第6回毎月短歌 あひる隊長選
この度、たいへん僭越ながら第6回毎月短歌の人間選者を務めることとなりました。お受けしたあとで、第6回は年末年始スペシャルで2023年の自選を募集するということがわかりまして、年間の自選を選するってめちゃくちゃ大役では……と震えた次第です。
特に何の実績もない短歌歴もうすぐ一年のぺーぺーですが、精一杯選ばせていただきました。
あひる隊長という妙な筆名にちなみ、以下の賞を設けております。
■スイスイ賞(一席)
■プカプカ賞(二席)
■ほかほか賞(三席)
■水でっぽう賞(佳作)
*敬称略にて失礼いたします。
<2023年の自選部門>
スイスイ賞(一席)
テーブルのコップの跡をさっと拭き 以上をもって別れとします/琴里梨央
かっこよくて痺れました。情景と主体の人物像がありありと浮かんできます。「さっと」という音感と、下の句のプログラム終了のアナウンスのような言い回しが、きっぱりとした潔さがあって清々しいです。テーブルにコップの跡が残るくらいなので、二人がしていたであろう別れ話はある程度の時間を要したのかもしれません。その時間を清算するように、すべてが済んだあと、コップの跡をさっと拭く。二人がいたテーブルには綺麗さっぱり痕跡が残らない状態で、「以上をもって別れとします」と、主体の決意にも似た下の句がハマっています。後悔も未練もなさそうな感じが気持ちのいい一首でした。
プカプカ賞(二席)
トンネルを抜けるとそこはトンネルの内部以外のどこかであった/深山睦美
トンネルを抜けるとそこは、で期待した気持ちを「トンネルの内部以外のどこかであった」と言われ、お、おう………という感覚に落とされるのが面白いなと思いました。当たり前かつ正しいことを言っているので落胆する必要はないのに、どこかがっかり感がある。そのがっかり感の裏には"トンネルを抜けたあとの景色に勝手に期待している自分"がいることに気付かされ、はっとしました。生きていくうえで勝手に他者や環境に期待し、勝手に落胆することは人間の性というか、しないようにと意識してもなかなか排除できない感覚だと思います。トンネルを抜けても誰かが劇的な変化や素晴らしい世界を用意してくれるわけじゃない。シュールな語り口でぐさりと刺された気がして印象的でした。
おれのことだからおそらくこのへんにしまっておいた感情がある/水口夏
なくしてしまったものを探す際、まず自分がしまいそうな場所に見当をつけるときによく使う言い回しですが、しまっておいたのが「感情」という意外性が切なくて好きです。主体は日常的に自分の感情をしまい込んでいるのかな、とか、過去にしまった感情を何かのきっかけで取り出そうとしているのかな、と主体に思いを馳せずにいられませんでした。「感情」以外がすべてひらがななのも、なにかをこらえているようないじらしさや寂しさを感じます。「おれのことだから〜」と、感情をしまってしまう自分を客観視している感じもどこか痛々しくて、胸がぎゅっとなる一首だと思いました。
ほかほか賞(三席)
明るくて少しばかだと思われてまたイエローを割り当てられた/たんかちゃん
戦隊モノなどのごっこ遊びで割り当てられる役割=周囲から見た自分のイメージと捉え、そこに「少しばか」が含まれていることに対する複雑な気持ちがスッと入ってきました。「少しばか」にはきっと悪意はなくて、おそらく主体自身も普段からそんなキャラクターを無意識のうちに演じてしまっているのだろうなと思います。割り当てられたイエローも、おどけながら期待に応えているのではないでしょうか。「また」から滲み出る、周囲と自分自身へのやるせなさや疲労感に共感します。
疲れたらいつでもここに腰掛けてこんな欠け方だけど月だよ/銀浪
やさしい語り口と、月に腰掛けるという絵本のような表現が魅力的でした。疲れたときにふと空を見上げて月がこんなふうに語ってくれていたら素敵ですね。日によって違う形をしているけれど、どの欠け方でもそこにある月が心強く感じます。それでいて、月だっていつも完璧な形じゃないよ、と寄り添ってくれるような下の句が沁みました。優しさと強さがあって好きです。
えっ そんないいよ 昔のことだしさ 謝らないで(スイッチを押す)/えふぇ
()内の結句がすべてを物語っていて好きです。過去の言動を謝ってきた相手へ、口ではこう言いつつも絶対に許さねぇという強い気概を感じます。過去のことを謝ってくる相手は、主体のためではなく自分の罪悪感を軽くするために謝ったのでしょう。主体はされたことをずっと忘れずに苦しんできたんだろうなというのが伝わりますし、いいぞ!押せ!という気持ちになります。一体何が起こるスイッチなのかは想像に委ねられているところも面白いと思いました。
水でっぽう賞(佳作)
片隅で考へてゐるゾンビから子をふたり連れ逃げ切る術を/小金森まき
これまでのすべてが過去でこれからのすべては未来 やはらかき晴れ/文月のペンタトニック
傷ついたあなたを少し休ませるため靴紐はたまに解ける/猫背の犬
消しゴムを拾ってくれたそれだけのこんな浅瀬で溺れるなんて/哲々
赤ちゃんの飲みきりサイズであるとして小さき乳房褒められており/山口絢子
雨になる数秒前に渡される匂いが好きだ ここは東京/梅鶏
<テーマ詠部門『肌』>
スイスイ賞(一席)
また一人家族が増えて肌色の減りが早まる吾子のクレヨン/猫背の犬
弟か妹ができ、家族の絵を一生懸命に描く子どもの図が浮かんでほっこりします。「肌色の減りが早まる」で簡潔に伝えきっているところが上手いな思いました。昔と違ってクレヨンや色鉛筆から肌色という表現はなくなっているようですが、この歌の場合は「肌色」だからこそ伝わる温かさがあり、肌色の色合いのようにやさしい雰囲気が素敵です。
プカプカ賞(二席)
ライブ後に羽根を散らして僕たちは鳥肌たったとホームではしゃぐ/ぐりこ
ライブ後独特のふわふわと地に足のつかない感じ、今にも飛べそうな感覚が「羽を散らして」に表現されていて、ライブによく行っていた身として共感せざるを得ませんでした。ライブ後は基本的に語彙が消失するので、「やばい」とかしか出てこないのですが、その中で「鳥肌たった」は一見陳腐なようで、ようやく絞り出した最上の言葉のように思います。ストレートな高揚感が良いです。
ほかほか賞(三席)
咬みつけば僕のかたちに沈む肌 永遠なんてぞっとしちゃうね/肺
どことなく不穏であやうい雰囲気に引き込まれました。永遠を望むようなロマンチックな関係ではないであろう「僕」と相手の刹那的な空気を感じます。やわらかいものに容易に痕を残すことができる少しの暴力性と、どこか退屈そうに吐かれる、ともすれば冷徹にも思える下の句にドキドキしました。
首筋にあなたのかじかむ手が触れて戯れに死を夢想している/畳川鷺々
首筋に触れた手から死への飛躍が自然で、色気があって好きです。きっとこの戯れに夢想した「死」は、恐ろしく悲しいものではなく、心地よさを伴っているのではないかと思いました。「あなた」の手の冷たさと、死のひんやりした手触りが重なります。
水でっぽう賞(佳作)
「鍋肌に回し入れる」ということをきみの彼女にしてあげてくれ/小石岡なつ海
太陽の贈り物だと祖母は言うそばかすの散る肌撫でながら/水川怜
裸より君のほんとが知れそうな袖から覗く日に焼けた肌/小谷リノ
夜がひとつ欲しくてひろげあう四肢のなんてつめたい部品だろうか/石村まい
信号とテールランプとほっぺたと 冬の夜では赤が大きい/ 良い天気
以上です。
投稿してくださった皆様、ありがとうございました。
もちろんここに挙げたもの以外にも素敵な作品はたくさんありますので、他の選者のみなさんの選評もご覧いただければと思います。
今回貴重な機会を下さった深水英一郎さんに感謝いたします。
ここまでお目通しいただきありがとうございました!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?