さげな三冊をレジへと運んだ。
仏頂面の黒人店員が、値段を提示する。三冊で二十六ドル。
やはり、なにかを勘違いしているような気がする。だが、レジに出した手前、今更引き下がることもできない。
おれは、キッチリ代金を支払うと、妙に重い袋を抱えて通りに飛び出した。
「お、無事に帰ってこれたね」
イチローがおれを出迎える。
「ああ、なんとかな。密輸頼める?」
「しょうがないなあ。貸しなさい」
「さすがイチロー」
おれは、イチローのかばんにせっせと戦利品を押し込む。
「あれ、なんか妙に重いよね?」
「入ったから大丈夫だろ。さあ、行こうぜ」
「やれやれ」
こうして、最後の戦利品を抱えた俺たちは踵を返して歩き出した。
「HAHAHA!! Chinese!! Your winner!!(ははははは!!やったな中国人!!おまえこそ真の勝者だ!!」
見張りの黒人の声が、おれの背中を優しく撫でた。結局、最後までおれは中国人扱いか。
でも、その祝福は本物だ。彼の祝福を追い風にして、俺たちは港へと帰って行った。

エロ本が一束三冊で八ドルであったこと。それを三セット買ったので、手元に九冊のエロ本があるという事実を知ったのは、船室に帰ってからだった。

こうして、嵐のようなニューヨーク二日目は幕を下ろしたのであった。
最初五十ドルの損失を出した時は、この世の終わりかと思ったが、幸運が重なりミスを埋め合わせることができた。
求める者の夢を叶える。アメリカンドリームは確かにあったのだ。
とても良い思い出を作ることができた。ありがとうアメリカ!!さようならアメリカ!!
あ、エロ本九冊は流石にかさばるので、闇の売人プレイを発動して、船内で売りさばこうと思います。そんな経験もさせてもらえるなんて、アメリカは最後まで最高だぜ!!!


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