世の為人の為

そっと息を吐き出す。
真っ白なそれは、風に流されてゆっくりと揺蕩う。

駅のホーム。人はいない。
冷たい椅子に、体の熱が少しずつ奪われていくのがはっきりとわかる。

それでも僕は立ち上がらずに、線路の向こう側に一望できる街を虚ろに眺めた。

僕が育った街。
こんな寂れた駅から見下されるように佇む、静かで穏やかな街。

そこから見る景色に、色はほとんどない。白と黒。モノクロームに染まるそのまちは、もはや死んでしまっているような趣すらある。


数多の小さな家々の一つ、その屋根に、腰の曲がった老人が登っていくのが見えた。彼は何か、大きな棒状のものを持っている。どうやら、屋根から雪を下ろすようだ。僕はその様子をじっと眺めた。

老人は、生まれた時からすでに腰が曲がっていたかのように、少しの不自由さも見せず、軽快な動きで屋根から雪を落としていく。


僕は、たばこに火をつけた。
もう、遠くの屋根に老人の姿は見えない。それなのに、雪はまだ半分も残っている。もしかしたら疲れてしまったのかもしれない。どれだけ動きが滑らかでも、体力には必ず限界がある。うん、無理はしない方がいい。

僕は、老人が残していった屋根上の雪に向かってたばこの煙を吐いた。

この煙が、僕の息が、あの雪を溶かしてくれればいい。

そしたら僕は、生きてゆける。

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