カンヌ国際映画祭に難題勃発
使いこまれて薄汚れた道具のほうが、カッコいい。だが、きれいに磨いたりする。しかし、パフォーマンスは変わらない上に磨きあげた労力の結果、新品に負ける。
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太一(映画家):アーティスト業界情報局
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日本未発表の国際映画業界情報 あるいは、
監督がスタジオから発する生存の記
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『 道具を磨きあげる意義 』
銅鍋を磨いてみる。料理が下手だが、鍋の世話くらいはしておいてやりたい。映画に使われる者として、道具同志に通ずるシンパシーがあるのだ。
天然成分の上品な手入れはプロに預けて、ピカールを採用する。金属磨き材のピカールは、灯油成分だ。父親の助手席の香りがする。
磨くと、輝く。もっと磨くと、より輝く。気がつけば何かを目指して夢中になっているわけだが、それが“新品の状態”であってはならない。自分なりのクセと失敗が創り出した痕跡を肯定し、それがあたかも最初からの目的であったかのようにもう一度、仕上げる作業なのだ。鍋という作品はもう一度、オリジナルを装って誕生するのである。
手入れの行き届いた道具は、美しい。だが、美しすぎると使われる機会が減り、道具としての活躍チャンスを失うことになる。道具には、道具なりの身だしなみが必要なのだ。
あぁ、ところで。
まだ日本に入っていないニュースをお知らせしておこう。
■ 最新国際News:カンヌ国際映画祭2021、他のメジャー国際映画祭とせめぎ合いに
カンヌ・マルシェ・デュ・フィルムは、本開催前の5月と6月にオンライン開催。本開催は7月06日に順延された。現場と各国参加者の混乱は続いているが、スクリーニングの参加者をめぐり、難題が判明。それは、カンヌ国際映画祭での上映のルールとなっている、「世界初公開」だ。注目作品のワールドプレミアをめぐり、毎年8月に開催されているヴェネツィア国際映画祭や、9月の開催を予定しているトロント国際映画祭との、せめぎ合いが発生している。各国の映画バイヤーとマーケットにも、混乱が必至だ。- MARCH 02, 2021 THE Hollywood REPORTER -
『 編集後記:』
世界初公開、その舞台に華やかなカンヌを照準とする映画人は多い。その為には無謀が承知で、スケジュールも作業体制もねじ曲げる。ギリギリまでクオリティに拘りたい監督は無精ひげも構わず上映の直前まで、900㎞に位置するパリのハイエンドな編集スタジオに籠もることがある。フィルム時代には作業のために郵送時間を削り、タキシードを捨て、2,000フィート詰めの大きなフィルム缶6本に刻まれた上映用フィルムを抱いて空輸した監督が、いたとも聞く。この恒例なドタバタ劇に、巨匠、新人の差はない。誰もが、人生を賭した新作の世界初公開を成功させるために、新品の作品に磨きをかける。やがて完成を祝う間もなく、作品は眩しいほどの輝きをはなち、メイン会場のシアター リュミエールに喝采を生むのだ。スタンディングオベーションに応える監督たちは誰もが自信に満ちあふれ、熱狂への感謝に笑む。しかし、だ。誰一人としてその夜の世界初公開を、満足などしていない。どの巨匠も、新人もみな、公式一般劇場公開までにはもっと完成度を高めようと、決意している。華やかなカンヌでの一夜を明かせばすでに、残された僅かな時間内での追加作業を画策しているものなのだ。新品の華美ではなく、オリジナルの“作品”を誕生させるために。監督という道具が、美しく輝く時だ。
浸っていないで映画の製作現場に帰るとしよう。