【解説】イスラエルで"ゼネスト" 混乱の背景と分析(9月2日時点)
イスラエルでは9月2日から、経済界がビジネスを停止する「ゼネスト」に入った。イスラエルでゼネストが起きるのは、2023年3月以来。イスラエル社会がいま、なぜ混乱に陥っているのか、背景と現状分析です。
<大前提>
2023年10月7日以来、イスラエルとハマスとの戦争が続いているが、その間、ネタニヤフは「軍事圧力だけが人質解放につながる」とし、軍事作戦を続けることで「ハマス殲滅」と「人質解放」という2つ目標、そして「完全勝利」を達成すると主張。
戦闘の結果、ハマスの軍事組織としての能力はほぼ壊滅し、ほぼゲリラ化(ガラント国防相)。ただ、軍報道官は、「ハマスはイデオロギーであり殲滅などできない」と発言し、「完全勝利」が難しいとも発言。
当初251人いた人質は、100人ほどが11月末からの停戦で解放されたが、遺体で見つかったケースも。特殊作戦などにより、生きたまま救出に成功した人質は8人。
8月後半以降、カタールやアメリカの仲介で停戦・人質解放交渉が続いているが、ネタニヤフがガザ・エジプト境界にあるフィラデルフィ回廊の撤収を譲らず、交渉は難航。
そもそもフィラデルフィ回廊への一方的な駐留はエジプトとの和平条約に違反する可能性もある。
<国民世論と人質家族の訴え>
各種世論調査では、イスラエルでは10月7日以降、ほぼ一定して、約7割の国民がネタニヤフは首相を辞任すべきだと回答。さらに、国民の半数が、ネタニヤフが自身の政治的目的のために、戦争を終わらせるつもりがないとも考えている。
人質家族の団体のうち最大のHostage and Missing Families Forumはイスラエルの所与の政治的分断のため、基本的には"非政治化"に努め、「ネタニヤフ批判」は慎んできたが、戦争長期化に伴い、徐々にネタニヤフに対する批判を強めてきた。
<混乱の引き金となった2つの出来事>
混乱の引き金となったのは2つ。1つは、ネタニヤフは8月30日の閣議で、停戦交渉でも争点となっている「フィラデルフィ回廊」から撤退しないことを決議したこと。決議に反対したのはガラント国防相のみで、国防相は「首相は人質を殺すことだってできる」と叫んだと。モサド長官ですら「この決定に論理性はない」と懐疑的。
フィラデルフィ回廊からの撤退否定は、停戦交渉の決裂に直結し、生存している人質も解放されないことを意味する。
同決議は、ネタニヤフが人質解放交渉に応じるつもりがないことを意味し。決議を受け、Hostage and Missing Families Forumは、「ネタニヤフは人質を捨てた。ついに事実となった。この国は揺るがされることになるだろう」と声明。
もう一つの引き金は、決議と時を同じくして、ガザ地区で殺害された6人の遺体が収容された。いずれの人質も司法解剖の結果、軍が発見する直前に殺害されたものと見られている。人質家族団体は更なる声明を出し、「停戦交渉への署名の遅れが、今回の死、そして多くの人質の死に繋がった。ネタニヤフに求める。隠れるのをやめろ。人質を見捨て続けていることへの説明をしろ」と政権の対応を糾弾。社会全体にゼネストを訴える。
イスラエル最大の労組ヒスタドルートは9月1日、翌2日からゼネストを敢行することを決定。労組のゼネストとは別に、すでに個人商店などは閉店を早め、抗議デモに参加するよう呼びかけ、社会の怒りが政権に向きつつある。
<ゼネストの行方は>
2023年3月にもイスラエルでは、ゼネストがあった。これはネタニヤフが進める司法制度改革に国防相ガラントが反対を表明したため、ネタニヤフが更迭を発表。しかし、政治的理由のために国防相を更迭するなどもってのほかなど、大規模な抗議デモが呼びかけられ、ヒスタドルートなどがゼネストを敢行。社会は麻痺。この混乱を受けて、ネタニヤフはガラント更迭を見送ることとなった。
ただ、ヒスタドルートは、ネタニヤフ政権に対し、停戦・人質開放交渉の合意を求めゼネストに打って出たが、でネタニヤフが停戦・人質開放に応じるとも考えづらく、出口は見えない状態に。1日だけのゼネストであれば、今のネタニヤフには響かない可能性。となると、ゼネストを何日間か続けるのか。そうなれば経済への影響は甚大である。
ネタニヤフにとっては、このゼネストをどう乗り切るかが、政権維持への一つの山場とも言える。
ヒスタドルートにとって、ゼネストは「伝家の宝刀」だが、目的を達成できなければ、その宝刀は永遠に輝きを失うことになりかねない。
ただ、人質の家族は、「いかなる代償を払ってでも、人質解放を求める」という一貫した立場をとっている。これはユダヤ人を守るために生まれたイスラエルという国家がその社会契約を履行できるかどうかという国の存在意義を問う問題にもなっている。ある研究者は、「ユダヤ人を救うことよりも、アラブ人を殺すことを優先している」とも指摘していて、社会とネタニヤフの我慢比べの様相を呈している。
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