魔法使いの少女と科学者の少年
「君は魔法を信じる?」
彼女は突然、僕にそう訊ねた。
「古代にはもしかしたらあったかもしれないけれど、少なくとも今はないと思うな」
僕は、彼女の猫のように鋭く光った目に向かってそう応える。
突然日が暮れた。光の残滓がフワフワと宙を漂っていた。
僕は太陽が落ちていった地平線を見つめながら、足元に寄せては引く青黒い波の静かな音に耳をすませた。
何かを考えるような、いや、世界を感じるような、そんなちょっとした間を置いて、彼女は再び口を開いた。
「魔法がなくなってしまったなんて、どうして君にわかるの?」
僕はその言葉を、木から落ちてきた葉を受け止めるようにして、慎重に両の手に落ち着けた。そしてまた、取り止めもなくこたえる。
「だって、もし魔法があったら、こんなにも僕は悲しい気持ちにはなっていないだろうと思うから」
光の粒が、黒い海に少しずつ落ちていくのと反対に、波の音が徐々に大きくなっていく。
「それは私がこんな姿になってしまったことを言っているの?」
「それ以外に何があるっていうんだよ」
今日も月は出ていない。あたりは漆黒の闇に満たされていく。これは僕が多くの色を求めてしまったから。その代償だ。彼女は僕の望みによって、こんな姿になってしまったのだ。
「でも、それなら、何が私をこの姿にしたと思うの?」
「それは、」
僕は口ごもる。口の中に湿った土塊を詰め込まれてしまったかのように、言葉は体の中に押し戻される。
「私、この姿になって気づいたの。世界は進むべきじゃないって」
「でもそれじゃあ、君を救う術を見つけることができない」
「それでも私のようになる人を、犠牲を、少しでも減らすことはできる!」
僕は、彼女が感情的になるところを初めて見たように思った。普段は、初夏に柔らかく新芽を揺らす穏やかな風のような雰囲気を漂わせている女の子だ。でも今は、まるで夏の終わりに人々を困らせる、いや、殺すことも厭わない、ハリケーンのようだ。
波が激しくなっている。僕は黙った。今度は言葉が出ないわけではない。彼女を落ち着けるために黙った。
「ごめんなさい。取り乱してしまって」
「いや、」
僕はやはり、彼女を諦めることがどうしてもできそうになかった。
「僕は、いや、僕たちは、それでも前に進むよ」
「・・・」
彼女は押し黙っていた。
僕は凪いだ海に背を向けて、砂浜を後にした。
世界を壊すために。
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