2023年「マスターズ」を振り返ってみる
すっかり年が明けてしまいましたが、以前見どころをご紹介した23-24シーズンのグランドスラム第3戦「マスターズ」について、改めて振り返ってみたいと思います。(トップ写真は2023年世界MD初日のもので、左が🇮🇹イタリアvs🇨🇿チェコ、右が🏴スコットランドvs🇨🇦カナダ)
その1:🇯🇵ロコ・ソラーレが見せた存在感と不安材料
今大会の🇯🇵ロコ・ソラーレは、勝ちと負けを交互に重ねて、2勝2敗で予選を終えます。DSC(厳密には世界大会のDSCとは少し違います)の数値により予選11位となり、3試合行われたタイブレークにギリギリで残りましたが、タイブレークでは、序盤から🇸🇪ヴラノーにリードを許して敗退となりました。
予選のうち、配信で視聴できた部分(3試合目の終盤と4試合目)については、良いプレーも多かったように見えました。チーム全体の予選のショット率は全体で3番目という好成績でしたし、特に3試合目の🇨🇦ジェニファー・ジョーンズ選手との投げ合いは見応えがありました。
一方で、🇸🇪ヴラノーに負けたタイブレークの試合展開を見ると、試合序盤の安定感に課題があるようにも見えてしまいます。🇯🇵ロコ・ソラーレの試合と言えば、後半の大逆転が印象に残っている方も多いと思いますが、それは序盤からリードを奪う展開にできていないことの裏返しなのかもしれません。また、出場したグランドスラムで3大会連続予選通過できなかったのは、今回が初めてのようです。今季については意図的に変えている部分もあるようですが、それが成功したかどうかは日本選手権で問われるのかもしれません。
ただ、🇯🇵ロコ・ソラーレに関して今大会で一番驚いたのは、🇯🇵ロコ・ソラーレ vs 🇺🇸ピーターソンが大会4日目第15節の配信カードに選ばれたことでした。私の知る限り、昨年以降、カナダのチームがいない試合が配信カードに選ばれたことはありません。確かに、同じ時間帯に行われた他の試合のカードを見ると、すでに敗退が決まっていたチームやすでに配信カードで試合をしたチームのいる試合だったので、この試合が選ばれたことにそういう意味での驚きはありません。ただ、しばしば🇯🇵ロコ・ソラーレ大好きオーラを感じさせるグランドスラムの解説者や運営側は、対戦相手も隣国🇺🇸アメリカの代表チームならテレビで放送しても大丈夫だ、と判断されたのでしょう。それにしても、🇯🇵ロコ・ソラーレがついにカナダのチームと同列の扱いを受け始めたようにも見えて、このチームの存在の大きさを感じさせるとても印象的な出来事でした。
この試合で勝てれば、すべて理想の筋書き通りだったのかもしれませんが、そうは簡単に行かないのがグランドスラム。第8エンドの2点スチールで追いついたのはさすがでしたが、エクストラエンドで負けてしまいました。第4エンドと第6エンドで複数点を取られたのが痛かったですが、実はこの2エンドは先攻🇯🇵ロコ・ソラーレのチャンスだったエンド。有利な形を作り、スキップの先攻2投目が決まればスチールまでありうる場面で、少し難しいショットが残って、それを狙った結果としてミスになってしまったようでした。ただ、あのチャンスを前にしたら、狙いに行くのが妥当な判断だったと思います。片方でも決まっていれば、試合結果も違い、この試合で勝っていれば、タイブレークなしでプレーオフ進出だったので、数センチ数ミリの誤差に結果が翻弄されてしまったようです。でも、たぶんカーリングってそういうものですよね。
その2:🇮🇹レトルナスを金メダル候補と呼ぶのに、もうためらいはいらない
ここからは、日本以外の国の話ですが、やはりグランドスラム3連覇を成し遂げた🇮🇹レトルナスの話は、せざるを得ないでしょう。
史上4チーム目ということでしたが、去年のマスターズがグランドスラム初優勝だったことを考えると、直近7大会で4回優勝していることになります。欧州選手権ではまさかのメダルなしに終わりましたが、仮に明日五輪が始まれば、メダル候補どころか、間違いなく優勝候補の一角です。きっと明日じゃなくて2年後でも同じことでしょう。
決勝戦の話は下のその3ですることにして、“なぜここまで強くなったのか?”を考える1つの材料として、トリノ五輪から最近までの男子イタリア代表の変遷を少し振り返ってみたいと思います。
2006年の🇮🇹トリノ五輪ではレトルナス選手がスキップを務め、後に金メダルを獲得する🇨🇦カナダ相手に予選で勝利を収めるなど注目を集めることになりましたが、当時の男子イタリア代表は開催国枠がなければ五輪に出場できなかったレベルのチームだったと言って、語弊はないでしょう。その後の2大会では、五輪出場に必要なオリンピックポイントを1ポイントも獲得できずに、出場を逃していました。
このチームにとって、2つ転機があったとすれば、1つはモザネル、アルマン両選手の加入であり、もう1つはミラン・コルティナダンペッツォ五輪の開催決定でしょう。モザネル選手とアルマン選手はジュニア時代からチームメイトで、モザネル選手が出場した国際大会の多くに一緒に出場しています。この2人が一般の代表に入り始めたのが2014年頃からで、以降は欧州選手権でBに降格することもなく、世界選手権にもほぼ毎回出場するようになりました。ただし、この頃はモザネル選手がフォースを投げることも多く、今のチームとは少し異なるチームだったようです。2018年前後には、イタリア選手権でそれぞれ別のチームのスキップとして優勝を争うなど、必ずしも今の選抜チームで活動していた訳ではありませんでした。
この両選手が今のチームの大きな力になっていることを疑う人はいないでしょう。グランドスラムの解説陣には、モザネル選手のスイープを世界一だと褒める人もいますし、ドロー系は元々上手だったレトルナス選手が速いショットも決まるようになったのは、若い2人に教わったからじゃないかと、冗談半分で言っていた人もいました。
そして、2019年6月24日にミラノ・コルティナダンペッツォ五輪の開催が決まります。以降の大会では、モザネル選手がサード、レトルナス選手がフォーススキップという今の投石順で固定されています。五輪が決まって、このチームでイタリア代表を目指すことが決意され、同時に、各スポーツにおける強化体制も良くなったと想像されます。
ただし、“男子イタリア代表が突然強くなった”というのも少し誇張し過ぎな感じもしています。欧州選手権では過去3大会ともプレーオフに進出していますし、2022年には世界選手権のメダル🥉も獲得しています。ある程度の成績を残し、上位陣との対戦経験も増えていく中で、今のうまく行く方法が見つかったという感じなのではないかと思います。
個人的にチーム🇮🇹レトルナスで印象的なのは、今回の決勝でも似たような場面がありましたが、ガードに隠れていそうな相手のストーンに対して、速めのドローを強力なスイープで曲げて、外まで出さずとも自分たちに必要なところまで押し出すようなショットです。また、同点やリードで迎えた後攻セカンド1投目、ガードを外に出せるようになった瞬間に、アルマン選手がすべて外に弾き出すような複数テイクアウトを決めるのも、私の中では定番になりつつあります。
その3:1日で🇸🇪エディン、🇨🇦グジュー、🇨🇭シュヴァラーに3連勝したチーム🏴ホワイト
そんな🇮🇹レトルナスと決勝を戦ったのが、初の決勝進出だったチーム🏴ホワイトでした。プレーオフ1日目には、タイブレークで🇸🇪エディンに5-2、準々決勝で🇨🇦グジューに5-2、準決勝で🇨🇭シュヴァラーに9-4と、強豪相手の3連勝を決め、初めての決勝まで上り詰めました。
🏴スコットランドと言えば、今回のマスターズにも4チームが出場するほど男子の選手層が厚いことで知られています。男子の世界ジュニアでは11大会連続プレーオフ出場中で、そこから若い選手が次々とグランドスラムレベルに育っていきました。今回出場した4人のスキップも、そのルートをたどっています。ただ、🏴モウアットが直近の世界選手権王者に君臨し、今季の欧州選手権でも優勝しているうちは、スコットランド代表の座を得るのも簡単ではありません。しかし、昨季終盤から今季にかけてのグランドスラムでは、🏴ホワイトの方が成績は上でした。そして、今回ついに決勝の舞台への切符を手にしました。
決勝は🇮🇹レトルナスお得意のロースコアゲームになり、結果的には🏴2-3🇮🇹で準優勝となりました。レトルナスは8エンド中7エンドで後攻でしたが、難しい後攻ラストロックを残すことができたのは半分程度で、第3エンドまでは辛抱の展開でした。
勝負のカギになったのは、中盤以降の偶数エンドの🇮🇹レトルナスのドローだったように思います。第4エンドには前述した“相手の石を押し出すドロー”で後攻2点を獲得するのですが、第6エンドでは同じハウスでアウトターンのスキップ1投目もインターンのスキップ2投目も曲がり切らず、🏴ホワイトに1点スチールを許します。
そして、再び同じハウスに戻ってきた同点の第8エンド。🇮🇹のサードの2投が思い通りに決まらず、🏴有利とも言える状況でスキップに回ります。ミスができない中で、両スキップがほぼ完璧に2投ずつを投げ切り、後攻の🇮🇹が勝つことになりました。🇮🇹がラストロックに使えたアウトターンは、決して多く使われていたラインではなく、4フィートの円に石全体を入れる必要がありましたが、スイーパーの助けも借りながらのチームショットでした。
結果的に“グランドスラム3連勝”という🇮🇹レトルナスの強さを際立てる言葉が注目を集めることになりましたが、実際には1投のミスで結果が変わるような緊張感の続く試合でした。こういう試合になったのも、粘り強く相手にしがみつき、ときに柔軟な対応(途中でコールを変えた第3エンド先攻ラストロック)を見せ、ピンチの場面ではトリプルテイクアウト(第7エンド先攻ラストロック)を決めた🏴ホワイトの好パフォーマンスがあったからだと思います。
その4:そろそろ🇨🇦ホーマンを世界選手権で見たい
男子の決勝とは打って変わって、片方のチームの強さをマジマジと見せつけられたのが女子の決勝でした。女子決勝のカードは🇨🇦ホーマンvs🇨🇭ティリンツォーニ。チームごとの予選のショット率でも1位と2位で、決勝にふさわしいカードと言えるでしょう。
ラストロックは、世界を代表するフォースである🇨🇭ペッツ選手と🇨🇦ホーマン選手の投げ合いになりましたが、この試合の中では対照的な結果となりました。全体的にチーム🇨🇦ホーマンのペースで試合は進んでいく中で、第2エンドでは不利な状況を🇨🇭ペッツ選手の2投で解決したのですが、第3エンドはフォースのところでさらに状況を悪化させる形になり、後攻4点を🇨🇦ホーマンに献上しました。その後も試合が大きく動くことはなく、7エンド終了後にコンシードとなりました。
今季のチーム🇨🇦ホーマンは、4人がそろった大会だけでも24勝4敗(勝率85.7%)とすさまじい勝ちっぷりです。リードのS.ウィルクス選手が2023年5月18日に第1子を、そして、R.ホーマン選手が同年8月29日に第3子を出産したばかりにも関わらず、これだけの成績を残しています。
これだけの強さを見せていると、気になるのは2月の女子カナダ選手権、そして、どのチームが3月の女子世界選手権に出場するかです。🇨🇦ホーマンは2024年女子カナダ選手権への出場権をすでに確保している3チームのうちの1つですが、最後に女子世界選手権に出場したのは2017年の🇨🇳北京大会が最後。その後は、J.ジョーンズ、C.キャリー、そして、4連覇中のK.エイナーソンにその道を阻まれてきました。また、サードのT.フルーリー選手に至っては、スキップとして世界ランキング1位を獲得したこともある選手ですが、女子世界選手権への出場経験はまだありません。
チーム🇨🇦エイナーソンが昨年ほどのパフォーマンスを見せられずにいる中で、そろそろチーム🇨🇦ホーマンの順番が回ってきても良いような気はします。ただし、対戦する相手としては、大変になる訳ですが…。
その5:16チーム中13チームが2勝以上あげた女子の混戦模様
それでは、女子から大会全体の勝敗を見てみたいと思います。
今回の女子の予選は、3勝0敗で最終節を迎えた2チームがともに負けたため、全勝チームがなくなり、タイブレーク出場の目安とも言える2勝以上を達成したチームが16チーム中13チームという大混戦になりました。
個別のチームについて言うと、チーム🇮🇹コンスタンティーニの4連敗が予想外で、直前の大会と合わせると0勝8敗で2回目のカナダ遠征を終えることになりました。どうしても気になるのは、欧州選手権の全試合でリード/バイスを務めたザルディーニ=ラチェデッリ選手が帯同していなかったこと。まだ若い選手なので、学業との両立などの理由なのかと想像しています。代わりに昨年までのサード/バイスで、欧州選手権では一度も出場機会のなかったロ=デゼルト選手がセカンド/バイスを務めていましたが、うまく噛み合わなかったようです。私の見た限りで言えば、ザルディーニ=ラチェデッリ選手の方がバイス向きに見えますが、今後の大会でも注目したい点の1つです。
また、軽井沢国際の前後から続く好パフォーマンスから個人的に注目していたグランドスラム復帰戦の🇰🇷キム ウンジョンは、連敗スタートとなりましたが、🇨🇦ホーマンに唯一の土をつけるなどして、タイブレークまでは進出しました。また、先日のニューイヤーカーリングin御代田に出場した🇺🇸ストラウスは、2回目のグランドスラム出場でグランドスラム初勝利をあげ、🇨🇦エイナーソンとも接戦を演じ、タイブレークまで残りました。全敗に終わった前回から少しステップアップすることができ、次戦カナディアン・オープンへの出場も決まっていますので、日本選手権と同時期に行われる全米選手権も含めて、今後の動向が気になります。カナダ勢は今回もプレーオフ進出が3チーム止まりで、上位3チーム(ホーマン、エイナーソン、ジョーンズ)の次がなかなか結果を残せていない印象です。
その6:🇸🇪エディンも🏴モウアットもいなかった男子プレーオフ
一方、男子の方も予選全勝チームはなかった一方で、3勝1敗が7チームもできた結果、タイブレークが1試合しか行われませんでした。ここでG.ハーディー選手を欠く中で健闘を見せていた欧州王者🏴モウアットがタイブレークに残れずに敗退、そして、唯一のタイブレークでは🇸🇪エディンが敗退し、この2チームのいない珍しいプレーオフになりました。
個別のチームとしては、チーム🇨🇦カラザースの健闘が光った大会だったでしょう。今季のグランドスラムでは必ずしも善戦していたとは言えないチームですが、初戦でいきなり🇮🇹レトルナスに勝利をすると、3連勝で早々とプレーオフ進出を決めました。最終的には、DSCが悪かったことで準々決勝で🇮🇹レトルナスと再戦することになり、そこで敗退となりましたが、B.ジェイコブス選手をフォース/スキップに配置変更した効果がすぐに出たように見えます。そもそも2014年ソチ五輪の🥇金メダルスキップでもあるB.ジェイコブス選手ですから、その活躍に大きな驚きはありませんが、今後も好成績が残せるようであればカナダ男子の上位争いにも食い込んでいけそうです。
また、🇨🇭シュヴァラーは参加したグランドスラムで7大会連続予選通過中で、ここ2大会はともにベスト4に進出しています。🇮🇹レトルナスの影に隠れて大きな話題にはなっていませんが、安定して好成績を残していると言えるでしょう。🇨🇭シュヴァラーvs🇮🇹レトルナスの対戦成績は五分に近いですが、最近だと世界選手権の3位決定戦や欧州選手権の3位決定戦などの大きな舞台で対戦して🇨🇭シュヴァラーが勝っていることもあり、🇮🇹レトルナスを止めるのは意外にもこのチームなのかもしれないという気が勝手にしています。
今大会の順位予想結果
前回の記事でも紹介したグランドスラムのたびにやっている順位予想ですが、今回は女子が6/8正解、男子が6/8正解と、個人的には十分当たったかなと思える結果でした。
なんだかんだ言って、特定のチームの予選通過率は高いと言えるでしょう。男子では3大会合計で20チーム出場しましたが、3連続予選通過が4チーム、2回予選通過が4チームと偏っています。女子でも、3大会合計で19チーム出場しましたが、3連続予選通過が5チーム、2回予選通過が3チームです。その男女8チームずつを予想すれば、実は当てるのは難しくないのかもしれませんが、その傾向から外れる数チームを当てるのが、予想する面白さなのかとは思います。(今回で言えば、🇳🇴ラムスフィエルの予選通過など)
シード順の影響が大きくなる次戦「カナディアン・オープン」
グランドスラムの次戦は2024年1月16日からの「カナディアン・オープン」ですが、予選の対戦相手の決め方が大きく変わりました。(下の表を参照してください)
これまではシード順が高くても、例えば、シード順1位vs4位といった試合が予選から実現していました。また、シード順1位と16位が予選で同じ4チームと対戦するなど、“出場16チームの中でシード順が高いこと”のメリットは少なかったと言えます。
それが今回からは上位陣同士の対戦が予選では大きく減らされ、シード順に応じて段階的に対戦相手の強さが変わるようになりました。具体的には、4チームずつの組内対戦(赤同士・青同士)にシード順を加味した組外対戦(紫)が追加されたそうです。
シード上位同士の対戦が減って面白くなくなると考えることもできますが、“少なくとも片方はトップ10”という試合が増えると見ることもできます。予想する人にとっては、予想がしやすくなるのかもしれませんが、今までの傾向が役に立たなくなるのかもしれません。ただ、個人的には、この変更がどう大会の盛り上がりに影響を与えるのか、そして、🇯🇵ロコ・ソラーレがその中でどういう成績を残すのか、引き続き興味は絶えません。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?