Kazen

英国人の夫と南スペインに住み、夫は1998年に他界。現在はスイス🇨🇭人と再婚してスイスで暮らす。人生半分以上がヨーロッパ

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英国人の夫と南スペインに住み、夫は1998年に他界。現在はスイス🇨🇭人と再婚してスイスで暮らす。人生半分以上がヨーロッパ

マガジン

  • 10代のわたしに。

最近の記事

大切ないのち、ペットショップで買わないで。

幼い頃から、お隣のよく吠えるスピッツ、大きな秋田犬、祖父の家のダルメシアン癖のある犬が周りにいたが犬は動物が大好きだった。母に犬や猫が欲しいとしつこくお願いしていた子供だった。近所に住む叔父夫婦宅のペキニーズが父親のわからぬ子供を産んだ時、母からその一匹をもらっていいとの許可が出た。どんな贈り物よりも嬉しかった。ちょうど宇宙船アポロが月に向かって飛ぶという時期で、二匹の子犬はアポとポロと命名されていた。我が家に来たのはアポ、極めて昭和的犬の飼い方をしていた。父が作った犬小屋、

    • ホッとする話。

      2010年に家を売却してからも、毎年数回行き来をしていた第二の故郷スペインは、コロナがあり今年になるまで行けなかった。ようやく簡単に移動できるようになったので犬を連れて、1月と2月避寒をするために車で行くことにした。昨年、モーターホームを手放したので、犬を連れで滞在するアパートを探すのにもうひと手間かかる旅行となった。 モーターホーム決別の理由は、コロナ禍のヨーロッパはこの2年間異常なほどのモーターホーム、キャラバン、キャンプブームとなっている。コロナで行動が制限されていた

      • みどりが二人

        私の人生に大きな栄養を与えてくれた、二人のみどりさんがいる。一人は木内みどりさん。そしてもう一人の友人みどりさん。どちらのみどりもひらがな表記、どちらもとっても芯が強く、自分というものをしっかり持っている。そんなに簡単に折れたりしない。多分そこはよく似ているような気がする。 人生では子供の頃からそして今に至るまで多くの人と関わり合う。しっかり覚えている友人もいれば、あれだけ学生時代に同じように濃厚な時間を過ごしても、今は連絡先も全く知らない人もいる。 12歳になってから今

        • あれよ、あれよという間に30年

          海外ジプシー暮らしも30年。性格もあるのだろうが常に慌ただしく、動いている間に人生の半分以上が海外暮らしになった。そして今や、自分の日本人機能がどうなんだというところ。かと言ってヨーロッパ人でも無い、まさにジプシーがピッタリ。言語学的に言えばターザンかもしれない。どれも満足に使えず、発声のアーウーという単純な音で済ましているのではないか。日本語をこれ以上忘れたくなくってこのブログもしつこく書いているようなもの。 1、日本人の多くは、21世紀の今まだテレビのニュースや情報を真

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        • 10代のわたしに。
          1本

        記事

          ハンサムな女性達

          かつて、1980年前半に香港と広州に仕事をしにいくことが多かった。当時は香港からホーバークラフトに乗りマカオに渡り、そこでマカオの中国人のスタッフと車で中国に向かうのが通常であった。最初にそのルートで中国に入った時、何もかもが驚きの連続であったのだけれど、とりわけ驚いたのは炎天下の中で、女性が麦わら帽子をかぶりたき火のようなその上で鉄板が載せられそこでアスファルト溶かして、道路を舗装している逞しい姿であった。10人に満たない華奢な女性たちが、力仕事を淡々としていた。想像もしな

          ハンサムな女性達

          英国国葬を見た日。

          エリザベス女王は母と同年齢だった。パワーたっぷりで私を引っ張り回した母は2018年に他界したけれど、エリザベス女王はなんだかお亡くなりになる事は考えられなかった。 クイーンマムと呼ばれていた女王のお母様は私の祖父、母の父親と同じ歳であった。祖父は97歳まで最後まで元気で長寿であったが、エリザベス女王のお母様は100歳を超えられてもお元気であった。私は女王とお母様を見ると、母と祖父のことを考えた。今年の即位70周年の記念の際に女王自らパディントンのクマさんと一緒に、ハンドバッグ

          英国国葬を見た日。

          私の戦争の話

          敗戦記念日の8月。我が家では犬、夫、私の誕生日。日本にいた時は弟も8月誕生日、という月であった。うちの姉弟はお誕生会をしても誰もお友達がいなくって物足りなかったのを覚えてる。 両親はどちらも大正生まれ、戦争経験者であった。父は従軍看護員として軍隊にいた。母は学徒動員で大阪城近くの軍事工場で働かされていた。母の父、私の祖父も同じように大阪城近くにあった軍事工場で働かせられていた。戦争の話は、その当時は自然に語られていたのだと思う。戦争経験者はそのことを話したがっていたかという

          私の戦争の話

          獅子座のレオ

          2019年6月30日、レオが我が家の家族になった日。それからもう3年。レオは、親バカというフィルターをかけて見ても賢い犬とは言い難い。とっても可愛いし、甘えん坊、愛嬌がある。が、今まで私が飼った犬の中では一番お馬鹿さんだと思う。この1年間お手お代わりを、食事の前に教えているけれど、いまだに確固たる信念を持ってしない。。。いや、できない。 レオは生まれてから1歳近くになるまでスペインの北部、サンチアゴデコンポステラスに近い街で母犬と2匹の姉妹と共に放置されていた。たまたまスペ

          獅子座のレオ

          余白 と 余地

          日本の学校教育で漢文や古典の時間がなくなるという話を聞いた。本当なんだろうか、もしかしたらもう無くなっているのかも知れない。その代わりに、道徳の時間が増えるとか。大人が満足な道徳を子供に示していないことは明白で、テレビやニュースから政治家や、教育あるとされている人たちが堂々と嘘をまかり通す時代になった。どれだけその嘘をメディアが美しく飾って見せても、みんなその後ろの真実を見ていると思う。ああ、えらい時代になったものだ。 私にとって読書は必要不可欠だった。字の下手な子は早いう

          余白 と 余地

          Hello, Good bye

          わたしの世代はビートルズには少し遅かった。わたし世代はDeep Purple, Led Zeppelin, ELPといった時代だった。プログレッシブロックが出てきて、イギリスからグラムロックというロンドンブーツでギラギラのラメのコスチュームそしてメイクアップ。もちろんDavid Bawie。ちょっと遅れてきたのがQueen. その頃に女性のも現れた。Suzy Quatro, そしてThe Runaways.  皮のコスチュームや下着姿で、ボンデージ感のあるファッションでSex

          Hello, Good bye

          時代の子供達

          私たちはどの時代に何処に、どの親のもとで、生まれてくるかの選択はできない。親が話す戦争体験を聞くと、戦争のない間にこの世界に産まれていて良かったな、とこれまでそう思って過ごしてきた。コロナが流行り出したとき、ああこれが新しい形の戦争なんだと、しかしまさかロシアによる侵略というのは予想もしていなかった。 亡くなったイギリス人の夫は、戦時中に6歳か7歳ぐらいだった。夫の生まれ育ったイギリスのケント州、海を越えたらあちらはオランダ。戦時中はロンドンに空爆をするドイツ軍の爆撃機の通

          時代の子供達

          昭和97年、三月

          先日、古い写真を整理していて、わたしが幼少時の、家族写真をFacebookにアップした。その写真を眺めてふと気がついた。写真に映る祖母の年齢は逆算すると今のわたしの年齢。祖母という役があまりにピッタリしていたので、なんかショックだった。祖母は京都生まれで、結婚した後亡くなるまではずっと大阪に住んでいたのに、はんなりした京都言葉を使い続けた。 わたしの祖母、祖父達は明治生まれ、父と母大正生まれ、そして私と弟が昭和生まれだった。もちろん平均寿命が短い昔は、精神も肉体も早いスピー

          昭和97年、三月

          100歳の市松人形

          2020年末ぐらいから毎月一つのブログをあげてきた。2022年2月、ついに落とした。ほとんど仕上げて写真を添付して公開する前だった。それが24日のロシアとウクライナ問題で気力が無くなった。 自国の問題に無関心な日本でも、戦争反対のデモがあったり、巨悪ロシア、救えウクライナがポピュラーになっているのはちょっと不思議な気がする。ウクライナがどこにあるのか、わかってる? ヨーロッパにいてさえ、ロシア、東欧諸国間にある問題は難しい。戦争反対していることに文句をつける気はない。日本で

          100歳の市松人形

          老いること、病と生と向き合うこと。

          加藤諦三氏の言葉をこのお正月中にネットで見て、ほほうと。 <人は、一番甘えてる人、一番好きな人に、攻撃的になります。> この一文を読んだ時に、スコットランドに戻ってしまってここしばらく会えていない友人の事を思い出した。 もう30年近く前になる、それは亡き夫の癌の闘病中だった。癌宣告をされても最初の数日間は受け入れられず、眠れない時間を過ごした。スペインで暮らしていたが、幸いにも良き友人に恵まれていた。スコットランド人の友人は盲学校の校長先生をして退職した人だった。夫の癌

          老いること、病と生と向き合うこと。

          2021年終わるにあたって。

          亡き夫とは年齢に差があった。戦時中、幼かった彼は、オランダとの海峡を挟んだイギリスのケント州に住んでいた。ドイツからロンドンに向かい上空を飛んでくる爆撃機を見たと話してくれた。不発弾を見つけた幼いわんぱく坊主は、それを転がしているのを見つかって父親にお尻をぶたれたらしい。その下の妹たちはヨークシャーやウエールズに疎開をさせられていたが、長男の夫は家の庭で、野菜を作ったり、父親の仕事を手伝ったりしていたとのことだった。歳の差を意識することはなかったが、音楽や映画の話をすると共通

          2021年終わるにあたって。

          メリークリスマス、エンジェル殿

          12歳から一緒に過ごした大切な親友がいる。学生時代は毎日学校であっているくせに、家に戻ってからも延々の長電話をしてどれだけ親に叱られたことか。お互い結婚したり、仕事をしたりするまでは一卵性双生児のように一緒に過ごしていた。服の趣味も化粧の仕方も似ていたと思う。殊に10代は私達、なんと傍若無人に生きていのだろうと、今の現実と比べて変化について驚く。タイムマシンがあってあの時代に戻ったら、びっくりするよ30年後はと教えてあげたいぐらい。 彼女は大学の卒業前に出会った人と付き合い

          メリークリスマス、エンジェル殿