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【エッセイ】あなたがいても、いなくても。

「学生と社会人の違いは何だと思いますか?」面接で聞かれたことを思い出した。
 社会人って言うけど、学生だって社会の中で生きてるんだから社会人だろ。たぶん聞いているのはそういうことじゃない。それに、どうせ模範解答的なものがあるのだろう。分かっていても面接官や社会の思い通りになるのは気に食わない。僕は我慢できなかった。
「僕の考えでは学生も社会人のうちに入りますが、これらを二項対立として見るとするなら、学生から社会人になるということは、生産と消費の資本主義のサイクルに組み込まれることを意味すると思います」

 働きたくない。でも、働かないと生きていけない。そんなジレンマの中、君も、あいつも、あの人も、働いているに違いない。仕方ないんだ、諦めろ。僕は自分にそう言い聞かせて就活をした。そして今、来年から働かなければいけないという事実に苦しめられている。
 いっそのことフリーターにでもなろうか。何度も考えた。僕は自由な時間が欲しかった。しかし、そう考えれば正社員の方が合理的だ。それでも、心には違和感が残っていた。1日8時間。睡眠時間と同じくらい。テレビの中の人が言っていた。「睡眠も仕事も必要なので仕方ないのです」本当か?

 僕はこんなことをずっと考えている。寝ても覚めてもそればかり。ストレスで倦怠感と腹痛に悩まされる日々。身体が悲鳴を上げていた。一度ここから離れたほうがいい。
 現実から逃げ出したいとき、僕を助けてくれたのはいつだって音楽だった。スマホにイヤホンを挿して、適当にシャッフルで流す。そう、僕は有線派だ。
 繊細なイントロの後に聞こえてきた色気のある男の声は、いつも通り心地よかった。何百回も聞いたので曲名は知っている。U2の『With or Without You』だ。僕は英語が得意ではないので歌詞は気にしていなかったが、あるひとつのフレーズが心の中に入ってきた。

 "I can't live with or without you"

 直訳すると、「あなたがいてもいなくても、僕は生きていけない」だろうか。あなたがいても、いなくても。仕事があっても、僕らはほんとうの意味で生きているとは言えない。仕事がなかったら、言うまでもない。仕事があってもなくても、僕らは生きていけない。
 そうか、そうだったんだ。そのことに気がついたとき僕は、諦めにも救いにも似た、不思議な感情に満ち溢れていた。解決したわけではないけれど、何とか前に進めそうな気がする。
 今の僕なら、こう答えよう。

「社会人になる。それは、出口のない真っ暗な迷路の中で、それでも一歩踏み出すということです」

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