【エッセイ】「コク」ってなに?
友達とカレーを食べに行った。友達は言う。「コクがあっておいしいね」どこで習ったわけでもないのに、世界はコクという言葉であふれている。それは言い過ぎかもしれないけれど、少なくとも食リポの世界ではそうだろう。コクってなんだろう。
ぼくはコクがあると感じたことは今までない。でも周りの人はコクを知っている。それはぼくだけが「まだ」なのか、ぼくはもうコクを体験してる(コクってる)のか。
悩んでいても仕方がない。調べてみた。
うーん。わからない。余計にわからなくなってしまった。コクには、複雑さ、広がり、持続性の三つの要素がある。要はこういうことなのだろうけど、なんだか納得できない。
コクがある食べ物も調べてみる。カレー、シチュー、ラーメン、味噌、チーズ。なるほど、なんとなくわかりそうだ。味が濃くてとろみがある物を食べた時に口の中に残る感じが、どことなく、なんとなく、いい感じということか。これならぼくも感じたことがある。そうか、ぼくはもうコクっていたのか。
目の前には、ぼくのカレーと、その奥に空になったカレー皿。「さっきからなに調べてんの? 食べないなら貰うけど」「コクってなんだろうって」彼は笑った。いつまでも笑っている。ぼくはだんだんイライラしてくる。「そんな笑わなくても」「お前って生きるの大変そうだな。そんなこといちいち調べるなんて」そうなんだ。ぼくは生きるのが大変なんだ。
「じゃあ聞くけどさ、コクってなに?」
「コクっていうのはな、つまり……」「つまり?」
「ウィトゲンシュタインの言語ゲームだよ」
ぼくは急いでスマホを取り出した。彼はニヤニヤしている。いつだってニヤニヤしてるんだ。昔からそういう奴だった。
「ウィト、……なんだっけ」「ウィトゲンシュタイン」
難しくてわけがわからなかった。こんなに難しそうなことを彼は理解しているのだろうか。きっとそうなんだろう。ぼくと違って彼は子どもの頃から頭が良い。ぼくと出会ったばかりの小学一年生の頃だって、まだ習っていないはずの九九を、彼はすでに知っていた。
「結局さ、ウィトゲンシュタインってどういう意味なの?」ぼくは帰り道に、横を歩く彼に聞いてみた。「あぁ、あれか」ニヤニヤする彼。
「俺も知らない。なんだろうな」
これだから彼の友達はやめられない。
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